勇者の遺産 第一話
老人ホームを引き払うための片付けの最中、ドナシアンの顧問弁護士からフェリシアンに連絡があった。
ドナシアン・ガリマールの遺言書の開封をするのでご家族の方に立ち会っていただきたいということだ。
ドナシアンの顧問弁護士はアリスタルフ・カプスチンの娘アルテナイだ。カルト儀式の途中に起きた魔法の反転事故によって焼死したアルノリトの叔母にあたる人だ。
老人ホームの多目的室を借り、長机を三個ほどコの字に並べた。上座にはアルテナイが座り、フェリシアンとアルフォードはアルテナイから見て右側に座った。左側には空の席が二つ。
開始の時間になるとアルテナイが多目的室を見渡した。昼光色の青白い光が煌々と降り注ぐ広い部屋の真ん中に、長机が三個ぽつねんと置かれている。
「立ち会いの方は……二名だけですか。ご家族が、確か娘さんともう一人お孫さんがいらしたはずですが?」と彼女は小首をかしげた。
「連絡が取れないのです。実家も見に行きましたが放置されていまして。
近所の人にも聞いたんですが、ここ数年は地元にいないようでした。他にいそうなところに心当たりはありませんね。
実家を出てからは母と姉の行動はまったく知らないので。一応今日の日付と場所の置き手紙はしておきました」
フェリシアンが実家に戻ったとき、あのカフェとヨガスタジオはすっかり荒れ果てていた。
窓は割れ、床は抜け、背の高い草がカウンターの裏にまで蔓延っていた。カフェテーブルの上に逆さまに置かれた椅子の脚に、太いつるががっちりと巻き付き、何度目かの花芽を付けていた。
錆びた鉄の看板は赤茶けた涙を流し、風が吹くと揺れて金具が泣いた。
日当たりの良いヨガスタジオは、大きな窓故に柱や壁が少なく支えを失った天井が落ちていた。
近づくとひな鳥の声がしてシジュウカラの警戒する鳴き声が聞こえたので、フェリシアンはそれ以上近づかなかった。
どれほど長い年月放置されていたのだろうと思うと同時に、あそこにはもう誰も戻ってこないとフェリシアンは悟ったのだ。
アルテナイは「そうですか」と一言だけ答えた。
あまりにもあっさりしていたので「大丈夫なのですか?」とフェリシアンが尋ねた。
「ええ、構いませんよ。遺言書は私が責任を持って預かりましたので、私一人でも内容に則った行動を採らせていただきます。さて、お時間になりましたので始めましょう」と白い手袋をすると、鞄の中から鍵の付いた木箱を取り出した。
鍵を取り出すと鍵穴に入れて、フェリシアンとアルフォードの方を見た。三人が同時に頷くと、アルテナイは鍵穴を回して蓋を開け別珍の張られた内側に置かれた一通の封筒を取り出した。
静まりかえった部屋の中で封筒をちぎる音がした後に、アルテナイは紙を取り出さし前にかざすように大きく開き、遺言を読み上げた。
だが彼女は一言目でフェリシアンとアルフォードの度肝を抜いたのだ。
『ドナシアン・ガリマールはその遺産を全てポリー・アルフォードに漏れなく相続させる。』
「え」と二人は顔を上げてアルテナイを見つめてしまった。




