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英雄遺産のエーヴィッヒ  作者: 大浣熊猫
老いた勇者の幕は下り
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逃れられぬもの 第五話

 フェリシアンがそれを聞いたとき、何かを思うことは無かった。

 あんな母親であってもやはり母親で、やはり悲しくなる――ことはなかった。まるで新聞で誰か有名な他人が死んだときの記事を読んだように感情は平坦だった。

 新聞は読み終われば折り目にあわせて雑に折りたたまれて、テーブルの上に放置される。そして、二度と開かれることはない。フェリシアンなら球根か何かの冬越しの為にしか使わない。

「そうか、残念だ」と口にするだけで終わりなのだ。


 自分の母親が亡くなったというのに何も沸き起こらない、涙の泉さえ溢れないという状況は彼を不安にはさせたが、姉という自己の財産や生命に対する具体的な脅威が目の前に差し迫っていることの方が、より強烈な不安を引き起こさせている。


 アナンヤはフェリシアンの薄い反応を見ると、フェリシアンを見つめたまま間を開けた。


「母さんはお金ほとんど無くなってたわ。あんなにあったのに、何に使ったのかしらね。

 死ぬ前日の夜に一人でお酒飲んでいたらしいわ。一人だったのがよくなかったみたいね。転んで打ち所が悪かったみたい。

 いわゆるピンピンコロリってヤツよ。寝たきりになってつきっきりにならなくて済んだのは、ま、良かったと思うわね」


「そ、葬儀はどうしたんだ?」


「もう全部終わってた。なんか飲み友達とか言う人が勝手に葬儀屋と話を進めて全部やってくれたわ。

 管理も大変だから、お爺ちゃんもお婆ちゃんも一緒にして共同墓地に埋葬してし直して貰ったわ。

 自治体とか言うのは英雄の墓なんだから立派なの作れとか言うクセに、管理費だとかは身内で出せみたいなこと言うから全部無視して墓じまいしてきたわ。

 審判の日に蘇るとか何とか言って埋めてるけどさ、審判の日を起こすような存在がいるんならそいつが魔王を何とかしなさいって話よね。ま、どれも今となっては神話の話だけど」


「実家はどうしたんだ?」


 アナンヤは「もうないわ」と一言だけ不機嫌に答えた。フェリシアンは怯えてしまい、それ以上は尋ねなかった。


「アタシもさ、もう疲れちゃったの、人生に。だから仕事も辞めてここに来たのよ。

 もう男なんてこりごりだわ。前の男なんて、アタシのカネを勝手に使って生活し始めて仕事辞めたのよ。

 それでなんか新しいコトしたいとか言って使い込んでてあっという間になくなったわ。

 これからは姉弟仲良くひっそりと暮らしましょ」


 抱いていた赤ん坊を高く掲げ、尖らせた唇をブルブル震わせてあやした。何も知らない赤ん坊はそれを見て楽しげに笑っている。


 それまで黙っていた甥っ子は「俺、仕事あるから」と言って椅子から飛び上がるとすたすたと帰っていった。納屋の車は甥っ子のもののようだ。

 フェリシアンは甥の職場は地方都市にあるとしか聞かなかった。どんな仕事をしているのか、そういったものは話されることはなく、フェリシアンも聞くことが出来なかった。


「ここは都市部からちょっと遠いわね。それが不便だけど、ま、都市部にいたければ宿に泊まればいいし、たまに帰ってこられる場所あるってのはいいわね」



 それから一ヶ月ほどアナンヤは家にいた。


 アナンヤは家事は一切しなかった。洗濯物も食事も全てフェリシアンにやらせていた。ゴミの捨て方も分からないのかと思うほどに、出たゴミをその場に落としていった。

 フェリシアンがそれについて何かを言うと「どうせヒマなんだからいいでしょ」と言い返されて終わっていた。


 ときどきフェリシアンにピックアップトラックを出させて街に出て買い物をしていた。

 フェリシアンは家の鍵を持っていないので、アナンヤが帰るまで家には入れない。アナンヤの気が済むまでフェリシアンはカフェで過ごすしかないのだ。

 アナンヤの用事が深夜に渡ればカフェは閉店時間を迎えて追い出されるので、その後は駐車場の自分のピックアップトラックの中で待つほか無かった。

 閉店ギリギリまでコーヒー一杯で居座るフェリシアンは数件のカフェで出禁になり、駐車場の近くで待機場所とできるところはなくなった。

 アナンヤの用事も日に日に増えていき、それに合わせて時間も長くなり、最終的に十二時間以上ピックアップトラックの中で過ごす日が多くなった。

 フェリシアンが鍵を渡して欲しいというと、アナンヤは「どうせヒマなんだからいいでしょ」と頑として鍵を渡さなかった。


 アナンヤの買い物の量も凄まじかった。目に付いたものが欲しい物でなくともとりあえず買っておくという様な買い方で、帰りのピックアップトラックの荷台は毎回満杯になっていた。

 街で買い物するときのお金はどこから出ているのか、フェリシアンはそれまでの自分の蓄えを削っていると思っていた。


 しかし、実際はそうではなかったのだ。

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