逃れられぬもの 第二話
「こんばんは、アルフォードさん。すごい雨ですね。お一人ですか?」と若いウェイトレスがフェリシアンの席に小走りでやってきた。
遠くに雷が落ちたのか、店の中が暗転するほど眩しくなった。フェリシアンとウェイトレスは窓の方に首を向けた。遅れてゴロゴロと雷鳴が聞こえてきた。
フェリシアンはいつも一人で来ているのに人数を尋ねてくることに少し違和感を覚えながら人差し指を立てて見せた。
「ホントだよ。こんな季節外れの大雨はこっちに来てから初めてかも知れないね」と駐車場から店までの僅かな距離で濡れてしまった頭をハンカチで拭いた。
「ご注文は……いつものでいいですか? 今日は大っきな鱈が入ったのでフィッシュアンドチップスがオススメですけど」
「それはいいね。じゃあそれお願いしようか」
レストランの窓には強い雨が吹き付け、窓ガラスにいくつもの筋を描いていた。
フェリシアンはその日、庭の花木の世話をするための道具を新調するために街に出ていた。一通りの買い物を済ませたあと、突然雨が降り出した。
だが、真っ直ぐ家に帰らず、都市の外れに数年前に出来た安いレストランに一人で夕食を食べに来ていた。
週に一、二回ほどの外食はここだけで、通い詰めていたので顔もすっかり覚えられていた。その日もフェリシアンのルーティーンの外食日だったからだ。
「そういえば、今日は珍しくお客様がお家に来たそうですね。一緒じゃないのですか?」
若いウェイトレスが持って来た料理を並べた後、トレーを胸の辺りに抱えながらフェリシアンに話しかけた。
「ははは、来るわけないですよ。見間違いではないですか? バイク財閥の測量員とか。最近頻繁に来てるみたいですし」
「先ほどまで鍵屋のダルトリーさんがお見えになって
『とある有名なやんごとなきお方の親族だという小さな赤ん坊を抱えた女性と若い男に、森の方のやんごとなきお方のお屋敷まで連れていかれて仕事だったよ。あそこまでに行ったのは久しぶりだ。ひとけの無いあそこを知っているのは地元民と親族くらいなものだ』
と言ってお食事されて帰りましたよ。
ダルトリーさんは誤魔化しましたけど、やんごとなきお方って、かつての勇者ドナシアンさんのことですよね。
森の方に別荘があるって地元ではウワサですよ。アルフォードさんがあそこに住んでるのは私聞いていましたし。
アルフォードさん、実は勇者のお孫さんなんですよね? ご家族ですか?」
何気ない会話であるはずだった。
しかし、フェリシアンはウェイトレスの話を聞いて脇腹が引きつった。いつものウェイトレスが人数を尋ねてきたことの違和感が恐怖や絶望の類いであり、さらにそれは昔幾度となく味わってきたものに近いと感じたのだ。
来客もごく希に近所の農家が野菜をくれることはあり皆無ではない。ダルトリーという鍵屋も、納屋の鍵を修理して貰ったときに来たことがあるので面識がある。
だが、フェリシアンはウェイトレスの言葉にそこはかとない異常な寒気を感じたのだ。
「す、そうか。ありがとう。ああ、すまない。僕は帰ることにするよ」
気がつけば落ち着きを失い、いざ食べようと持ち上げていたナイフとフォークを戻して上着を着て立ち上がっていた。
「え、でも、お料理、持って来たばかり……。何か気に触ったことを言ったのならごめんなさい」とウェイトレスは縮こまり頭を下げた。
「いや、そうじゃないんだ。すまない。また来るよ。君もステキだし、料理も僕好みで美味しいからね」




