過ぎ往く者 第一話
「怪我した従業員は問題ないのか?」
「ああ、もう全快だよ。事件のことよりもフェリシアンが職場に来られなくなったことを気にしてやがる。
あいつぁ、フェリシアンのことが大好きでよく懐いていたからな。あんだけ殴られたあとでも慕ってるってのは、なかなか無いぜ? そうなのは後輩の方だけだがな」
フェリシアンは後輩の従業員が個人的な問題に巻き込まれて怪我したことを気に病み職場に行けなくなっていた。
ドナシアンの家を訪れていたガリバルディはアルフォードが入れた紅茶に口を付け、鼻から息を吸い込んで目を閉じた。
窓から遠くの冬の寒々しい白波の立つ海を眺めていたドナシアンは大きなため息を吐き出し「フェリシアンは身体は強いが、何故どうしてと哀れに思うほどに心は弱いからな。傷ついてしまうとなかなか……。業績はどうだったのかね?」と掌を見ながら尋ねた。
「フェリシアンのかい? 普通だよ。何処をとってもいたって普通の業績だった」
ドナシアンは掌を見つめるのを止めると「厳しいな」と言いながら鼻からゆっくりと息を吐き出した。
「成績を残せないというのは、本人ではないにしろふがいない」
「いや、ウチが求めてるのは優秀なヤツじゃない。普通に普通のヤツだ。
フェリシアンは確かに優秀ってワケじゃない。だが、仕事自体は合ってるのかきっちりやってくれていた。必要以上にはやらないが、必要な分は必要以上の品質でしっかりやっていた。
最近もウチの業界も人手不足気味でね。普通を普通にきっちりやってくれるヤツは優秀でなくても必要なんだ。
だが、必要だからっていない席をいつまでも空けとくわけにゃいかねぇんだ。さすがにこられねぇヤツに給料は払えねぇよ」
ガリバルディはドナシアンの背中から視線を外して、ベランダの外に広がる海の遠くを見つめた。
「悪ぃな、ドリー。これ以上は厳しい」
ガリバルディは言いづらそうに、そして残念そうにそう言った。
与える学校とは違い、会社は授業員が自分の給料以上の稼ぎを会社に与えなければいけない。アーンストートのときのように休学というわけにはいかないのだ。
「仕方がない」とドナシアンは深く頷いた。テーブルで紅茶を飲むガリバルディの方へ振り返った。
「世話になったな、ガリバルディ。また会えるといいが。私もそろそろ歳が歳だからな」
ドナシアンはガリバルディの何倍も残念に思ったが、それを表に出さずにいた。
ガリバルディは感情を飲み込んで、冗談のように大きく空虚に笑った。
「勇者を殺せるのは寄る年波だけだろ? オメェはあと一千年は生きるさ」
ガリバルディは残って冷めた紅茶を一気に飲み干して立ち上がり、上着に袖を通した。
「ガリバルディさま、お帰りですか?」とアルフォードが尋ねると「そうだな。また来るよ。フェル坊によろしく言っておいてくれ」
アルフォードが「かしこまりました」と返事をするとガリバルディと共に廊下の奥の暗闇へと消えていった。
ガリバルディがふと玄関からベランダの方を振り返ると、ドナシアンがまるで逆光の中にいて輪郭がぼやけていたように見えてしまい、心がざわついた。
気のせいだろう――。そう思い込ませガリバルディはドナシアンの家を後にした。
しかし、やはり戦士の勘というのは鋭く、当たるものだ。
ガリバルディがドナシアンに会うのは、これが最後となった。




