討伐隊 -前編-
「さぁ、出発の時間だ! 覚悟は良いか?」
鮫皮の防寒着を身にまとい、巨大なハンマーを背中に背負ったペルカの大声が、王宮の広間に響き渡る。
試験に合格したのは、大地とルシエル、アーク。それにセイゴ、フッコ、マダカの三兄弟だけだった。
三兄弟はというと――
「俺たち!」
「三人は!」
「三人で一人前!」
……とかいう、訳の分からない理屈を並べ立て、三人がかりでペルカに一撃を加えて合格したらしい。
相変わらず、こいつらの考えることはよく分からない。
とはいえ、少数精鋭なのは大地にとって都合が良かった。
大所帯で向かうよりも、ゆきさんを説得できる可能性は確実に高くなる。
ルシエルとも、ここに来るまでに何度も話し合い、綿密に口裏を合わせてある。
あとは、実際にゆきさんのところまで辿り着くだけだ。
「大地、アーク」
「ああ、行こう」
「キュ、キューッ!」
アークはピリピリと青白い光を帯びながら、大地の周囲を元気よく泳ぎ回っている。
まるで、これから始まる冒険を楽しみにしているようだった。
「ついて来い!」
「「はいっ!」」
先頭を泳ぐ、大きなペルカ。
その後ろに、大地たちが続く。
奴隷村であったような見送りは無い。
誰かに手を振られることも、声を掛けられることもない。
ただ静かに、その場を離れていく。
――ゆきさんを連れ戻す。
その決意を胸に、大地たちは王宮を後にして、深い海の中へと泳ぎ始めた。
◇
休憩を挟みながら、一日は泳いだだろうか。
気が付けば、周囲の景色が一変していた。
これまで続いていた道はいつの間にか途切れ、辺りには人工物の姿もほとんど見当たらない。
水の流れもどこか不安定で、妙にざわついている。
まるで、海そのものが“落ち着きを失っている”かのようだった。
そして、何よりも――。
周囲の水温が、じわじわと底冷えするように下がり始めていた。
ペルカが泳ぐ速度を落とし、やがて立ち止まる。
「ここからが本番だ!」
振り返ったペルカの表情から、それまでの気さくさが消えていた。
「前衛はワシとキャペリン! 中衛にセイゴ、フッコ、マダカ! 後衛は大地、ルシエル、アーク! 各人、陣形を乱さず、迅速に対応しろ!」
「「はいっ!」」
ペルカの檄に、全員の表情が引き締まる。
大地も周囲を見回し、ゆっくりと呼吸を整えた。
ここから先は、何が出てきてもおかしくない。
そんな緊張感が、海の中に漂っていた。
「おい」
「お前ら」
「尾鰭を巻いて逃げるなよ」
振り向きながら、三兄弟がニヤニヤと皮肉を飛ばしてくる。
「何よ、アイツら……」
ルシエルが眉を吊り上げる。
「ルシエル、落ち着けよ」
大地は、今にも飛び出していきそうなルシエルをそっと宥めた。
「なんで大地はそんなにも冷静なのよ! 腹が立たないの?」
「腹が立つ?」
大地は不思議そうにルシエルを見る。
「俺よりも弱い奴に?」
「――くーっ!」
ルシエルが悔しそうに顔を歪める。
「大地を見てると、腹を立てている自分が恥ずかしくなるわ……」
「キュ、キュ」
アークまで同意するように鳴いた。
「……アークまで!」
ルシエルが頬を膨らませる。
その様子を見て、大地は小さく笑った。
「そう言えば大地」
ルシエルが気を取り直したように尋ねる。
「これは大地にとって、初めての冒険で初めての野営でしょ? なんでそんなにも慣れてるの?」
「初めて……」
大地は少し考える。
「うーん。強くなるために、山籠りとかしてたからかな」
そう答えた瞬間、大地の脳裏に昔の記憶が蘇った。
精神面をもっと鍛えろ。
そう言われて、ひとりで山へ向かったこと。
人の気配すらない山奥で、食料を確保し、火を起こし、眠る。
時には海へ向かい、ひとりで何日も過ごした。
あの頃は、それも強くなるために必要なことだと思っていた。
「山籠り? 何それ」
「鍛錬のために、山の中でひとりで生活することさ」
「……寂しく、無かったの?」
「寂しさに慣れることも……時には必要なんだよ」
「ふーん。そんなもんなんだ」
ルシエルは今ひとつ理解できない様子で首を傾げる。
大地にとっては、それが当たり前だった。
ひとりでいること。
孤独と向き合うこと。
強くなるためなら、そういう時間も必要だと思っていた。
――だが。
その時だった。
カチャ……。
カチャカチャ……。
遠くから、何かを擦り合わせるような音が聞こえてきた。
大地が顔を上げる。
「……何の音?」
ルシエルも周囲を見回す。
音は少しずつ大きくなっていく。
カチャ、カチャ、カチャ……。
最初は小石を転がすような軽い音だった。
だが次第に、それは“無数の硬い殻がぶつかり合う不快な共鳴音”へと変わっていく。
まるで、海の奥で何かが一斉に目を覚ましたかのように。
カチャカチャカチャカチャ……!
音はもはや一方向ではなかった。
前後左右、上下すら曖昧になるほど、あらゆる方向から響いてくる。
海そのものが鳴っているような錯覚すら覚える。
「各人、警戒しろ!」
ペルカの怒号が飛ぶ。
全員が一斉に身構えた。
「多いぞ! 囲まれるな!」
キャペリンの声が響く。
だが、その声すらも――。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャ……!
異様な金属音にも似た連鎖音に飲み込まれていく。
大地が前方へ目を凝らす。
暗い海の向こう。
そこに“影”があった。
いや、影ではない。
無数の“殻”が、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ迫ってきている。
それは泳いでいるというより――
海底を這い、滑り、転がりながら進んでいるようだった。
殻はどれも不自然に膨らみ、時折、内側から“何か”が押し返すように歪む。
カチャ……カチャ……と、一定のリズムで開閉を繰り返しながら。
まるで呼吸しているかのように。
その群れは、統率されているわけでもないのに、異様な“同調”を見せていた。
遅れて気づく。
それは一体ではない。
数十でもない。
――数え切れないほどの“貝殻の群れ”だった。
貝殻をカチャカチャと鳴らしながら、海を埋め尽くすように迫り来る二枚貝の大群。
「ガマグチホタテか。私はコイツが大好物でな!」
ペルカは大ハンマーの柄を握り直すと、豪快に振り回した。
「うおおおおおっ!」
雄叫びを上げながら、群れの中へと突撃する。
ギィンッ! ギィンッ!
大ハンマーがガマグチホタテの殻を次々と打ち砕き、弾き飛ばされた個体が海底へと落ちていく。
「全く、ペルカ隊長は……」
キャペリンは半ば呆れたような顔をしながら、大剣を構える。
ペルカの後を追おうとしたところで、ふと振り返った。
「皆さん、この程度の群れならば、落ち着いて対処すれば大丈夫です」
そう言って、キャペリンは少しだけ表情を引き締める。
「しかし――絶対に噛まれないで下さいね」
「噛まれる?」
「ええ。奴らは噛みついたあと、銛を突き刺して体液を吸ってきますから……」
その言葉を残すと、キャペリンも大剣を構え、群れへと突撃していった。
ズバンッ!
開いた殻の隙間へ大剣を叩き込み、ガマグチホタテを次々と斬り伏せていく。
「ん?」
「陣形の意味は?」
「必要無いくらい楽勝なのか?」
三兄弟は、目の前で繰り広げられるペルカとキャペリンの戦いを見ながら、槍を構える。
「大地、私たちも」
「おう!」
ルシエルがカランビットナイフを構え、大地も軽くステップを踏んで戦闘態勢を取った。
大地は、ペルカの戦いぶりに驚愕していた。
大きな身体をガマグチホタテに噛みつかれ、さらに銛を突き刺されてもお構いなし。
まるで痛みなど存在しないかのように、大ハンマーを振り続けている。
その姿は、まさに――。
〝捕食者討伐の証〟を持つ者に相応しい、圧倒的な戦いぶりだった。
そしてキャペリンも負けてはいない。
貝殻が開いた一瞬を見逃さず、その隙間へ大剣を叩き込む。
無駄のない動き。
確実に相手の弱点を突く剣技。
まさに熟練の剣士だった。
「ルシエル、俺たちの出番はあるか?」
大地が余裕のある口調で尋ねる。
「大地、気を抜かないで!」
ルシエルの檄が飛んだ。
「ここは弱肉強食の世界よ。奴らは生きるために私たちを襲うの。野生の本能を舐めちゃ駄目!」
「……すまない」
大地の表情が変わる。
拳を握り直し、身体の重心を落とした。
次の瞬間――。
ペルカたちが撃ち漏らしたガマグチホタテの群れが、カチャカチャと貝殻を鳴らしながら三兄弟を取り囲んだ。
「出番か?」
「突け!」
「突きまくれ!」
セイゴが狙いを定め、迫り来るガマグチホタテへ槍を突き出す。
ガキィィン!
「槍が……」
「硬い?」
「折れた……だと!」
槍の穂先が、ガマグチホタテの殻に弾き返される。
三兄弟が目を見開いた。
その一瞬の隙を、ガマグチホタテは見逃さなかった。
バクンッ!
「ヒィィィッ!」
大きく開いた殻が、セイゴへと襲い掛かる。
「「セイゴ!」」
マダカとフッコが助けようと槍を突き出す。
だが――間に合わない。
「どけぇぇぇっ!」
ドゴォンッ!
すんでのところで、大地の拳がガマグチホタテを真正面から撃ち抜いた。
バキャンッ!
鈍い破砕音と共に、硬い殻が砕け散る。
「大丈夫か?」
「は、はい!」
「三兄弟、俺たちの後ろに」
「「「はいっ!」」」
大地の指示に従い、三兄弟が素早く後ろへ下がる。
「大地、援護するよ!」
「キュ!」
ルシエルがアークを両手で掴み上げる。
「アーク砲、乱射ぁぁぁっ!」
「キューッ!」
ルシエルの掛け声に応えるように、アークの身体が青白い光を帯びる。
――プスゥ~~。
……。
気の抜けた音が、海中に響いた。
「…………」
「…………」
「…………」
アーク砲は――不発に終わった。
「えっ?」
ルシエルが固まる。
腕の中のアークを見つめる。
「もしかして、アーク……お腹空いてるの?」
「……キュ」
ルシエルの問いに、アークは申し訳なさそうに項垂れた。
「……この状況で?」
ルシエルの額に、青筋が浮かぶ。
アークはますます小さくなりながら、
「キュ……」
と、消え入りそうな声で鳴くのであった。
◇
戦闘は終わり、ガマグチホタテの群れは散り散りになって去っていった。
辺りには、砕けた貝殻や海底に転がるガマグチホタテが残されている。
そして――。
漂うホタテの臭いの中、少し離れた場所からペルカを叱るキャペリンの声が聞こえてきた。
「全く、隊長自ら規律を乱してどうするおつもりですか? こんなことだから隊長止まりで昇格出来ないのですよ? もっと自制心を持ってください! わかってますか? 全くもう……実力はあるのに……」
「わ、わかった。すまない」
ペルカは大きな身体を縮こまらせ、しょんぼりと肩を落としている。
「そ、それよりも休憩にしないか? 早く、早く食べたいんだ!」
「わかりました。でも、休憩が終わりましたら、またお説教ですよ」
「わかりました。聞きます、いくらでも聞きますから」
そう答えるや否や――。
ペルカは待ちきれないとばかりに、海底へ落ちている無数のガマグチホタテをせっせと拾い始めた。
「全く……」
呆れ顔のキャペリンがこちらへ戻ってくる。
その横では、先ほどまで叱られていたことなどすっかり忘れたように、ペルカが満面の笑みでホタテを拾い集めている。
「ペルカ隊長……」
キャペリンは一度ため息を吐き、静かに釘を刺す。
「……隊員が見ていることを、お忘れなく」
「わかった、わかった」
そう言いながらも、ペルカの手は止まらない。
どうやら頭の中は、すでにホタテを食べることでいっぱいらしい。
そして、こちらの陣営には――項垂れている者が一人と一匹。
「おや、セイゴ隊員。どうされましたか?」
「槍が……槍が折れました」
キャペリンに問われ、セイゴは折れた槍先を見つめながら、申し訳なさそうに答える。
「おや。それでは、もう貴方だけ引き返しますか?」
「だ、大丈夫です!」
セイゴが慌てて顔を上げる。
「ほら、これをこう付ければ……」
キャペリンは折れた槍先を拾い上げると、持っていた紐で柄にしっかりと括り付けていく。
「直りました」
「宜しい」
三兄弟は安心したように顔を見合わせると、応急処置された槍を構え直した。
「これならまだ戦えます!」
「次は折らないように」
「「「はい!」」」
そして――。
「そしてこちらは……」
キャペリンが視線を移す。
そこには、ルシエルに抱かれながら、これ以上ないほど縮こまっているアークの姿があった。
「お腹が空いてるだけなので、心配なさらずに」
「……キュ」
ルシエルの腕の中で、アークが小さく鳴く。
「ふぅーっ……」
キャペリンは額に手を当て、深いため息を吐いた。
「どいつもこいつも……」
「キャペリン副隊長」
その声にキャペリンが振り向く。
「休憩しましょう。腹が減ってはイライラするだけッス」
そう言う大地の両手には――。
たくさんのガマグチホタテが抱えられていた。
「……大地隊員」
「はい?」
「いつの間に、それほど……」
「戦いながら拾ってました」
「…………」
キャペリンはしばらく大地を見つめる。
そして、ペルカを見る。
ペルカもまた、両手いっぱいにガマグチホタテを抱えている。
「……はぁ」
キャペリンは、もう一度だけ深いため息を吐いた。
「休憩にしましょう」
「「「やったぁ!」」」
「キュッ!」
山積みにしたガマグチホタテを中心に、全員で輪になる。
ペルカは、つぶらな瞳を爛々と輝かせながら、ガマグチホタテを殻ごとバリボリと噛み砕いていた。
「凄え……殻ごと……」
「キュ、キューッ」
大地とアークが驚く。
セイゴなんて、先ほど槍を折られているものだから、もはや声を失っていた。
「コホン。隊長の顎は、このように恐ろしく強靭です。ですが、皆さんは真似をしない方が……」
「ほら、アーク。たくさんお食べ」
ルシエルがガマグチホタテを殻ごと差し出すと、アークはバクッと丸呑みにした。
すると――。
アークの小さな身体が、ガマグチホタテの形に膨らんだ。
平べったく、丸い貝殻のような形になる。
だが、
シューッ。
空気が抜けるような音と共に、元の体型へと戻っていく。
「きゃはは! アーク面白い! もう一回、もう一回!」
ルシエルが笑いながら、またホタテを差し出す。
「キュッ!」
バクッ。
「ど、どんな消化器官してんだよ……」
呆れながらも、大地は笑う。
「ほら、ルシエルも食べろよ」
大地は殻を丁寧に剥き、取り出したホタテの貝柱をルシエルへ渡した。
「大地、これ……」
「ああ、大丈夫だよ。これくらい」
大地の拳は青黒く腫れ、拳骨からは皮が剥けて血が滲んでいた。
「駄目よ! 血を滲ませてると、捕食者が寄ってくる!」
「そうだぞ、大地! もう少し戦い方を学べ! もしくは武器を持て!」
ホタテを口いっぱいに頬張りながら、ペルカが声を掛ける。
「武器を手に取る事は、この世界では当たり前のことだ!」
ペルカはホタテを飲み込むと、大地を真っ直ぐに見つめた。
「強くなることで、守りたい者達を守ることができる。そして強くなることで、地位を得ることが出来る!」
「地位って……必要ですか?」
大地は少しだけ昔を思い出しながら、ペルカに問う。
「必要に決まっている!」
ペルカは即答した。
「上に立てれば決定権が増える。部下も増え、選択肢も増える!」
そして、大地を指差す。
「大地、もっと欲を持て!」
「……」
「その若さで、達観するな!」
豪快にホタテを貪る食欲の権化。
そんなペルカに、大地は自分に足りないものを見透かされたような気がした。
「……欲、か」
大地は自分の手を見る。
「俺の欲って……」
強くなりたい。
それは確かにある。
だが、それだけなのだろうか。
ふと――。
真夏の顔が浮かんだ。
「……」
大地の頬が、ほんのりと赤くなる。
「大地、顔、赤いよ」
「えっ?」
ルシエルが不思議そうに大地の顔を覗き込む。
「そうだ、これ、使って」
ルシエルは、レッドファングの牙で作られたカランビットナイフを大地へ手渡した。
「……これ」
大地はナイフを受け取る。
手の中に収まった刃を見つめる。
先ほどまでなら、ただの武器だった。
だが今は――。
ペルカの言葉を噛みしめたことで、そのナイフが妙に手に馴染んだ。
「ルシエルは、どうするんだ?」
「私にはこれがあるから大丈夫」
そう言うと、ルシエルは袋から何かを取り出し、手の甲へと装着した。
「鉤爪か」
「私はこれで生き抜いてきたのよ。それに今は、アークもいるしね」
「プ、キューッ!」
アークが胸を張る。
しかし、ルシエルの鉤爪はところどころ欠け、刃もボロボロだった。
大地はそれを見て、少しだけ眉を寄せる。
「……それで大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫」
ルシエルは笑ってみせた。
その時――。
ざわ……。
周囲の水の流れが、突然ざわつき始めた。
ペルカの態度が一変する。
さっきまでホタテを貪っていた男の顔から、笑みが消えた。
「……マダラダラか」
海の向こうから、巨大な魚影が姿を現す。
現れたのは、ペルカよりも一回り大きな魚体。
大きな口を開き、鋭い歯を覗かせながら、今にも襲い掛かってきそうだ。
だが――。
ペルカの口元には、再び笑みが浮かんでいた。
「この海域は最高だな!」
意気揚々と大ハンマーを手に取る。
「ホタテの次は――白子か!」
「隊長! ……全くもう!」
キャペリンが頭を抱える。
しかし、ペルカはもう止まらない。
「うおおおおおっ!」
雄叫びを上げ、マダラダラへ向かって突撃していく。
「隊長! 単独で突っ込まないでください!」
キャペリンが慌てて後を追う。
そして、そのさらに後ろを――。
青白い光を帯びたアークが、こっそりと付いて行くのであった。
「キュ……」
その目はーー次の獲物を求めて爛々と輝いていた。




