家族 第三話
「ちょっと渡しなさいよ! 赤ちゃん泣いちゃってるじゃない! 母親から無理矢理引き離されて可哀想だと思わないの!?」
「渡さない。この子は、ドリーは僕が育てる」
絶望で何も言えないはずのフェリシアンが小さな声ながらもそう言い返したのだ。
生まれて初めて姉に対して反抗した瞬間だった。フェリシアン自身、そのようなことが出来た自分に驚いていた。
「ハァ? 誰よ、ドリーって? 勝手に名前付けないで」
「アナンヤさん、いくら小さな子どもが可哀想だからってオレたちで引き取る必要は無いよ。
まとめて追い出さなきゃ。こういう手合いは、またすり寄ってくる。
すり寄ってきてダニのようにアナンヤさんの資産を食い潰してしまうよ」
ドメニコーニは泣き出した赤ん坊を見て嘲るように笑った。
「ああ、この赤ん坊、アタシの子どもだから。あなたと一緒に名前を考えようと思って」
アナンヤの言葉に「ん? え?」とドメニコーニは戸惑った。
その言葉を聞いて衝撃を受けたのはドメニコーニだけではなかった。フェリシアンもこの子に正真正銘に自分の名前を持っていなかったことに衝撃を受けたのだ。
「アナンヤさん、子どもがいたのかい? それは聞いてはいないのだが……」
ドメニコーニは「まさか」と顔を引きつらせた。のしのしとフェリシアンに近づいてきて胸ぐらを掴み上げた。
「おい、お前、最低の男だな。アナンヤさんに嘘までつかせるなんて。でも、オレはアナンヤさんを信じ続けるぞ。
それはそれ、これはこれだ! オレがいま怒っているのはお前の生き方についてだ!
仕事もしないでアナンヤさんの家に入り浸って最低だと思わないのか? アナンヤさんに迷惑だと思わないのか?
さっさと隠しているこの家の権利書を出せ。お前がそういうことをするからアナンヤさんが困ってるんだぞ?」
「権利書はお爺ちゃんがフォン・バイクさんに頼んで僕に渡したものだ。渡すわけなんてない」
「嘘をつくな! お前はアナンヤさんの弟じゃないだろう!
仕事もろくにしていないのに権利だけは主張するだなんて生意気なことをするな。だいたい勇者の子孫がこんなどうしようもないワケないだろう!」
ドメニコーニはフェリシアンの顔を力の限り殴った。フェリシアンは微動だにしなかった。それどころか、ドメニコーニの方が掌を痛そうに抑え始めた。
「殴っちゃダメよ。そいつ、ちょっと手が出た程度のことですぐ警察呼ぼうとするから。アタシが説教してキチンと返して貰うから下がってて」
アナンヤがそう言うと、ドメニコーニは掌を押さえたまま引き下がり舌打ちをした。
「アタシはね、今困ってるの。
やっと出会えた大事な人と一緒になって幸せに暮らしたい。のに、家がない。
カフェとヨガスタジオ、あれ放火で無くなったわ。でも、アンタが保険会社に余計なこと言ったおかげで、保険金が下りなかった。
周りに出た被害の補償から何から全部アタシのお金から出して一文も無いの。更地にして売っても高く売れなかった。
アンタのせいよ。アンタが観光資源になってた勇者ドナシアンの墓を放ったらかしにしたから、地価が下がったの。勇者の一族が住んでいたって言うのにタダ同然だった。
全部何もかも全てアンタのせい。アンタみたいな人間が勇者の一族っていうたった一つの事実で、勇者という存在にまつわる全ての価値を貶めたの。
いいわ。いいでしょう。ここをアンタがお爺ちゃんから奪ったのは分かったわ。認めましょう。
無職のあなたは何も困っていない。家もある。お金も残ってる。でも、社会的地位がある私はどっちもない。分かる?
アンタの余ってる財産であるお金と家を貰おうと思っているだけなの。分かる?
アンタは仕事もしなかった。それなのにこんな立派な家に住んでいるのはおかしいの。分かる?
それに、アタシたちは家族なのよ? 血の繋がった世界で唯一の姉弟なの。分かる?
幸せな家庭を築こうとしているアタシと、お金の使い方も分からないアンタ。どっちがお金を使って幸せになるべきか。それも分かる?」




