小さな掌 第三話
どことなく元気が無いような気がしてフェリシアンは赤ん坊を病院へ連れて行くことにした。
病院について困ったのだ。この子の診察券を作るときに必要な物がない。身分証明書の様な物の所在も分からない。そして名前も苗字も分からない。
無い無い尽くしではあったが診察は受けられた。軽い栄養失調だった。
大きな病気ではないとフェリシアンが安心したのも束の間だ。子育てをしたことが無さそうな見た目の成人男性が連れてきた赤ん坊の栄養状態が良くない。
これだけで診察した医師に虐待を疑われるには充分だった。そこに氏も名も分からない、赤ん坊の身分証明書がないという要素が加わり、虐待どころか誘拐を疑われた。
その子どもは姉が置いていった子どもであり、その姉が帰ってこないので代わりに育てていると必死に説明した。
医師たちは姉アナンヤが医師であると言うと態度を変化させた。
フェリシアンは「命を扱う医師が自分の子どもをそんな目に遭わせるわけがない!」と目くじらを立てられるかと思ったが、事情を理解しようとしてくれてやさしくなった。
医師たちはフェリシアンに同情したわけではない。ああ、医師なら仕方ないか、というようなある種の諦めによるものだ。
最終的に通報はされず引き離されることもなかった。
引き離された方がその赤ん坊には安全かも知れないが、アナンヤが突然帰ってきて手元に赤ん坊がいないとなると何をし出すか分からない。今度こそ家に火を放つか爆破するかも知れない。
フェリシアンは孤独になれないことに小さく落胆したが、この赤ん坊をあの屋敷に連れ帰れたことに胸を撫で下ろした。
フェリシアンは病院で会計を済ませた後長めに待たされた。薬などは処方されなかったが、子育てマニュアルのような物を渡されたのだ。
病院から出たときには既に陽は暮れており、戻ったときにはとっぷりと夜が更けていた。
フェリシアンの屋敷の辺りは雪が降ると春まで溶けることはない。
降ってはつもりを繰り返し、雪は堆くなり屋敷の一階を覆い尽くすほどになる。屋敷には雪の時の出入り口が二階にあるほどだ。熱の魔法道具を使って除雪をしなければ外に出られなかった。
しかし、それも数年前までの話だ。最近はバイク・スチールによる鉄道敷設が現実的になってきていた。
彼らが地質調査や測量などをする目的地までの道がフェリシアンの屋敷の前の道であるためにどれほど雪が降ろうとも地面が見えるほどに雪を掻いていくのだ。
その日は丁度新しく降った雪を掻いた後だったのでフェリシアンの屋敷までの道は雪かきがされて、左右に大きな雪壁が出来ていた。
忙しい一日だったが、この雪壁を見て姉が戻って来ていないことを思い出した。
帰りが遅いのは雪が降っているからだろうと思っていた。しかし、こうして定期的に雪かきはされるので帰ってこようと思えば帰ってこられるのだ。
まぁどうでもいいか、フェリシアンは背負う赤ん坊を揺らしてあやし、とにかく寒さで不快になってしまう前にと家路を急いだ。
フェリシアンは仕事をしていない。それ故に残された赤ん坊の世話に全力を注ぐことが出来た。病院で子育てマニュアルを貰ったことで、さらに赤ん坊の世話に必死になった。
自分が満足に食べられていないことに気がつき、たまにはと近くの行きつけのレストランに久しぶりに顔を出すことにした。




