小さな掌 第五話
「フェリシアンさーん、この子……えーと、ドナシアンくんでしたっけ? お昼ご飯、今日どうしますか?」
屋敷の台所からあのウェイトレスが顔を出した。彼女はレストランが休みになるとこうしてフェリシアンの屋敷に来ているのだ。
「くん、じゃなくて、ちゃん、だよ。ははは。せっかくだし、お願いします」
「えへへ、そうですね。お爺さまと同じ名前だとつい。蜂蜜はー……まだダメですよね。どうしようかなー」
フェリシアンはいつしか赤ん坊をドナシアンと呼んでいた。
フェリシアンがそう名付けようとして呼んだわけではなく、ドナシアンと呼ぶとまるで自分の名前が大好きな人に呼ばれたかのようにキャッキャと嬉しそうに笑うのだ。
「やれやれ、フェリシアン。いくらあの子が優しいと言うから家事を手伝わせるのはどうかと思うぞ」と訪れていた隣の家の老人は言った。
赤ん坊が珍しい近所の老人たちが集まるうちに屋敷の広い玄関ホールにテーブルと椅子がいくつか置かれて、今ではまるでカフェのような雰囲気になっていたのだ。
「いいんですよ。私は。あなたこそ、わざわざこんな遠くのお隣にまで来てるのは何でですかね」とウェイトレスは老人に笑いかけた。老人はフンと鼻を鳴らした。
「フェルくん、お庭のクリスマスローズはあなたが植えたのかい? 枯れたお花は切っておいたよ。花殻はキチンと取っておかないと可哀想だよ」と老婆が庭からフェリシアンに話しかけた。
「すみません」とフェリシアンが仕方なさそうに言うと、背中のドナシアンは笑った。
庭はこれまで以上に綺麗になり、石畳に置かれたカフェテーブルでは老婆たちが日だまりの中で談笑している。
春が訪れ平原に緑が戻りつつある日のことだ。
その日も近所の人やウェイトレスが来て、穏やかで少し賑やかな普通の日だった。
フェリシアンはドナシアンをあやしながら窓から道路工事を見ていた。丁度家の前の道路にアスファルトが敷かれていたのだ。
しかし、作業員が慌てて走り回り、三角コーンを道の脇に避け始めた。どうやら一度工事が中断したようだった。
フェリシアンは、どうかしたのだろうかと、首を動かして遠くを見ると一台の車が作業員に向けてクラクションを鳴らし続け、やたらスピードを出して焼きたてのアスファルトの湯気を巻き込みながら走ってきた。そして、家の前で急ブレーキを踏んで悲鳴を上げながら止まったのだ。
それは高級車だった。だが、甥っ子の物とはまた違う車だった。




