小さな掌 第四話
「ア、アア、アルル、アルフォードさんの、おこ、おここ、お子さんですか?」
いつもの若いウェイトレスはフェリシアンの久しぶりの来店に喜んだが、背中で口を開けて眠っているまだ首が座り始めたばかりの赤ん坊を見て顔を引きつらせた。
「この子? 違うよ。姉さんのだよ。僕のは前話したとおり、ね」
「なーんだ、ビックリした。お姉さんいらっしゃったんですね。初めて聞きましたよ」
ウェイトレスは大きくため息をつき「何ヶ月なんですか? お名前は?」とテーブルにいつものコーヒーと軽食を置きながら尋ねた。
「あー……」とフェリシアンは気まずそうに視線を泳がせ「実はどっちも分からないんだ」と誤魔化すように笑った。
「どういうことですか?」とウェイトレスは作業を止めてフェリシアンに小首をかしげた。
フェリシアンは姉が赤ん坊を置いていったきり戻ってこなくなったことや名前も分からずに病院で困ったことなどを相談をすると、ウェイトレスは育児を手伝ってくれるようになったのだ。
さらにレストランの店主も常連客の暇な老人たちも色々と手伝ってくれるようになった。
周囲の人間たちが自分の子育てに必要以上に協力したり、色々と言ってきたりすることに普通の親なら機嫌を悪くするかも知れない。
だが、フェリシアンにとってこの赤ん坊は自分の半分も同じ血が流れていないので他人だ。
しかし、それでも自分と同じ祖父ドナシアンを持ち八分の一は同じであり赤の他人とまで距離を感じなかった。
フェリシアンは屋敷の屋根から垂れ下がる氷柱を毎日まめに落とすようになった。以前は長くなりすぎて地面に付いてしまうほどだった。
レストランにも顔を出す機会が増えていった。そして、過疎の進んだ田舎では赤ん坊という存在が物珍しいので、いつしかレストランにも人が集まるようになっていった。
大勢の人に囲まれて、この子はまるで祝福されているようにも感じていた。
フェリシアンはもう少し地域と接していれば良かったかも知れないと思った。それと同時に、この子の存在に感謝していた。
赤ん坊もフェリシアンも笑う機会が増えていった。
フェリシアンはアナンヤはもう戻ってくることはないのだろうと思っていた。
この子をこれからどうやって育てていこうか、漠然とした不安は抱いていたものの、地域の支えがあるので真っ暗ではないだろうと心のどこかで考えていた。
アナンヤが出て行ってから四ヶ月が経った。その間に家の前の道路脇に出来ていた雪の壁は高くなり、そして低くなり、いつしか窓からの視界を広げていった。
やがてそれも消えると家の前の道路の舗装工事が始まった。




