過ぎ往く者 第二話
フェリシアンは落ち込んでいた。
家に籠もり最低限の外出さえもしなくなり、日がな一日ベッドの中で高い陽射しが暴力的に差し込んでくる日光を避け続けていた。
だが、それでも家にやってくる者はいた。どんどんと乱暴にドアを叩くと「フェールくーん、フェリシアンくん、起きてー!」と若い女性の声がした。
フェリシアンは他の全ての音、街の音だとか同じ建物に住む人の足音だとかはどうでもよく気にもしていなかったが、その声にだけは反応してドアを開けた。
「良かった。今日はまだ生きて……ってクッサ! お、お風呂ちゃんと入ってるんですか!?」
アルフォードは白い歯を剥き出しにして仰け反った。
フェリシアンの家のドアを乱暴に叩いたのはポリー・アルフォードだ。ドナシアンの家のお手伝いを長年勤めている女性だ。
十歳のときに奉公に出されてからドナシアンの世話を長らく続けていたので、フェリシアンと歳がそう変わらない。ドナシアンにとって孫のフェリシアンと同じようなものだ。
フェリシアンを心配したアルフォードはドナシアンに言われるでもなくフェリシアンの家を訪れていた。
「お、おはようございます、アルフォードさん……。僕は大丈夫ですって」
「大丈夫じゃないでしょう! うつ病の人ってまずお風呂入らなくなることからなんですよ。ほら、来て! 来なさい! まったく何日入らなきゃこんな臭くなるんですか! 部屋もめちゃめちゃだし!」
フェリシアンはロセッティによる拉致監禁事件によって、自分を一番に慕ってくれた後輩が自分自身よりも負傷したことで落ち込み、このまま何処までも落ちていきそうになっていた。
しかし、崖から突き出た松の木のように落ちていくフェリシアンを止めたのはドナシアンでもガリバルディでもなく、たった一人の若い女性であるポリー・アルフォードだった。
フェリシアンはしばしば押しかけてくるアルフォードに鬱陶しいような態度を取っていたが、内心は来てくれることがうれしかったのだ。
今日は来てくれない、今日は来てくれたと日々ベッドの中で数えていた。
フェリシアンはドナシアンのところを昔から訪れていたのでアルフォードとは長い期間に渡って面識があり、アルフォードはドナシアンに次ぐほどに話しやすい存在の一人であった。
アルフォードはフェリシアンの家に通うようになり、最初は数日に一度だった頻度が次第に毎日となっていった。
彼女はフェリシアンが辛い学生時代を送っていて、ドナシアンという権力者の傍でフェリシアンすら知らないアーンストート学園の内情などをしばしば聞かされることもあった。
彼女はガリバルディメタルインダストリーの鉄工所で働き始めたフェリシアンを見て安心していたが、再び厄介ごとに巻き込まれたことで放っておけなかったのだ。
そうしている内にフェリシアンはアルフォードを一人の女性として見始めていた。アルフォードもそれに気がついていて、満更でもなかったのだ。
だが、彼女はあえて気がつかないふりをし続けて、フェリシアンを家の外に連れ出そうとした。
フェリシアンもアルフォードのことについて考えるときは前向きになり、やがて恋人同士になれるというなら未来も考えなければいけない年齢であり、仕事に戻ろうという気が起き始めていたのだ。




