酒盛り
けっきょく文次先生は、缶ビールが入った袋を手にさげてではあるが食事を終えたぼくたちについてきた。
「あいかわらず汚い部室だね」
「先生には言われたくないわ。ね、キミ。見たでしょ、あの部屋」
「え。はあ、まあ」
ぼくは口ごもりながら駒瀬くんと本原くんの反応をうかがう。二人とも沖野さんと文次先生との関係については承知のようで表情の変化はなかった。
プシュ!
その音に振り返ると文次先生が奥のイスにあぐらをかいてごく自然な仕草で缶のタブをあけたところだ。
「で。話っていうのは?」
ビールを飲みながら駒瀬くんをうながす。
「学校祭の新聞を二ページ増やしたいんです」
「ほお。今年は内容が充実しそうだな」
「一年生が来てくれたおかげで取材がはかどってます」
「鵜飼くんだっけ。あ、キミか。俺の下宿、来たんだよな」
「はあ。いや、トイレを借りに」
「それでですね」
駒瀬くんは脱線をあらかじめ避けるように本題へ入ろうとする。
「飲むか」
おどろいたことに文次先生はぼくらにビールを差しだした。さすがに学校内でまずいだろう。
「きょうは休みなんだから大丈夫。さ、飲もう」
かつて神童と呼ばれただけあって、どうも頭の構造がぼくたちとはちがうようだ。まあ文次先生にとってはビールは水やお茶のかわりなのだから、飲酒といった不謹慎なイメージは希薄なのだろう。さらに驚いたことには差し出された缶ビールを駒瀬くんも本原くんも抵抗なく受け取り、沖野さんはまた始まったと呆れ顔こそ作ったが手にはしっかり缶を受け取っていた。
「えーと。ほかの印刷とセットなら予算の範囲内で収めることが可能です。どうでしょう、先生たちの会報といっしょに印刷に回してもらうことは」
駒瀬くんは具体的な提案をしながらすでに顔を赤くしている。本原くんは平然と、まるでソーダ水でも飲むようにさりげなくぐびぐびとやっている。ぼくはすこし迷ったが意を決して冷えた缶を受けとる。ビールなど初めてである。
プシュ!
タブをあけて口に持っていく。苦くて辛い。それでものどが渇いていたのでぐいぐいと流し込む。
おお。
爽快とはいかないまでも、この刺激。ぷふぁーと言ってみたくなる。調子にのって一気に一本を飲みほした。血が逆流してポーッと頭のてっぺんから湯気でも噴きそうだ。いい気持になってくる。寝ころびたくなったので、本原くんの愛してやまない資料の山にもたれてすわり、足を投げだす。うーん、なにかしゃべりたい。とりあえず口を開いてみる。とたんに言葉がほとばしる。
「あ、あれえ。いや、あれですか。ひっく。うい~。本原委員長はなんでこんな資料の山が好きなんですか」
本原くんは文次先生と話し込んでいたが、資料を手にしたままこちらを向いて首を振った。
「いやぼくは酔ってます。ひっく。だから聞くんです。こんなカビくさい、いや、ま、湿っぽい紙に埋もれて幸せそうじゃないですか。うい~。好きずきじゃなくて執念を感じるんす。これが古文書ならアレですけど、学内報や学校新聞ですよ。こんなもんて言ったら失礼ですけど、なんでまた熱心に何を読んでいるんですか」
ぼくは酔って絡んでいるだけなのだが、本原くんはまじめな顔をして静かに言った。
「記録だよ。年中行事でも十年も遡ればまるでちがう事象になるのさ」
「え。はあ。過去の記録がそんなにおもしろいんですか」
「新たな発見が毎日あって楽しくて仕方ないんだ」
「へーえ。そうなんだ。あ、それなら、本原くん。教師と生徒が結婚した事例も資料にあるんですか」
「あるよ」
「え。あるんだ」
「プライベートなことだけどしばしば問題視されてさ」
「問題になるほど発生するんだ」
「年一例はあるな」
「じゃあ教師と生徒の恋愛はべつにタブーではないと。ふん。ぼくは合点がいきませんね」
このやりとりの間、沖野さんと文次先生がどういう顔をしていたのだろう。あいにくぼくは目がまわって観察どころではなかった。
「だいたい教師がそんなことして許されるんですか!」
ぼくは拳を振り上げて力説するのだが、空回りしてへなへなと資料の山に倒れこんでしまった。見かねて駒瀬くんが声をかける。
「おい。少し横になったほうがいいぜ」
ぼくは助言に従って資料の山のすそ野あたりで横になる。みんなはもうぼくを相手にせず、テーブルを囲んで相談していた。
おや、脚が見える。文次先生の下宿で階上からすーっと現れたのと同じ小麦色のすらりとした脚が見える。きょうはソックスをはいていない。思わず目をつぶると夢見心地になり、そのまま眠ってしまった。




