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守る価値

「Oだと?」


 金十字信者の男が投げた言葉に安倍彦馬は眉間にしわを寄せる。


 第三次世界大戦時に世界を震撼させたものが三つほど、存在する。



 能力者、


 軍隊一個分に相当する力を有している彼らを取り入れることを第一の目標とされた。




 合成獣、


 能力者へ対抗するべく遺伝子操作で生み出された獣、一定時間を迎えるたびに遺伝子が変化し脅威となりうる。



 最後に、D。


 誕生、開発者、その全てが謎とされる上記の二つを凌駕し、国家の枠を超えて殺戮を繰り返した最悪の存在、瞬戦時に姿を消したことから死亡説が広がっていた。


 Oは第二のDとして生み出された存在、違法研究施設で調整されていた奴がここにいることに驚きを隠せない。


「そう、大戦をさらなる混沌と恐怖へ叩き込んだ最悪の存在、Oがあの邪魔者を殺し、我らが姫様を守護する。あの相馬ナイトとかいう邪魔者も命を散らしていることだろう。いい気味だ」


「そんな」


「姫様、アイツは貴方様を狂わせようとしています。この世界を掌握するという主の願いを果たさなければなりません。我々も全力で貴方の手助けを行います」


「ハッ!」


 拘束している砂原に熱いまなざしを向けている男へ、安倍は小さく笑う。


 ミミズクでも聞き取りにくい音を聞き取ったのか、男の顔から笑みが消える。


「何が可笑しい?」


「結局のところ、てめぇらはその小娘が欲しいだけなんだろ」


 安倍の指摘に男は顔をゆがめる。


「そうだろ、てめぇらだけが行動しても付いてくる連中なんざ数がしれている。どれだけ行動してもてめぇらの枠組みはただの“テロ”だ」


 だが、と言葉を続ける。


「金十字鷹虎の一人娘、そいつが頂点に君臨して行動するだけで、テロから革命へ大きく変わる。お前らは」


「黙れ!」


 懐から拳銃を抜いて男が叫ぶ。


「お前達みたいな凡人に理解できるわけが無い!我々の崇高な目的、虐げられる能力者達を救うという」


「ますます、くっだらねぇ」


 途中で遮られ、ますます男の顔に怒りの色が浮き上がる。


「てめぇの話は聞き飽きた。さっさと潰して逮捕して、給料UPだ」


――結局、そこかよ!


 ミミズクが呆れた表情を隣で浮かべる中で安倍は前へ踏み出す。


「貴様のようなものが生きていたとしても我々を理解することは無いだろう。ここで消え去るがいい」


 引き金を引く。


「アホらし」


 ベレッタから放たれた弾丸が真っ直ぐ、迫る。このままいけば安倍の額を貫き、脳髄に達するだろう。


 乾いた音を立てて弾丸が地面へ転がる。


「なに?」


 驚きを隠せないという顔をしつつも男は続けて次弾を撃つ。


 続けて放たれる凶弾、しかし、全て安倍に直撃することなく地面に落ちる。


「なんだ!?」


 距離が無いというのに弾丸が相手を貫かず地面へ落ちる。男に射撃の腕が無いのならそれで終わる話、だが、男は仮にも本局の人間、射撃訓練を受けている者が五メートルも無い距離で外す・・・・・ありえない。


「ありえない!ありえない!こんなこと、こんなことあるわけがないだろう!?どうして直撃しないのだ。こんなこと」


「一つ、教えてやるよ」


 カラカラと地面に薬莢と弾丸が散らばっていく中で、口を動かしていた安倍が近づいた。


――この世に、ありえないなんてことはねぇんだよ。


 安倍が口を開いた途端、男の足が地面から離れ、大の字に倒れる。


 頭を強く打ちつけたことで男は意識を失っていた。


「さて、後はそこに転がっている娘を回収して戻るだけだ」


「随分とあっさり終わるものだな」


「これで特別手当が俺のものだぜ」


「分け前は少しでも良いからよこせよ」


「・・・・ちっ、しかたねぇな」


 倒れている男を捕縛する為に安倍が懐から手錠を取り出す。


 ミミズクの目の前で安倍の姿がぶれた。


「・・・・?」


 突然の事にミミズクは瞬きする。


 轟音が倉庫内に響き渡り、何かが地面へ落ちた。


「・・・・」


 ミミズクは音のした方へ顔を動かす。


 目の前にいた安倍が倉庫の壁に叩きつけられ、地面に倒れている。


「ぐっ・・・・が・・・・」


 口から血を吐き出しながら小さく痙攣している安倍を、ミミズクは冷静に観察してから前へ視線を向けた。


 二メートルを超える巨大な青い“何か”が目の前にいた。


 本来ならそれをミミズク鬼と表現するべきなのだろう。


 だが、彼女はすぐに鬼という単語を連想できなかった。


 青い皮膚の一部に鱗らしきもの、腰には爬虫類の尻尾、背中には鳥類の翼、腕は哺乳類の爪らしきものが地面に伸びるほど、生えている。


 頭部には二本の黄色い角。


 ミミズクは下から上まで見渡してからようやく、それが鬼であると考えにいきついた。


 血のように赤い瞳と目が合う。


――これはやばいな。


 ミミズクは“鬼”の動きに注意しながらゆっくりと後退する。


 自分の能力や手持ちの道具では目の前の鬼を倒すどころか闘うことも出来ない。


 “鬼”はミミズクから視線を外して拘束されている砂原へ向かう。


「よくわからないが、眼中に無いのなら逃走させてもらおう」


 ミミズクは砂原沙織と親しいわけではない。


 さらにいえば安倍彦馬とはビジネスにおけるパートナー関係を結んでいるに過ぎず、自分の命が危険に晒されるようなことに手を貸す必要なし。


 逃走のために入り口へ向かうミミズク、だが、そんな彼女の思考を一瞬で覆す存在が現れる。


「うぉっしゃあああああああああああああああああ!」


 天井が吹き飛び、小柄な影が“鬼”へ一撃を放つ。


「報いたぞぉぉぉぉぉお!」


“鬼”へ一撃を叩き込んだ人物はミミズクの傍に着地した。


「どうだ!この玉無し野郎!これでもワッチを無視するというんならてめぇはもう野郎ですらねぇ、オカマだ!どーだ!カマカマやろう~」


 黒い特殊戦闘服を纏った少女は鬼へ罵詈雑言を撒き散らす。


「どうだぁ!ワッチを無視したことを後悔させてやるぞ!っだぁ!何する・・・・ミミズク!?」


「カラス・・・・」


 尚の暴言を吐き続ける烏丸をミミズクは殴り飛ばす。


「な、なんで、おみゃーが」


「それはこっちのセリフだ。お前、カーニヴァルはどうし」


「そんなもん中止に決まってんじゃろ。みんなアイツにやられてボロボロじゃ、ワッチは」


 烏丸はミミズクの腕を掴んで後ろへ跳躍する。


 彼女達がいた場所へ“鬼”の拳がめり込んだ。


「話は後だ。お前の為にアイツから逃げるという作戦が台無しだ・・・・ところで、相馬なんとかはどこだ?」


 

 烏丸がいるというのなら、相馬ナイトもいるはず。


 彼がいればこの状況も少しは改善されるだろうという期待が少しあった。


 あの石塚期成を圧倒した彼が居れば。


 だが、次の瞬間、その期待は徒労だと思い知らされる。


「アイツなら、あそこじゃ」


 烏丸の指差す方向、砂原沙織のすぐ傍に血まみれの相馬ナイトが倒れていた。


「あの鬼からワッチを守ろうとしてあんなことになっとる」


「・・・・そうか、生きているのか?」


「わからん、心臓は動いておったけど、息は弱くなる一方じゃ」


「お前の能力使用時間は?」


「さっき誓約から解放されたばかりじゃから、そうそう使えなくなると言う事は」


 無いと言い切ろうとした烏丸の前に鬼の拳が迫る。


「ちぃ!」


 眼前へ風を生み出して拳の速度を落とす。


 すかさずミミズクが鬼の両目にベレッタを向ける。


 タンタン、と弾丸は直撃した。


 コロコロと凹んだ弾丸が地面に転がる。


「アイツの体は普通の弾丸を通さないのか」


「さらにいうと能力も通さないぞ。ワッチの風も効果なしじゃ」


「八方塞・・・・か」














 砂原沙織はただただ、みているだけしかできない。


 両手は縛られて動けない上に、能力もうまく使えなかった。


 離れたところで鬼のような合成獣相手に烏丸と女性が奮闘している。


 縛られて動けないことを理由に、傍観者となっていることが彼女の中で罪悪感を生み出している。


 さらにいえば、この状況を生み出したのは自分、金十字三夜という存在なのだ。


 自分さえいなければ、誰も傷つくことなど無い。


 数ヶ月前に本局で起こったテロも元を正せば自分、金十字という存在がトリガーとなっている。


 金十字さえ、


 あの人さえ、


 自分さえ、


 金十字三夜さえいなければ、こんなことは起きなかったんじゃないか?


「我らが姫よ」


 ずるずると足を引きずりながら男が砂原へ近づいてくる。


「今のうちにいきましょう。同胞が貴方の帰りを待っています」


 男は血走った目を向けながら砂原へ手を伸ばす。


 その手と男の顔を交互に見ながら彼女は小さく頷いた。


「・・・・わかりました」


「おぉ!わかっていただけましたか!?」


「ですが、その前に手足の拘束を解除して欲しいのです。落ちているナイフを拾ってもらえませんか?」


「任せてください!えぇ、すぐに!」


 男は慌ててナイフを手に取ると献上するように砂原へ差し出す。


 縛られた手でナイフを掴む。


 男の視線は地面へ向けられている。自分が褒めるのを待っているのだろう、従順な犬のように動かない。


 気づかれないようナイフを自分の喉下へ持っていく。


 手が小さく震える。


――これでいい。


 一回で終わらせよう、でなければ震えて何も出来ない。




 異変に気づいた男がナイフを取り上げようと顔を上げる。





 砂原の手の動きが速い。




「さよなら」




 だが、それよりも速く、砂原の手を掴んだ者がいた。




「・・・・」



 ナイフから赤い液体が地面へ滴り落ちる。


 だが、その者は何も言わず、砂原からナイフを奪い取った。


「そ、相馬さん・・・・」


 倒れて動かなかったはずの相馬ナイトが幽鬼のようにナイフを握ったまま砂原に近づき。


 盛大な頭突きをかました。


「はう!?」


 視界がぐわんぐわん揺れ、砂原は可愛い悲鳴を漏らす。


 文句を言おうとして顔を上げた砂原は動きを止める。


「相馬・・・・さん?」


「・・・・」


 相馬ナイトは泣いていた。


 血が髪にはりついていて、顔を隠してしまっているが、ぽたぽたと頬から水滴があふれている。


「気安く、命、すてんじゃねぇよ」


 涙を拭わないまま、相馬ナイトは震える声で言葉を紡ぐ。


「何を後悔して、どんな傷があって、命を捨てようとしたのか、俺はわからない・・・・でも、死ぬなんていう選択肢は生きている人間が一番やっちゃいけないことなんだよ!」


 砂原の肩を掴んで相馬は訴える。



――死ぬな!





――死ぬな!






――死ぬな!生きろ!




「じゃあ」


 砂原は叫ぶ。


「どうすればいいんですか!死ぬのは怖い!でも、私がいなくならないとこんな人達がいつまでも現れて、相馬さんや多くの人が傷つく!そんなの、嫌なんです。嫌だから、私は」


「俺が守ってやる!」


「守ってもらう価値なんて無い!」


 砂原は何かが瓦解するのを感じながら叫ぶ。


 今まで必死に取り繕っていた何かを殴り捨てるように。


 表面上を冷静で隠し通してきたものをさらけ出す。


「私の手はたくさんの血で汚れている。私の体には多くの命を奪い取った死神の血が流れている。いっちゃえば極悪人です!汚れている私を相馬さんに守ってもらう必要なんか」


「てめぇの価値観なんざしらねぇ!俺は、お前を守る!」


 頭突きをかまして相馬は叫ぶ。


 互いに涙を零しながら、砂原沙織へ、相馬ナイトは告げる。


「お前が嫌がろうと、守る価値がないと思っていようと関係ない!俺がお前を守る。嫌がられても煙たがられても関係ない。俺が!お前を守りたいから守る。周りの言葉何ざ知るか!これは俺の意思だ!!」


 砂原沙織を、金十字三夜を、相馬ナイトは守る。


 一世一代の告白のような宣言を迷うことなく告げた。


 平静が彼女の中で砕け散る。


「・・・・私を、守る?」


「そうだ」


「私、血まみれですよ」


「守る」


「多くの人に狙われていますよ。世界規模です」


「数なんざ知るか、俺は守る」


「私、迷惑掛けまくりますよ」


「安倍で慣れている」


「この前、拒絶したんですよ」


「お前の考えなんか知らない、守る」


「ぶ、不器用で、し、嫉妬しやすいですよ?それに、独占欲もたぶん、」


「関係あるか、守ってやる」


「そ、それに」


「守る」


 真っ直ぐに相馬は砂原を見据える。


 膝をついて、目の前の少女へ告げた。


「俺は、相馬ナイトは砂原沙織を守る。どんな奴が立ちはだかっても、世界が敵になったとしても俺はお前を守る。お前が嫌がっても俺は守り続ける」


 騎士《相馬ナイト》が姫《砂原沙織》へ宣誓する一場面、絵になりそうな場面。


 そんな展開に納得できないものがいた。


「貴様あぁあああああああああああああああああああああああ!」


 激昂した男が鬼へ叫ぶ。


「よくも、よくも、よくもよくもよくもよくもよくも姫を誑かしたなぁあぁぁぁぁぁ!その罪は死だ!生きていることを後悔させてやるぞぉぉぉぉ」


 口から唾を撒き散らしながら鬼へ叫ぶ。


「何をしているO!速くこいつらを殺せぇええええええ!“どんな”手段を用いてもかまわん!殺せぇええええ!」


 烏丸と戦っていた鬼はぴたりと動きを止めるとずしずしと男へ近づいていく。


「そうだ!奴を殺せ!あの小僧を殺して」


 鬼が口をあけて迫る。


 身構える相馬の前、鬼は大きく口をあけて――。


「へ?」


 呆然としている男を加えて飲み込んだ。


「な、なにをしている!?私じゃない!あそこのおと」


 グシャリと嫌な音が鬼の口の中で響いた。


 バリバリゴックンと男を飲み込む。



――いっておくけれど、命令する時は的確にいうんだよ。どんなとか、曖昧に言ってしまうとこいつは主人を取り込んで進化しようとするからねぇ~。



 脳みそを砕かれる瞬間、男は注意事項を思い出す。


 だが、それは後の祭りだった。


 おぞましい断末魔をあげて、鬼の胃袋の中へ消え去る。


 人間を飲み込んだ鬼の次の標的は相馬ナイト。


「相馬さん、逃げ」


「逃げるつもりは毛頭なし・・・・こいつをぶっ飛ばす」


「そんな、血まみれで」


「むしろ、余分な血が抜けて冷静でいられる感じだな」


 苦笑している相馬の顔めがけて鬼の拳が迫る。


 振り返らずにその拳を受け止めた。


 衝撃波が吹き荒れて、砂原はバランスを崩す。


「まぁ、待ってろって」


 人工皮膚がはじけ飛んで、鎧のような腕が姿を見せる。


「こんな雑魚、ちゃちゃっとぶっ潰してやるからよ」







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