逃れられぬもの 第三話
フェリシアンはまだ湯気の立つフィッシュアンドチップスにほとんど手を付けずにウェイトレスにお金を少し多めに渡し、不安がる彼女を安心させようと肩を軽く叩いて店を出た。
何度も修理を繰り返したピックアップトラックに飛び乗り、荷台の道具をガタガタと揺らしながら屋敷への大雨でぬかるんだ道を走らせた。
ヘッドライトが丸く照らす視界は、フロントガラスに滴り流れる水で見にくくなっていた。にもかかわらずフェリシアンはアクセルを踏み抜き、全速力で家へと向かった。
屋敷に近づくと、玄関と大広間の窓から光が漏れているのが見えた。屋敷の一帯に他の建物はなく、辺りは夜になれば真っ暗な世界になる。新月や悪天候にもなれば何一つ見えなくなる。
そのためフロントガラスに叩きつける雨粒で視界が悪くとも、暗闇にぽつねんと浮かぶ灯りは見分けが付くのだ。
それを見ると心臓が口から飛び出すのかと思うほどに強く打った。何年も前にも同じことがあったような、思い出したくもない昔のことが蘇り、喉だけでなく全身から水分が抜けて行くような渇きを覚えた。
フェリシアンは車を納屋に止めようとそちらに車を進めたが、納屋には既に別の車が駐まっていた。
よく磨かれた黒塗りの大きな車で、これまで見たことの無いような高級なものだった。雨ざらしにはしたくないが仕方ないので、玄関近くに止めることにした。
玄関を開けたら何がいるのか、分かっていたからこその凄まじい恐怖を抑え込みながら、冬の大雨で冷え切って手が貼り付きそうなドアノブを回した。
しかし、ノブは回らずドアも開かなかった。鍵を締めて出たのだから当然だと分かっていながら、焦りで震える手で鍵を取りだして鍵穴に入れた。しかし、鍵は回らず開けられない。
大雨に濡れることも構わずにしばらくガチャガチャとドアを揺らしていると、内側から開けられた。ドアの隙間から冷たい視線が飛んできた。
「なに? 誰? ああ、アンタね」と冷たい視線の主は言った。やはりフェリシアンの姉アナンヤだった。
フェリシアンは全身が引きつり汗が噴き出すと、次第に絶望感が足の先から這い上がるような感覚に襲われて身体の力が抜けていった。
何故ここにいるのだ。何年も疎遠だったというのに。居場所を伝えた覚えも無いというのに。膝から崩れ落ちそうになった。
ドアは薄く開けられたままだった。このまま家に入れて貰えないのだろうか。
ここは自分の家のハズだ。それなのになぜ入ることを許されないのだろうか。冷たい雨の中に閉め出されるのではないだろうか。
恐ろしいことへの頭の回転は速かった。しかし、思考はただ恐怖を並べるだけで、それをどのように対処していけばいいのかを彼には与えなかった。




