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九月の舟  作者: すのへ
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宴果てて

 体育祭の二日間はあっという間に過ぎた。光がとどめた時間の一片が、写真の一枚一枚のように鮮明なモノクロームとなって、ぼくの意識に次々と投影されていった。新しく刻まれていく記憶をぼくはただ見ていた。

 リレーで穂坂さんが転倒し、中島が血相変えて駆けていったそのとき、ぼくはマスコットのマジンガーZのなかで由倉さんと二人きりになっていた。なにかが終わったような気持で、いや、終わりつつあるもののなかで、じっと時をいたずらに消していった。おしくも二位となったマスコットの表彰式で中島が誇らしげに手をあげた姿を、保健室からもどった穂坂さんがうれしそうに見守っていた。しかしもうぼくはカメラをかまえることはなかった。新聞部の原稿はもう部室に放り込んである。

 すでに一日めのプログラムが終了して夕方になってもぼくはマスコットにこもった。暮れる日を押し止める術はない。

 人の気配が遠のいたころ、マスコットの背に作られた小さなドアがそろそろと開けられた。だれだろう。由倉さんかな。薄暗がりに目を凝らす。

『え、まさか』

 目を疑ったがそれはまちがいなく笹安だった。

「おい笹安か」

「わ。なんだ鵜飼かおどかすな。みんなもう帰ったのになにやってんだ」

 笹安は安心したようすで腰をおろした。

「おまえこそ。おやじさんが心配して学校に来てたぞ。宮吉さんはどうした」

「きのう別れたところだ」

「え」

「ああ、おれは無力だ。彼女には学校に戻ってほしかった。でも彼女はおれを踏み台にして一人で行ってしまった」

 ぼくはあっけにとられて笹安を見たが、すでに光は影をぼんやりと浮かばせるだけで、表情をうかがい知ることはできなかった。

「すまん。疲れちゃったんだ。きょうはここで眠らせてくれないか」

 その夜、笹安はマスコットのなかで夜を明かし、早朝に家に帰ったらしい。登校したぼくたちの耳にも家族からの連絡で笹安が無事帰ったことが知らされた。ぼくはますますふぬけたようになって、競技中にもマスコットにたれ込めていた。

 何回か中島や穂坂さんがやって来ては感慨深げにマスコットの内部を見回し、小窓から競技のようすを見ていた。由倉さんが入って来てぼくの正面にすわったとき、ぼくは昨夜、笹安がここに泊まったことを話した。由倉さんは驚きもせず、うんとうなずいて、だいたいのことはきのう知っていた、宮吉さんはいまごろ、と言って黙り込んでしまった。重苦しい沈黙がおりてきて、ぼくは由倉さんの手をとっていた。しびれた四肢の感覚をもてあまし、いたずらに時間が流れた。

 ふと気がつくと、競技が終わり、マスコットが壊される時間になっていた。こういうとき、とたんにはりきりだすのは決まってマスコット作りに加わらなかった連中だ。殺到する狂喜の顔が、破れた段ボールの間からのぞき、その顔に向かってぼくはわけのわからないことを怒鳴りつづけていた。

 夕闇のグラウンドにマスコットの残骸が積まれて火がかけられ、ファイアストームが始まった。ぼくは、由倉さんがまた袖を引いたので視聴覚室に忍び入り、そこにはなぜか弥市が先客で眠っていたが、席について由倉さんが弾くピアノの『レットイットビー』に耳を傾けた。火影に揺れる人の輪を遠くに見ながら、寂寞たる世界を心にかかえ込んでしまったようで、やりきれない思いにつぶされそうになる。曲が止んだときふと、翌日の代休の日にぼくは祖父を見舞おうと思いたった。

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