修羅と金糞 第九話
「頼む、か。君はぼくに何かを頼まないといけなくなるほどに追い詰められないとサインを書かないんだね。それは、どうも、間違っている気がするよ。本来は、」ロセッティは拳を後輩に振り上げた。
「君が書くのは」「あたりまえ」「なんだが」と言葉を切りながら何度も後輩を殴った。
「だけど、書いてくれれば結果は同じだ。君はペンを持ってるだけで良い。ぼくが代わりに書いてあげるよ。君の手を握ってね」
フェリシアンは右手にペンを握らされて包帯でぐるぐる巻きにされた。そのままロセッティの為すがままに手を動かされてサインを書いてしまった。
フェリシアンは一切抵抗はしなかった。すれば後輩が酷い目にあうのが耐えられなかったからだ。
ロセッティはサインの書かれた書類を顔の前に掲げて上機嫌になった。
だが、すぐに顔をひくつかせながら「最初からこうして貰いたかったものだよ。搾取されるだけの弱者のクセに調子に乗っちゃあダメだよ?」と言って、フェリシアンの手を投げ捨てるようにして椅子から倒した。倒れて地面に付いた包帯で巻かれた掌を足で踏み潰した。
痛みに顔を歪ませ、苦痛のうなり声を上げるフェリシアンを見下ろして悦に入った。
見下ろしていた視界に何かが映り掌を踏みつける足の力を僅かに緩ませるとしゃがんで床に落ちていた何か、封筒を拾い上げた。
倒れたことでフェリシアンの胸ポケットに入っていた手取りの給料袋が出てきたのだ。
「何だこれは?」と封筒の封を開けて中身を確かめると「なんだ、カネ持ってるのか」とフェリシアンを笑いながら見つめた。封筒から十枚ほどの札を取り出し、フェリシアンの頬を叩いた。
「これは頭金と言うことだよ。でも、支払いには回さない。ぼくへの迷惑料かな。これからキチンと毎月君の口座から払ってくれよ、可愛い義理の弟くん」
そういうと札束を懐にしまい、空の封筒をフェリシアンの胸ポケットにくしゃくしゃと押し込んだ。
「だけど、君はこれまで何日も支払いをしなかったんだ。とてもとても長く辛い日々だった。たったのこれくらいじゃあ、ぼくへの迷惑料としては足りない。その報いを受けなきゃいけない」
ロセッティは後輩に近づき、再び手を挙げて何度も殴った。拳が振るわれるたびに後輩は苦しそうな声を上げ、血を飛び散らせた。いつしか後輩は意識を失い、声さえ上げなくなっていった。
それからもロセッティは何十分も執拗に殴り続けた。
だが、突然殴るのを止めた。気が済んだのかとフェリシアンは安堵したが、ロセッティはちらりと安堵したフェリシアンを見て鼻を鳴らした。上がった息で肩を上下させながら後輩から離れると、壁に立てかけてあった鉄パイプを持ち上げた。
「もう飽きたよ。許してあげる。
許して、殺してあげる。君の手に鉄パイプを握らせてこの後輩の亡骸と一緒にここで眠らせてあげるよ。
そうすれば、君が後輩を殺したことになる。ここで鉄パイプで殴られて後輩は死ぬけど、ぼくは殺していない。殺したのはフェルシアンだ! 人殺しのフェルシアン!」
ロセッティは鉄パイプを引き摺り後輩の方へとゆらゆらと近づいていて正面に立ちはだかった。滑ってしまわないように両手で鉄パイプを力強く握り直して大きく振りかぶった。
「フェルシアンは! お金を払わずに! 後輩を殺した! フェルシアンはお金を払わずに後輩を殺した! フェルシアン・ガリマールは、お金を払わずに、後輩を殺したんだー!」
支離滅裂なことを口走りながら、鉄パイプを意識を失ってうなだれている後輩の頭めがけて振り下ろした。フェリシアンは強く目をつぶった。




