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 イザベラ様に支度を手伝ってもらい、軽く食事をいただいたあと、わたしはオズワルド様とともにヘンリー王太子殿下のもとへ向かった。


 王太子殿下の部屋には、レスティアル様とロードン様の他に、同じく側近である外交補佐官のカイン・エルフィンクレスト伯爵子息様と、侍従のユリウス・ヴァレイエット伯爵子息様、そしてイザベラ様が揃っていた。


「ヘルミット伯爵令嬢、あなたが無事で本当に良かった」

「王太子殿下にご挨拶申し上げます。この度はわたくしの身勝手な行動から、ご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ございませんでした」


 わたしは深く頭を下げ、謝罪の意を述べた。


「いや、元はと言えば誤解を招いたオズワルドが悪いのだ」


 誤解……?


 オズワルド様に顔を向けると、オズワルド様は顔を赤くして目を泳がせている。


 王太子殿下に座るように促され、わたしたちはソファーに腰を下ろした。


「オズ」


 王太子殿下に名を呼ばれたオズワルド様は、横に座るわたしへ体を向け、意を決したように話し出した。


「アリシア、すまない。その……『距離をおきたい』というのは……、離れてくれという意味だったんだ……」

「はい。承知しています。ですからわたくしは……」

「オズ、それでは駄目だ。はっきり言え」


 オズワルド様は顔をさらに真っ赤にして叫んだ。


「襲いそうだったんだ!!!!」

「「ブ……」」


 おそいそう……? おそいそうとは……? …………襲いそう!?


 その言葉に驚き、わたしは目を見開いた。


「アリシアを寝室に連れて行きたいという欲望と戦っていたんだ!!!! だから……、物理的に距離をとってくれという意味だったんだ!!!!」

「「ブフォ」」


 欲望と戦っていた……? 物理的に……?


「アーッハッハッハッハッハッ」

「出たよ! 欲望との戦い!」


 レスティアル様とイザベラ様は声を揃えて笑い出した。


 つまり、オズワルド様はわたしを寝室へ連れて行きそうだったから、そうならないように、物理的に距離をおきたいと言ったということ!?


 意味を理解したわたしは一瞬で顔が熱くなった。けれど……、


「オズワルド様はイザベラ様と恋人同士ではないのですか?」


 わたしは王都での噂話を聞いて、オズワルド様とイザベラ様は恋人同士だから、わたしとの婚約解消を望んだのだと思ったのだ……。


「違う!! アリシアはあまり夜会には出席しないから大丈夫だと……。くそっ、アリシアには話しておくべきだった。あれは偽装なんだ!!」

「偽装……」


 オズワルド様とイザベラ様は、恋人同士であると偽っていたの……!?


「テイラー男爵令嬢は女性ではない!!」

「えぇっ!?」


 イザベラ様は女性ではない!? こんなにも美しい方が、まさか、女そ……。


「おいおい、失礼だな。君は」

「いや……、生物学的には女性なのだろうが、俺はテイラー男爵令嬢が女性に見えたことなど一度もない!!」


 そ、そうよね。女性よね。……ん? 『女性に見えたことなど一度もない』??


「いや、俺だけではない。テイラー男爵令嬢の本性を知っていて、テイラー男爵令嬢が女性に見えるのは、恋人であるアルフレッドだけだ!!」


 えぇっ!? イザベラ様の恋人はレスティアル公爵子息様!?


 一気にもたらされる情報に、頭が追いつかない……


「ほんと失礼だな。これ見えないの? こんないい女に何を言っているのかね。ねぇ、アル?」

「俺はそのままのベラが大好きだよ。全てを愛してる。でも、それは俺以外に見せなくていい」


 イザベラ様は自分の胸を指指して言った。


 き……気のせいではなかった……。イザベラ様が貨物室に現れた時から、違和感があったのだ。

 その……、話し方や仕草が、王都で聞いたイザベラ様のイメージと違うような気がしていたのだ……。

 先程、手を叩いて笑っていらしたのは、やはり見間違いではなかったのね……。


「テイラー男爵令嬢は、人前では淑女の仮面を被っているんだ!! 彼女は喋らなければいい女に見え……なく?……もない?……かも?……しれないが、俺には、いや俺たちには女性に見えん!! なあ!?」

「「「「ああ」」」」


 王太子殿下と、ロードン様、エルフィンクレスト様、ヴァレイエット様は声を揃えて答えた。


「喋ったっていい女だよね? アル?」

「うんうん。俺のベラはいつだって可愛いよ」



 …………………………。



 頭の中が混乱して倒れそうになったわたしを支えながら、オズワルド様は大体のことを話してくれた。


「——と、今アリシアに話せるのはここまでなんだが、アリシア、大丈夫か?」

「はい……。大方理解しました」



 昨年おきた第二王子派による王太子殿下暗殺未遂事件。王太子殿下とオズワルド様たちは、その残党を捕らえるため、些細な情報をも見落とさないように動いていたのだ。


 そしてイザベラ様が協力していたのには理由があった。レスティアル様は公爵家の二男だ。対してイザベラ様は男爵令嬢である。

 レスティアル公爵様と公爵夫人は二人の結婚に賛成なのだが、縁戚には身分差を理由に反対されているというのだ。


「事件解決にベラが貢献したとなれば、縁戚連中を黙らすことが出来るからな」

「うーん。わたしはアルと一緒にいられれば、それでいいんだけどなー」

「俺はベラ以外要らないよ」


 イザベラ様。その美貌と聡明さは評判だけれど、公爵子息と男爵令嬢では確かに身分差が大きい。反対する者もいるだろう。けれど、イザベラ様はとても明るくて楽しい方だ。イメージと違ったけれど、わたしはイザベラ様に好感を持った。



 コンコンコンコンと、ドアをノックする音が響き、オリヴィア様が入室した。


「こちらへ」


 王太子殿下が声をかけると、オリヴィア様は淑女の礼をとり挨拶をした。


「王太子殿下にご挨拶申しあげます。この度は助けてくださり、誠にありがとうございました」


 オリヴィア様は保護されたあと、自分がベーカー子爵令嬢であることを明かしていたそうだ。


「オリヴィア様、こちらにお掛けになって。体調はどうかしら? あなたも無事で本当に良かったわ」


 イザベラ様は瞬時に女神のような微笑みを浮かべた……


 美貌のイザベラ様を見て固まっているオリヴィア様を、ロードン様がソファーへとエスコートした。ロードン様とオリヴィア様が隣り合って座ると、王太子殿下がオリヴィア様に声をかけた。


「ベーカー子爵令嬢、少し聞きたいことがあるんだが、いいだろうか?」

「はいっ……!」


 オリヴィア様は真剣な表情を浮かべ、緊張した様子で答えた。


 王太子殿下がロードン様に視線を向けると、ロードン様はオリヴィア様に体を向け、顔を赤らめながら言った。


「オリヴィア嬢、そ、その……、確認したいのだが、あ、貴方に、婚約者は、いるのだろうか……?」

「いいえ。わたくしは婚約したことはありません……」

「そうか! ストー……いや、執着が激しめの幼馴染などはいないか?」

「はい……? おりませんが……」

「そうか!! それは良かった!!」

「はい…………?」 


 事件についての質問ではなかったことに、オリヴィア様は首を傾げている。


 わたしもロードン様の質問の意図がわからず、オズワルド様に顔を向けたが、彼は「聞くな」とばかりに首を振っている。



「ヘルミット伯爵令嬢、ベーカー子爵令嬢、我々は明日帰国する予定だが、問題はないか?」

「「はい」」


 王太子殿下にそう言われ、わたしたちは顔を見合わせて答えた。無事に助かったことに改めて安堵し、彼らへの感謝に胸がいっぱいになった。


 王太子殿下はわたしに視線を向け、続けた。


「ヘルミット伯爵位はあなたが成人するまでの間、王家預かりとするが同意してもらえるか?」



 オズワルド様から、叔父のロバートは当主ではなく当主代理であったと聞いて驚いた。

 オズワルド様はわたしがヘルミット伯爵家でどのように扱われていたのかを知って憤慨し、ヘルミット伯爵位を王家預かりとするよう、そしてわたしがグレイヘイブン侯爵家で暮らせるように手配してくれたのだ。



「はい。よろしくお願いいたします。あの……、叔父たちはどのように……」


 わたしがそう言うと、オズワルド様がそれに答えた。


「彼らは平民の分際で伯爵令嬢であるアリシアを冷遇した。ウエロスニアでは、平民が貴族に対して暴行を働いた場合、厳罰に処されることになっている」


 オズワルド様は憤りを抑え込むように、ゆっくりと息をついた。


「そうですか、わかりました……」


 もう叔父や叔母、そしてジャックに会う事もないだろう……。そのことに安心し胸をなでおろす。



 室内が暗い雰囲気に包まれてしまったため、空気を変えようと、わたしは陽気に言葉を発した。


「それにしても、やはりあの方は宰相閣下でしたのね。宰相閣下自らが捜査に加わるなんて思いませんでした」

「宰相……? アリシア、どういうことだ?」


 わたしの言葉に、その場に緊張が走った。わたしは戸惑いつつ、言葉を続けた。


「ノールの港を捜査していたのですよね? 船員に変装した宰相閣下をお見かけしたのですが……」


 わたしがそう答えると、オズワルド様たちは息をのみ、皆で顔を見合わせている。


 わたしは何かまずいことを言ってしまったのだろうか……。


 わたしが戸惑っていると、王太子殿下が眉を寄せて言った。


「どういうことだ……? ユリウス、宰相は現在どうしている……?」

「はっ、王命による国家の安全保障に関する重要な極秘戦略会議と銘打って、王城に閉じ込めています」


 え……!? その言葉にわたしは目を見開いた。ノールの港で声をかけてきた船員を見ていたら、その先には確かに宰相閣下がいたのだ……。


「アリシア、それは本当に宰相だったか?」

「遠目でしたが、確かに宰相閣下でした。あの方が宰相閣下ではないのなら、あまりにも似すぎています。まるで双子のようでした」


 一瞬の沈黙が流れた後、王太子殿下が声を上げた。


「捕らえた賊、全員の顔を確認しろ!! おそらく宰相に似た仲介役の男がいるはずだ。帰国後に開かれる夜会までに、なんとしてでも宰相が事件に関わっている証拠を探すんだ!!」

「「「「「はっ!!」」」」」







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