アーンストートの学び舎で 第九話
フェリシアンは朝一番に理事長室のドアを叩いた。
教室には行かなかった。またいじめられるからだ。
学校ではいじめに遭い、家では母に貯金を無心され続け、さらに授業料まで使い込まれ、くたびれきっていたフェリシアンにとっては、このまま教室に行かずに退学になった方がいっそ気が楽かも知れないのだ。
「どうぞ」とノックへの返事を聞いたフェリシアンは理事長室のドアノブを回した。
理事長室は大きな部屋ではない。ここはあくまでフォン・バイクのこの学園での職場に過ぎないので必要な物しか置かれていないのだ。
飾りらしい飾りと言えば、壁の強化ガラスの箱の中に聖剣デア・アンファングが飾られている程度だ。勇者ドナシアンから寄贈されたものだ。
大きな窓からは朝日が差し込み、デア・アンファングの刃部をしらしらと何処か禍々しさを持って光らせている。
フォン・バイクは顔を上げて「フェリシアンくん、まったく……」と入ってきたフェリシアンに話を始めたが、彼の表情と服装を見て言葉が止まった。
フェリシアンは酷い顔をしていたのだ。
彼は早退し母親に絶望した昼過ぎから墜落するように眠っていたが、眠りながら現実という名の悪夢に魘され泣いていたのだろう。目の周りがまるで動物のように腫れていたのだ。
制服も着替えていないのか皺だらけだ。
フォン・バイクの目にはその姿があまりに哀れに映ったので言葉を選ぼうとしたが、言わなければいけないことはあるとして口を開いた。
「いくら事態が事態だからって学校をサボるのはよくないですよ。学生の本分を忘れてはいけません」
「バイクさん、ごめんなさい」
フェリシアンは何かを尋ねられるでもなく、挨拶よりも先に謝罪をした。
それが何に対する謝罪なのか。フォン・バイクはサボりに対する謝罪だけではないというのはすぐに分かった。だが、あえて尋ねた。
「コレットさんは払ってくれそうですか?」
そう尋ねるとフェリシアンは下を向いて震えだした。
それで全てを悟った。フェリシアンの母であるコレットは授業料を払う気など毛頭無いのだ。
「お金は、払ってくれません。もう、ありません」
フェリシアンは涙を堪えるようになりながら、掠れた声でそう言った。
フォン・バイクは「フェリシアンくん」と慰めるようにやさしく名前を呼んだ。
「おじいさんのドナシアンさんの古くからの盟友である、と、まぁ、少なくともそう思っている私からこういうことを言うのは大変心苦しいのですが、やはり授業料が払えないとなると授業を受けさせ続けるというわけにはいかないのです。
我が校は名門校で、誰もが入りたがるのです。いくら勇者ドナシアンの孫だからと言うだけの理由で授業用を免除というわけにはいかないのです。他の生徒との差別が生まれてしまうのです。
財閥の当主であり理事長である私と学園の実質的な運営者である学習指導執行部があなただけを特別扱いしてしまうと、卒業生保護者会に入学の際の便宜など色々なことについて行う理由を与えてしまうのです」
「た、退学処分なんですよね。もう、ここには、いられないんですよね。……長い間、お世話になりました」
フェリシアンは深々と頭を下げた。彼のせいではない理由によって彼は学校を追われ、彼のためではない頭を地面に向かって深く落とした。
フェリシアンは心の何処かで、学園でいじめられることから解放されるという安堵も感じていた。
だが、学業から離れる事への罪悪感があり、それを表には出そうとしないように努めた。退学処分という、それから逃げる理由を彼は与えられたのだ。
もし、このまま誰も呼び止めなければ、彼はこのまま学校を去るだろう。
「フェリシアンくん、待ちなさい。まだ私の話は終わっていませんよ」




