過ぎ往く者 第三話
フェリシアンはアルフォードの協力もあり少しずつではあるが家からは出られるようになっていた。
次第に夜は眠り朝は起きる正しい生活リズムを取り戻し、ドナシアンの老人ホームにも顔を出せるようにもなった。
そんな矢先だ。アルフォードが妊娠したのだ。父親は言うまでもなくフェリシアンだった。
その出来事が彼を大きく変えることになった。フェリシアンはもう逃げられないと覚悟を決め、二人揃ってドナシアンに報告しに行くことにしたのだ。
その時点でフェリシアンはもう仕事に復帰するつもりでいた。
ガリバルディメタルインダストリーの鉄工所にもう一度顔を出してみようという決心が付いていたのだ。
コネでも何でも再び雇って貰おうなどと言う都合のいい話など無いかも知れない。だが、上手くいかなければまた別の道を探せば良いと思えるほどに前を向いていたのだ。
フェリシアンは自分がどういう心持ちになっていたのか、度々ドナシアンに会ってはいたが報告をしていなかった。
彼は仕事に復帰できたときに改めて報告をすることで、ドナシアンへのサプライズを考えていたのだ。
フェリシアンにとっては、アルフォードの妊娠は順番が多少前後しただけのことだった。
しかし、もう守るべき人生は一人分だけでいいというわけではないので、サプライズを諦めて全て――自分の今の心の状態を含めた全てを報告に行くことにしたのだ。
「フェルくん、緊張してるの?」
「するよ。ここには何年も何度も来てるけど、今日ほど緊張した日はないよ。」
フェリシアンは老人ホームのエレベーターの中で落ち着かない様子で掌を閉じたり開いたりを繰り返していた。アルフォードはその汗にまみれて光る掌を「大丈夫」と言って包み込むように握った。
「ドナシアンさんも喜んでくれますよ。それに私が一番嬉しいんですからね? お爺ちゃんはお爺ちゃん、私は私。大丈夫!」
ドナシアンの住む三階は他の二階と違って広く、エレベーターホールと階段室と玄関しか無い。階段室もエレベーターも鍵が無ければ開けられないので、ドナシアンは玄関を開けていることが多い。エレベーターを降りればドナシアンの家の中だ。
到着を告げる鐘が鳴るとドアが自動で開くので、心の準備をしている暇がない。
フェリシアンが振るえている間に鐘が鳴り、待つ暇もなく自動ドアが開いた。閉まるのボタンを押しそうになったが、アルフォードは「大丈夫!」と少し強めにフェリシアンを押した。
リビング入るとドナシアンはテーブルにかけていて、右手を挙げてこちらに来いと小さく振った。
「よく来たね、二人とも。アルフォードさん、大丈夫かね? このところ体調が悪そうにしていたが」
「おはようございます、ドナシアンさん。私は大丈夫ですよ」とアルフォードは返事をして、大事な話を切り出すのを促すようにフェリシアンの方に視線をやった。
「お、お爺ちゃん、そ、そそ、そのことについて話したいことが」
緊張で震え視線が彼方此方に飛び回るフェリシアンに、ドナシアンは怪訝な表情を見せたが「どうしたんだ、フェリシアン。言ってみなさい」と二人を椅子に着かせた。
それからフェリシアンはアルフォードを妊娠させたことを報告した。
フェリシアンは汗だくで話をしていたが、その間、アルフォードは絶えず笑顔であった。作ったような笑顔ではなく、心の底から子どもが出来たことを喜んでいるような笑顔だった。
しかし、ドナシアンの反応は予想とは大きく違った。ドナシアンは烈火の如く怒りだしたのだ。




