金十字信者
「何か言うことはあるか?」
震える拳を必死におさえながら、俺は目の前に居る相手へ尋ねる。
「やっちゃった、てへ」
「お前はバカか!?」
殴るのは堪えつつも我慢できず叫んだ。
カーニヴァル開始から既に一時間と少しが経過している。
迷路は中盤を通過した頃、周りには襲撃してきた屍が山積みになっていた。
他クラスの能力者達の襲撃は序盤からずぅっと続いていた、それらを烏丸一人で討伐してきたから、結果。
「誓約に入って能力使えなくなることくらい、わかっていたことだろ」
「いや~。ワッチとしたことが楽しくて楽しくて忘れておった」
「バカすぎる!」
「そんなこといったって、お前はまともに戦ってないだろ!」
「・・・・確かに、そうだけど」
「ワッチはクラスのために戦い続けたから誓約期間に入ったんじゃ、対して、お前は上から偉そうにいうだけじゃろ。これじゃあ、どっちが優秀かぁ」
「うっ」
「上からいうだけなら誰でもできるしなぁ、無能でもできることじゃなぁ」
数秒後、
「・・・・偉そうに言って、申し訳ありません」
烏丸へ土下座を実行しました。
能力が誓約期間へ入っているとはいえ、相手は強い。
おそらく俺と戦っても簡単に組み伏せられる・・・・気がした。
「しっかし、能力が誓約期間に入ったのは痛いんじゃ、戦うことが出来ん」
「どこまで言ってもお前の思考はそこへいきつくわけですねぇ、目的忘れてないだろーな」
能力=戦闘みたいな図式ができあがっていた。
うーん、誓約期間に入ってくれたのは幸いかもしれない。
このままだと相手を倒すことばかりに意識が向いて、俺達の目的が達成できなくなる。
「わ、忘れてなどおらんわ!敵を倒して、ここのか、かーにヴぁるを制する!」
あぁ、忘れていたな。
しどろもどろに答える烏丸を横目で睨む。
「さ、目指すぞぉぉぉぉお!」
視線から逃れるように烏丸が走る。
「来た道戻ってどーする」
俺の指摘にピキリ、と彼女は固まった。
全く。
呆れた表情を浮かべながら俺は道を指差す。
「おい・・・・あれは何だ?」
「は?」
烏丸の言葉に俺は意味がわからず首をかしげる。
「何の」
「あれだって」
指してくれた方向を見る。
俺は自分の目を疑った。
迷路をゴロゴロと音を鳴らして岩が転がってくる。
岩だ。
よくあるダンジョンや迷宮で姿を見せるあの巨大岩である。
「いやいやいやいやいや、あれはないって!」
「こっちくるし」
「に、逃げろぉ!」
来た道を全力で戻る。
岩はかなりの大きさで隙間をくぐってやり過ごすという手段はない。
「くそっ、烏丸の能力が使えないってところが痛い!」
「これなら能力少し抑えておけばよかった~」
全くである。
この岩から逃れる為には岩が入れない通路へ走るしかない。
だが、それは悪手だろう。
後ろの岩は俺達を追跡している。
明らかに動きが止まるような通路を選択しても岩は止まることを知らないかのように転がっていた。
「どーすっかなぁ」
この岩によって確実に俺達の体力は奪われていく。
俺の中にいくつかの選択肢が浮かぶ。
1、岩を壊す。
2、ナイフワイヤーを使い、塀を飛び越えてやり過ごす。
3、降参して助けを求める。
1番はアウトだ。
岩を壊すためには烏丸の能力が必要になってくる。
仮に彼女の能力で破壊できないような物質、特に創造系能力によって生成された岩の場合、破壊することは難しい。
続く2番は俺達の身を守るためには有効だが、失格に繋がる。
3番は最後の手段だ。
降参をすれば教師達によって助けられ、岩の追尾から逃れることが出来る。
逃れられるが目的は達成できない。
それじゃあ、意味が無いんだ。
「おい!何か手はないんかい!」
「無いなぁ・・・・」
どうするかな、左腕を使ったら問題になるし。
迫りくる岩を振り返りつつ、俺は手段を考えていた。
▼
「なんだ、ありゃ」
安倍彦馬は仕事をボイコットして王国学院へ来ていた。
噂に聞くカーニヴァルへ相馬ナイトが参加しているから、という理由もあったかもしれない。
「ふむ、カラスのヤツ、能力の誓約期間に入っているみたいだな」
「そうなのか?」
双眼鏡で迷路を眺めているミミズクの言葉に目を見開く。
みただけで状況を把握できた観察力、敵に回すと厄介だということを再認識させられた。
「しかし、変だな。情報ならこれは競争なのだろう?何故、相馬なんとかとカラスだけを狙っているんだ?」
「スキルカーストだろーよ」
「・・・・なんだ。そのなんとかというのは」
相変わらず五文字以上の長い言葉を覚えられないようだ。
「優秀な能力者が自分より劣る能力者をけなすくそったれなシステムだ」
「世の中を体現しているようなシステムだな」
ミミズクの指摘を安倍は否定しない。
スキルカーストの存在を知ったとき、馬鹿馬鹿しいと安倍も思った。
だが、それは最初だけ、時が進むに連れて、なるほど世界をよく理解していると感じたのだ。
この世界、能力者と無能力者の二つへ線引きされる前から強者が弱者を支配する仕組みは成り立っている。
日本の戦国時代、植民地、開拓時代など、強いものがすべてを手にしてきた。
弱者に出来るのは泣き寝入りするか、大人しく支配を受け入れるのみ。
そんな世界を体現したかのような制度、吐き気を催すが安倍はそれに関わろうと考えない。
「だからだろうよ。明らかに動きがわかりやすいもんができてる」
「というと?」
安倍は迷路を指差す。
二つの集団が動いている。
「一つが相馬ナイト達を叩き潰す為に必死こいている連中、残りはのんびりと、まるで遊びみたいに迷路攻略を楽しんでいる奴ら、これをどうみる?」
「随分と余裕だな。片方は」
「残りが必死こいて二人を潰そうとしているのにな」
「・・・・そうか」
ミミズクは察した。
「必死に動き回っている連中が下位の能力者か」
「そうだ。のんびりしている連中は上位ってことだ・・・・といっても」
後半の言葉を安倍は飲み込む。
「どうした?」
「おい・・・・アイツ、あんなところで何してんだ」
安倍の目は観客席から移動している砂原沙織の姿を見つける。
「アイツ、能力者だろ?何で参加・・・・あん?」
「貧血か?」
急に砂原の体が傾いたと思うとスーツを着た男が抱きかかえる。
傍で見ていたミミズクがどうでもいいという態度で観察していた。
だが、安倍の視線はやけに鋭い。
目前で敵を見つけたのと同じくらいだ。
隣にいたミミズクも面食らった表情をしている。
「・・・・どうした?」
「あの男、尾行するぞ」
「なに?」
突然の提案にさすがのミミズクも動揺する。
「急げ」
動き出した男を睨みながら安倍は歩き始めた。
ミミズクは戸惑いながらも後に続く。
先を歩いている男は尾行されているという自覚がまるで無いのか、周囲を警戒せずに歩いていた。
遠すぎず近すぎない距離を安倍たちは歩いている。
「いい加減、説明をしてくれないか?」
「奴は本局の人間だ」
「・・・・同業者なのだろ?何故、尾行を」
「ソイツが連れているのが砂原沙織・・・・いや、金十字三夜だから問題なんだよ」
金十字三夜は少し前に石塚期成に襲撃された。
狙われた理由はわかっていない。
「だが、それなら護衛ということも考えるだろう?」
安倍の説明の中で気になったことをミミズクは指摘する。
石塚期成の存在はミミズクも知っている。女性の敵、遭遇したくは無い奴ベストテンには入るだろう。
そんな奴に狙われたのだ。能力者だろうと護衛はつける。
「その前に極秘だが、一つ事件があったんだよ」
「事件?」
「金十字三夜に金十字信者が接触しようとしたんだよ」
「それは、なかなかにとんでもないな」
かつて最悪のテロを引き起こした金十字鷹虎、配下に彼を慕うものが沢山存在した。世界は配下の者達を金十字信者と呼び危険視した。
そんな危険な連中が一人娘の三夜へ接触すると言う事実を治安維持局の上層部は良く思わない。
ある人物の手によって極秘ということで一部の人間以外に伝えられていなかった。
安倍はあるルートから知ったのだが、それは追求しないで置こう。
「あの男が金十字信者だとお前は考えているのか?」
仮にも治安維持局に所属している人間が、とミミズクは尋ねてみた。
迷わずに安倍は頷く。
「この世界に絶対なんてものは存在しねぇ。いつ、どこで、誰が俺へ牙を向くかなんてわからない。怪しい奴は片っ端から疑う。それが俺だ」
「・・・・ならば、私も敵か?」
「それはないな」
「ほぉ」
「お前は人質がいる。今、裏切れば人質は死ぬからなぁ。そんなことはまだ望まないはずだ」
「・・・・」
ミミズクは無言で返す。
安倍の言葉通り、ミミズクは人質を取られている。
彼女が安倍や治安維持局の連中に逆らうことがあれば、その人質の命は無い。今の彼女にとってそれは本位ではない。
故に安倍はまだ彼女は行動するときにおいて敵と認識する必要はない。
「(寂しい男だな)」
先を歩く安倍をミミズクは改めて認識した。
▼
砂原沙織が目を覚ます。
どうして、ここにいるのかということよりも彼女が思ったのは。
「私を攫った人は誰?」
誘拐犯が誰なのか確認することだった。
普通ならこの状況に戸惑って、泣き叫ぶところだろう。
だが、砂原沙織はお世辞にも普通の女の子とは言えない。
彼女は、金十字三夜は、普通とかけ離れた世界を過ごしてきたのだから。
「突然の無礼をお許しください。姫様」
「貴方は!?」
暗闇から姿を見せた男に砂原は目を見開く。
「そうです。ようやく貴方と話をすることが出来ます」
にこりと微笑んだ男は治安維持局からやってきた調査官だ。
相馬ナイトが転校生としてやってくる少し前、彼女へ金十字の配下だった人物が接してきた。その時は、砂原を護衛していた人が居た為に何の会話をすることも無く取り押さえられたのである。
だが、金十字信者が接触してきたという事実を治安維持局は重く見たようで、数日間、砂原は事情聴取を受けていた。
これは相馬ナイトが知らない出来事。
出来れば知らずに居て欲しい。
「治安維持局の人が金十字の配下だというんですか」
「お忘れになりましたか?姫よ。我らは世界を変えるため動いています。敵を潰す為に内側から崩していくということは策として当然のことですよ」
「そんな・・・・」
三夜の表情が驚きに染まる。
しかし、治安維持局の中に金十字信者がいることに対しての驚愕ではない。
「もう、あの人は居ないのに、貴方達はまだ世界を変える為なんていうくだらないことのために動いているの!?」
金十字鷹虎がこの世を去って既に長い月日が流れている。
だというのに、目の前にいる男は未だ、鷹虎が掲げた目的の為に動くと告げていた。これは三夜として認められない。
あってはならないのだ。
「くだらないとは主が聞けば悲しみます」
「あの人はもういません!これ以上、多くの人が傷つくようなことはやめるべきなんです!あの人がやろうとしたことは確かに能力者を救うための手段だったのかもしれない・・・・でも、力で訴えたら関係の無い人達まで傷つけてしまう!そんなものに意味なんて無い。だから」
「どうやら姫はこの街に少し毒されてしまっているようですね」
彼女の訴えは男に届かない。
それどころか三夜を毒されていると考えているようだ。
「やはりこの街は危険だ・・・・あの小僧も・・・・排除する必要がありますね」
「え?」
男の呟いた言葉に三夜は声を漏らす。
――あの小僧?
「今頃、あの小僧はいなくなっていることでしょう。Oの手によってね」
カーニヴァル会場ではとんでもない光景が広がっていた。
多くの生徒達が地面へ倒れている。
壁や、地面に大量の血がこびりついていた。
迷路は部分的に壊れており、何者かの手によって、破壊されたのは明白である。
そんな場所に相馬ナイトはいた。
彼はぐったりして動かない烏丸憂を抱きかかえて、目の前の異形を睨んでいる。
二メートル弱はあろうかという巨大な鬼が見下ろしていた。




