アーンストートの学び舎で 第八話
フェリシアンは足早に家に戻り、実家に併設されたカフェの正面玄関を開けて中に飛び込むように入った。
「いらっしゃ……、ちょっと! フェル、何やってるの? まだカフェは営業中よ? 表の札見えなかった? 前から入らないでって言ったでしょう!」
カウンターの奥から派手な髪型をした女性がフェリシアンを注意した。この女性こそが、ドナシアンとスジャータの娘、フェリシアンの母のコレットである。
「お、フェル坊じゃねぇか! はええじゃねぇか!」
常連客の髭面の男がカウンターに座っていた。この男はフェリシアンの父親ではない。
フェリシアンは父親について十近く歳の離れた姉アナンヤが生まれてすぐに離婚したと聞いているので会ったことはない。そして知らない。
その異常さに気がついたのはごく最近だが、フェリシアンにそれを尋ねる度胸はなく、また内容も思春期の少年には恥ずかしいことであり、何も気がついていないように過ごしている。
フェリシアンは嬉しそうな他人を無視してカウンターの裏に回り母親コレットに詰め寄った。
「母さん、どういうこと!? なんで僕の授業料払ってくれないんだ!?」
コレットは尋ねられたことが理解出来ずに首をかしげた。何かを思い出すように視線を右上に向けたあと「ああ、授業料ね」と高い声で返事をした。
「あったわね。
でももう必要ないでしょう? あなたはもう学校に通う意味ないのだから。
自主退学の手続きなんてわざわざ踏まなくても、授業料を払わなければこっちから退学の意思があったっていうのは充分に伝わるでしょう」
当たり前のようにいいながらフェリシアンから離れ、カウンターの酒樽からエールを出して髭面の男に提供した。
「それよりね、母さん、今度からヨガ教室やることになったの。
先月まとまったお金が入ったから、昔からやってるカフェの隣に新しいヨガスタジオ建てることにしたの。
母さんね、離婚してあなた達を産んで、それから必死になって一生懸命育てて思ったの。人生ってお金じゃないんだな、って。
あなたも学校を出て働くからもう独り立ちっていうわけだから、これからは好きなことをして残りの人生の時間を大切にしようと思うの。
それで夢だったヨガ教室を始めることにしたの。スタジオは窓が大きくて、周りの森もよく見えるわ。
窓を開けてヨガをするとマナをいっぱい吸収することが出来るの。ステキでしょ」
「設計したのは俺なんだぜ?」と常連客の髭面が言った。
言っていることが理解出来ずに口を開けて呆然としているフェリシアンを他所に、コレットは話を続けた。
「あ、そうだ。フェル、あんた暇なんでしょ? それならヨガスタジオで働きなさいよ。それがいいわ。そうしましょう。片付けとか私一人だと色々大変だから。
お姉ちゃんから聞いたわよ。日を跨ぐほど深夜まで毎日遊び歩いているそうじゃない。もう学生じゃないんだからそんなことしていられないわよ。
あなたはお姉ちゃんと違って何にも出来ないけれど、生きていくためには働かなきゃいけないの。
それに、少しくらいならお小遣いだせるわよ。それと合わせてどこかで働いて、毎日遅くまで遊んでばかりいないでちゃんとお家にお金入れなさいよ?
働ける年までキチンと育ててあげたんだから、それくらい当たり前なコトくらい分かってるでしょ」
「よかったな、フェル坊! 親孝行のしがいがあるってモンだな、はっはっは!」
フェリシアンは理解よりも先に絶望した。髭面の男の笑い声が空っぽになった真っ暗の頭の中で反響している。
フェリシアンは学校に戻る気にもなれず、自分の部屋に向かった。そして、ボロボロのベッドに崩れ落ち、そのまま朝を迎えた。




