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氷菓からの依頼



「どうしてこんなことになってんだろうなぁ」


 窓の方に背を向けて誰に聞かれることなくつぶやく。


 返事はこない。


 時刻は既に深夜の一時、既に明日が今日となっている。その中で俺はベッドに横になっていた。


「はぁ」


 ため息を吐いて、体を動かす。


 後ろに感じる体温のせいで寝られない。


 心臓がバクバクと音を立てている。このまま爆発すれば楽になれないだろうか?


 すぐ後ろに美人が寝ていると考えたら、全身から汗が流れる。


 月の光で輝いているように見える肌、艶やかな髪の毛、小さな息遣い、男の自分とは全く違う、まるで別世界の存在のようなものが傍にいれば落ち着かなくなるのは必然といえる。


 緊張しているためか余計に疲労が蓄積されていく。


 瞼が重たくなってくる。


 今日は色々とありすぎた。


「ねぇ、起きてる?」


 そろそろ寝ようとしたところで後ろから声を掛けられる。


「ねぇってば」


 寝ている振りしよう。


「寝ている振りしているなら大声を上げて」


「はい、起きてますよ!」


 冗談じゃない。ここで悲鳴なんてあげられたら俺が変態のレッテルを貼られてしまうばかりか砂原から冷たい目でみられ、烏丸に殺されるかもしれない。


 いや、二人掛りで殺される!


「私の前で惚けるとか嘘は通用しないからそのつもりでいるよう」


「はーい」


 なんて奴だ!


「・・・・神様って信じる」


「は?」


「なんでもない」


 尋ねようとしたら背を向けられる。暗闇の中で首筋と露出している白い肩が輝いているように見える。


 言葉の意味がわからないが、神様って信仰されている神様とかだよな。

だったら。


「俺は神様なんて信じない」


「・・・・どうして?」


「そんなものがいたらこの世界はもっと酷いことになっている」


「根拠は?」


 この世界は理由の無い悪意に溢れている。


 自分達が平和であればそれでいいと考えている奴もいる。すぐ傍で誰かが泣いていたとしても手を差し伸べない奴もいる。


 もし、神様なんてものがいればそういう人達がこぞって願う。


 自分だけの幸せ、他者を蹴落としても最低の願いを祈る。


 それなら神様なんていらない方がいい。


「・・・・ない!」


「は?」


「聞かれたから答えたけれど、はっきりいって根拠とかそういうのはない」


今の気持ちをはっきりと伝えることに何故か俺は抵抗を感じた。


それは目の前の彼女の望んでいるものではないと察している・・・・からなのか、違う理由があるのかは俺もわからない。


だから、俺はわからないと濁す。


そうすることが一番良いだろうと考える。


正解か間違いなんて時がくれば教えてくれるだろう。


『だから、貴方は間違えるのよ?』


「っぅぅ!?」


頭を割くような痛みに俺は両手で抑える。


何だ?


この痛みはなんだ!?


俺は、何を。




















何を“思い出”そうとしているんだ!?

























「(本当に忘れているんだ)」


相馬ナイトの後姿をみながら氷菓は心の中で呟いた。


来たくもないボックスシティへ無理やり連れてこられた時は嫌な気持ちで一杯一杯で、困らせてやろうとホテルを抜け出した。


気晴らしにショッピングでもしようとしたときに彼と遭遇した。


まさか、また会えるとは思っていなかったから驚いたのは仕方が無い・・・・と思う。


忘れられていたのはショックだった。


まぁ、左腕を付けているからいつかは失われる。


相馬ナイトの左腕は吸収の左鎧という特殊な兵器で,あらゆるものを吸収して自分の力へ変えることができる。だが、強いものを吸収すると体が耐え切れず死に至る。しかし、彼は死なない。


死ねない体だが、代償として死ぬ度に記憶を失っていく。


左鎧をつけていればいつかは記憶を失うだろうと踏んでいたがやはりだった。


わかってはいてもやっぱりつらいところがある。


氷菓は背中を向けたままシーツを握り締めた。


少し体を動かして氷菓は振り返る。


同じように背を向けて相馬ナイトは寝ているようだった。


――話がしたい。


寝たふりをしていることはわかっていたので少しふざけながら尋ねた。


『・・・・神様って信じる』


氷菓は“神様がいればいい”と思っている。


祈れば願いを叶えてくれるかもしれない、そんな存在が居てくれればどれほど素晴らしいか。


けれど、彼は否定した。


神様などいない方がいいといったのだ。


それに少なからず驚いた。


――変わってない。


小さく笑みを浮かべようとしたところで腕に痛みが走る。


氷菓は手錠で繋がっていること思い出した。


彼が引っ張ったんだ。


振り返ると、


「ど、どうしたの!?」


おそろしいほど、汗を流している相馬ナイトの姿があった。


苦悶の表情を浮かべて頭を抑えている。


呻きや汗からして尋常じゃない。


氷菓はぎゅっと抱きしめる。


腕の中で彼は震えていた。


子どもみたいに何かに怯えていた。


「大丈夫」


自然と口から声が漏れる。


逆の立場になっているが自然と体が動いた。


彼が何に恐れているのかわからない。


けれど、役に立てるのならどんなことでもしよう。


「(あの時のお返しが出来るのなら・・・・)」


それが相馬ナイトへの、自分ができる唯一つの償い。















翌朝、



食堂から失敬してきたパンと牛乳を自室に広げる。


「学食だから、ご飯とかだと思っていたんだけど、パンもあるのね」


「国色豊かですから日本食、ライスが苦手な生徒のためにパンやミールなども用意されている」


「そういえば、世界各国から生徒が集まってるのね」


氷菓さんはクロワッサンを手にとって口に含む。


どことなく上品な食べ方である。


眺めていると紫色の視線と目が合う。


にっこりと微笑まれる。


あ、嫌な予感が。


「食べさせて欲しいなぁ~、でないと大きな声で叫んじゃおうっと~」


立ち去ろうとしたところで残っていたパンを目の前に置かれる。


逃げる前に手を打たれてしまった。


これは大人しくやるしかないだろう。


「はい、どーぞ」


パンを千切って目の前に差し出す。


「どうせならハニー、アーンとやって」


「失礼」


「むぐ」


とんでもない要求をする前に口へパンを押し込む。


もごもごと動かし、半眼でこちらを睨んだ。


いやいや、ハニーなんて口が裂けてもいえるかよ。てか、後でネタにされて砂原さんや烏丸にばれたら八つ裂きにされる。


「ケチねぇ」


「シャラーップ」


「もぐ」


雛に餌を与える親鳥みたいに次のパンを押し込む。


不満そうな視線を向けながらも氷菓さんはどこか笑顔だったことを記しておこう。














「チィッ!」


ミミズクは舌打ちを鳴らす。


「随分とでっかい舌打ちだな」


「あの野郎、八つ裂きにしてやる」


「(話聞いてねぇし)」


安倍彦馬はスコープを握り締めているミミズクへため息を零しつつ、前へ視線を向ける。


王国学院の男子寮の一室、相馬ナイトと護衛対象がいる。


「あんなどこの馬の骨ともわからない奴が私の涼風ミウへあーんをするなど、世界が認めたとしても私が認めん、みとめんぞぉぉぉぉぉぉ!」


「・・・・キャラ崩壊っていうのは今の状況を言うんだろうな」


ミシリと悲鳴を上げたスコープをみて、冷や汗を流す。


護衛対象、涼風ミウがホテルを抜け出してすぐ、安倍彦馬はミミズクを呼び出し彼女の行方を掴んだ。


ミミズクの能力「急所測定クリティカルサーチ」は自身が探している対象のいる場所を的確に視れる。


涼風ミウの熱狂的ファンだという彼女の言葉通り、わずか数十分で見つけることが出来た。


どうして相馬ナイトと一緒に居るのかはわからないが、これで警護科の連中から嫌味をいわれずに済む。


「しっかし」


隣の女が相馬ナイトを殺害しないか心配だ。


決して彼の身を案じているわけではない。スプラッタな光景を涼風ミウへ見せたくない。


「飛び出したい気持ちはわかるが堪えろよ。もうすぐ警護科の連中が彼女を連れ戻す、それまで我慢だ。でないと、約束のものが手に入らないぞ」


「チィィッ!仕方あるまい、我慢しよう・・・・だが、相馬ナイト、貴様は赦さん」


珍しくフルネームで告げられていることに気づかない相馬ナイトは相変わらずアイドルと楽しげに話をしている。


その光景を見ているだけで。


「いい加減、理解しろ、てめぇは」


――気分が悪い。
















「さて、おいしい朝食もいただいたことだし、そろそろ本題に入ろうかしら」


食堂から自室へ戻るとベッドに座り込んでいた氷菓さんが立ち上がる。


「本題?」


氷菓さんは真剣な表情で俺を見る。


二つの瞳には強い感情の色が込められていた。


それが何か確認する前に、距離を詰められる。


「二日間、私の、涼風ミウの護衛をしてくれないかしら」


「・・・・・・は?」


何を言われたのかわからなかった。


涼風ミウ、護衛?


脳みそが正常に言葉を理解するのに少しの時間が掛かった。


「涼風ミウ!?」


「あら、気づいていなかったの?」


驚きの表情を浮かべている俺へきょとんと氷菓さん、いや、アイドル涼風ミウは微笑む。


実を言うと名前を知っていただけでアイドルの顔なんか知らん。


「まぁいいわ、一級捜査官である相馬ナイトに正式な依頼として、私の護衛をして頂戴」


「・・・・いや、唐突過ぎるんだけど、そもそも貴方にはちゃんとした護衛が」


「その護衛なんか奴の前じゃ、紙くず同然よ」


涼風ミウは全国、いや世界的規模の人気を誇るアイドルだ。


世界をあっちこっち飛び回っている彼女の周りには超がつくほど優秀な護衛が常についているといわれている。大統領もびっくりな護衛がいる話だ。


そんな彼らを紙くず同然とは・・・・何よりも。


「奴?」


「そうよ」


涼風ミウはズボンのポケットから一枚の紙を取り出すと俺へ差し出す。


「私を狙っているのは、ファントムよ」


「・・・・え」


「お願い、私を守って」


どうやら、俺は厄介ごとから逃げられないようだ。




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