修羅と金糞 第十話
だが、鉄パイプが頭蓋骨を砕く鈍い音は響かなかった。
代わりに「おっと、やめな」とフェリシアンにとって聞き覚えのある声が聞こえた。
「ウチの従業員、怪我させないでくれよ。ただでさえ人手が足りないんだから」
いつの間にかガリバルディが現れており、ロセッティの振るおうとしていた鉄パイプを片手で掴んで押さえていたのだ。
「フェルディナンディ・ガリバルディ!? 何でこんなところにいるんだ!? アイツら何を……」
ロセッティは僅かに動揺を見せたが、再び鉄パイプを振るおうと力を込めた。
「入り口にいたお前の仲間は、お外で他の制服を着た人とお話しして貰ってる。今日はたまたまこの町の工場長とお話しがあったんだよ。来といて良かったぜ」
ガリバルディはロセッティが振り下ろそうとした鉄パイプを握りしめている。力を込めている様子は無く普通に掴んでいるように見えるが、鉄パイプはピクリとも動かない。
ロセッティは何度も手から鉄パイプを引き抜こうとしたが、無理だと悟ると手を放して尻餅をついた。
「殴るのか? 殴ってみろ! お前を訴えてやる。お前は昔勇者の仲間の戦士だったな。やっぱり暴力で解決するんだろ」
「それもいいなぁ。最近暴れてないから身体硬くなってたし」とガリバルディは鉄パイプを掌に押し付けながらロセッティに近づいて行った。
「そういえば、お前、さっきさぁ、心は激痛を経験しないと反省しないとか言ってたよな? ウチの従業員を怪我させたことはどんだけ殴れば反省してくれるのかな」と鉄パイプを回して前に突き出し、ロセッティの頬に冷たく錆びた鉄の表面をペタペタと軽く叩くように押し付けた。
「だけどなぁ、殴るわきゃねーだろ。魔王とかいう共通の敵がいて暴力が当たり前に許されてたような無法世界じゃなくて、今ここは法治国家なんだからな。それにアタシももうババァだからなぁ。年寄りに無理させんなって」といって鉄パイプを紙の棒でも折るように曲げて投げ捨てた。
ガランガランと音が響き渡ると、ガリバルディの後ろから足音が聞こえてきた。足音が大きくなると入り口から「警察だ!」と声がして、なだれ込んできた数人がロセッティを取り囲んだ。
ロセッティはその場で現行犯で逮捕されて連れて行かれることになった
ロセッティは大人しく捕まったが、去り際になると再び興奮し始めて、フェリシアンに「お前が悪いんだ! あんな姉がいるお前が悪いんだ! 勇者ドナシアンの孫のクセに、人間のクズだ! ははは! ざまあみろ! ぼくは怪我をしていない! ぼくの勝利だ、大勝利だ! はははははは!」と額に青筋を浮かべて怒鳴った。
ロセッティの怒鳴り声と作ったような高笑いが聞こえなくなると、監禁部屋は途端に静まりかえった。
「危なかったな、フェル坊。無事か?」
「僕は無事ですが」と後輩の方を見た。ボロボロで口や鼻から血を流し、意識を失っていた。救助隊が後輩を囲み応急手当をしている。ドアからは担架が運び込まれていた。死んではいないようだった。
「それにサインも書いてしまいましたよ」
「それはマズいな。でも、何の問題ないと思うぜ?」
サインはロセッティがフェリシアンの手を無理矢理動かして書いたものだ。フェリシアンは気がついていないが、ロセッティは取り調べが終わるまでまだ名前をフェルシアンだと思っていた。
つまり、サインはフェ『リ』シアンではなくフェ『ル』シアンと書かれていたのだ。
ロセッティが調査依頼をした興信所もよくそれで探せたものだ。フェリシアンは勇者の孫であり、ある程度認知はされているのだろう。
その後、ロセッティは有罪となった。
ガリバルディが思ったとおりに、フェルシアンと書かれた書類は無効となり、支払いが出来なくなったロセッティは家を差し押さえられ、ともに住んでいた両親(と名乗る者たち)と引っ越しをしていった。
両親と名乗っていた者たちは、自分たちの世話はフェリシアンがするとロセッティから言われていたそうだ。
手伝い付きの豪華な一軒家が手に入ると思っていたその者たちは、その後ロセッティと仲違いしてどこかへ消えて行った。




