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フールクラス

「まさか、転校初日を医務室で迎えるとは思ってなかったぜ」


 当たり所が良過ぎたらしく、俺は丸一日眠りについてしまった。


 一日経過したから痛みは無い。けれど、虚しさに包まれている。


 太陽から降り注ぐ日光を浴びて目を覚ましたら次の日だったなんて、最悪以外の何物でもない。


 さらにいえば。


「砂原、お前らが原因だったなんて俺は呪われているとしか思えないよ」


「すいません!」


 ぺこり、と頭を下げて砂原沙織は俺に謝罪する。


 白い二本のラインが施された青いブレザー、ボタンの周りや襟元にレースがついた白いシャツに黒のスカート、学院の指定制服を着て、頭を下げていた。


 どうやら教室でもめていた一人は彼女のようで、目を覚ましたことを聞くと開口一番謝罪してくる。


「まぁ、俺としては先に転校生としてやってきて馴染めるとかすごいなと思うよ。うん」


「目を見て言ってください。これには色々と理由があるんです」


「うん、机投げるほど活発になっていたんだな。驚きだ」


「聞いてください!」


 ダン、と机を叩いて彼女が叫ぶ。


 声に怒りが混じっているから少しふざけすぎたようだ。


「わかった、信じてあげよう」


「上から目線なのが不愉快です!」


「それで、喧嘩の理由は?」


「・・・・教室へ行けば嫌でもわかります」


 喧嘩の理由を尋ねたら珍しく、言葉を濁した。


 語りたくない訳でもあるのかな?


「教室へ行かないといけないし、いくか」


「あ、相馬さん、朝食は・・・・」


「さっき中谷先生という人からもらった」


 ゴミ箱におにぎりが入っていた袋を捨てて俺はブレザーを羽織る。


 学園長の指示なのか、ブレザーの袖口にワイヤー射出機が搭載されていて少し重い。


「道案内頼むわ」


「任せてください!」


 学園に来て一日目(前日は除く)でまだクラスへ行くことに慣れていない俺は砂原に道案内を頼み、廊下を歩く。


 朝方だからか、広い廊下を歩いているというのに生徒と遭遇しない。


「誰も遭遇しないな」


「医務室がある塔は授業で使う教室が無いので滅多に利用する生徒はいませんよ。この学院はいくつかの塔で構成されています」


「なるほど」


 だから、生徒を見ないわけだ。


 廊下を歩いて俺と砂原は教室のある塔へ入る。


 生徒達が廊下で話をしている姿がちらほらと見えてきた。


 ただ、少し様子がおかしい。


「なぁ」


「はい?」


「男子がちらほらとお前を見ている気がするんだけど」


「気のせいではないでしょうか。おそらく転校生の相馬さんが珍しいかと」


「・・・・」


 違うと思うんだけどなぁ。


 砂原は視線に敏感だと思っていたんだけれど、これは俺の考えすぎなんだろうか。


 周りの視線から意識を外してFの教室へたどり着いた。


「思ったんだが、なんでFは他のクラスと離れているんだ?」


 Fクラスと他のクラスは教室五個分の差があった。


「説明すると長いのですけれど・・・・何も聞いていないんですか」


「何を?」


「Fクラスは――」


 砂原の言葉を遮るように目の前の教室の扉が吹き飛んだ。


 木っ端微塵となった扉を見て、俺は目を見開く。隣にいる砂原はため息を零し、静かに呟く。


「・・・・Fクラスは問題児が集まっているんです」


「も、問題児?」


 俺は壊れた扉を見て、砂原を見て、再度尋ねる。


 どういう意味合いを持っているのか不安で仕方ない。


 問題児というのは劣等性という意味なのか、それとも、悪さばかりする問題児なのか、願わくば前者であって欲しいと思う。


「問題児というのは能力をうまく使いこなすことができない人達や成績のよろしくない人達が集っていて・・・・一部の生徒からフールクラスと呼ばれて」


「もういい、聞きたくない」


 これ以上、知りたくなかった。


 だが、現実というのは残酷というものだ。


「来たな!クソヴィッチ!」


 壊れた扉の向こうからずかずかと口の荒い生徒がやってくる。


 金に染めた髪を乱暴にゴムで纏め、青いブレザーのボタンを全部外し、中の白いシャツも第二ボタンまで外していて、ブラが見えそうだ。手についている金色のブレスレットが反射して輝き、スカートは膝丈十五センチ以上で太ももにホルダーらしきものがみえる。


「相馬さん・・・・」


 冷ややかな声と視線が隣から聞こえる。


 俺が悪いんじゃない!あんな格好をしているのがいけないんだ!


「あん・・・・おみゃーは」


 鋭い瞳がこちらを射抜く。


 はて、目をつけられるようなことをした覚えは無い。


 けれど、目の前にいる少女はじぃーっと品定めするように俺を見ている。


「ニィ」


 見続けていたかと思えば、不適に笑い、俺に抱きついた。


「は!?」


「ちょっ!」


 いきなり抱きつかれて俺は戸惑う。


 それだけで終わらず、相手はクンクン、と臭いをかぎ始める。


 マジで、なに!?


「やっぱり、お前だな!」


「は!?」


 ようやく離れたと思ったら指を突きつけて笑みを浮かべている。


 ただ、その笑みがおかしい。


 相手を捕食しようとする獣みたいな目をしているんだもん。


「てか、人を指差して、誰だ、お前」


「ンナ!?覚えていないと言うのか!あんだけ汚したくせに」


「汚した・・・・」


「こら!覚えの無いことを言うな!砂原も汚物を見るような視線を向けないで!」


 そんな最低なことをした覚えなんて無いぞ。


 いや、待てよ。


 能力の誓約で記憶を失っているから絶対にないとは言い切れない。


 もしかしたら失った記憶の中で泣きじゃくる女の子に手を出した可能性だってあるかもしれないぞ。


 ・・・・最低だな。相馬ナイト。


「烏丸さん!なぜ、扉を壊すんですか!」


「うるせぇな。このヴィッチは」


「私はビッチじゃありませんし処女ですって、何を言わせるんですか!?」


「お前が爆発しているだけだろーが!ワッチは関係ない」


 ショックを受けて塞ぎこんでいる俺の横で砂原と少女が口喧嘩を始める。


「って、待て・・・・お前」


 聞き覚えのある口調と二人のやり取りを見て何かが引っかかった。


 前に、どこかで同じようなやり取りを見たような・・・・。


「思い出した、お前、カラスだろ!」


「よーやっと思い出したか」


 不適に目の前の少女、カラスは笑う。


 俺を誘拐したミミズク、カラス、スズメの三人組、その中の一人だ。


「でも、何でお前がここに」


「情報屋になったらしいです」


 砂原がポツリと事情を説明してくれる。


 捜査官がごく稀に情報などを集めてくれる外部の協力者として情報屋を抱え込むことがある。この情報屋、かなりメリットがあって、捜査官の許可した活動内であれば、罪に問われることが無いのだ。


 ただし、捜査官の権限を越えるような事態を引き起こした場合はきちんと逮捕される。


「だから、俺の誘拐に関してはお咎めなしか・・・・」


「そーゆうこと♪」


 嬉しそうにカラスは笑う。


「ちなみにアッチの名前は烏丸憂だから、気軽にう・いと呼んでくれ」


「なんでですか!?相馬さん、呼ばなくて良いですからね」


「うん、どうでもいいんだけど、教室に入らせてくんない?」


「入ってもええが、席ないぞ」


「は?」


 カラス、改め、烏丸さんの言葉通り教室の中に俺が使える机は無かった。

というか、滅茶苦茶に壊れている。


 天井の一部は黒こげ、窓ガラスはビニールテープで繋ぎ合わせているみたいにボロボロ、教壇はかろうじて原形を保っているがいつ壊れてもおかしくは無いくらい亀裂が入っている。


 さらに教室に置かれているはずの机と椅子の足が全て折れていて使い物にならない。


「なんじゃ、こりゃ」


「昨日の騒動の修繕が終わっていないようですね・・・・」


 ようやく搾り出せた一言に砂原が申し訳なさそうに説明してくれる。


 騒動の修繕?


「アッチらが暴れた次の日、誰がやってんのか知らないけれど、いつも教室は元通りになってんのさ、おかげで暴れ放題!」


「違います!私達が暴れてしまったのをわざわざ修理してくださっているのですから、大人しくすべきなんです!どうして烏丸さんはそうやって暴れようとするのですか!」


「うっせぇ~。好き勝手していいだろ~」


「ダメです!」


「おい、俺の前で喧嘩するな」


「同感だ。お前達、しばらく廊下に立ってろ」


「わっ!」


「きゃっ!?」


 背後から現れた五十六先生がカラスさんと砂原の頭を掴むとそのまま廊下へ投げ捨てる。お尻から床へ投げつけられていた。


 うわぁ、痛そう。


「ほら、相馬、お前は中へ入れ」


「あ、はい」


 まったく、あいつらは反省というのをしないのか!とぶつぶついいながら五十六先生は教壇に立つ。


 教壇もかなりボロボロみたいで五十六先生が立っている辺りからミシミシと悲鳴を上げている。


「さて、このクラスに転校生だ。ほら、自己紹介」


「え~、相馬ナイトです。これといった特技はありません。好きなことはのんびり生きることです」


「つまらん、挨拶だな。好きな女の好みとかいえよ」


「ドン引きされる未来しかみえないですよ!?」


「まぁ、無難な自己紹介だな。よし、空いている席・・・・そもそも席がないんだったな。まもなく机と椅子が支給されるから適当に座ってろ」


 大丈夫なのか?このクラス。


 投げやりな担任の言葉に不安を抱く。


 こうして、俺の転校は無事に終えたことになるのだが、一日、意識失う転校生って変な噂にならないか心配だ。










 それからしばらくして作業服を着た人達の手によって新しい椅子と机が配置される。ボロボロに壊れてしまったものを入れ替わり、ようやく普通の教室に・・・・なってないな。


 俺は隣で教材などを開いている砂原へ尋ねる。


「なぁ、砂原」


「はい」


「このクラス、俺達だけしかいないのか?」


「いえ、私と烏丸さんの他にも生徒はいますよ」


「・・・・姿が見えないんだけれど」


「ボイコットです。このクラスの授業は基本的に自習なので」


「いいのか!?そんなので」


「生徒の個性を尊重するってわけだい。好き勝手に殺らせて欲しいぜ」


「隣の物騒な会話はスルーしておいて、このクラスの人数は?」


「五人です」


「すくな!?」


「そのうち二人はボイコットしています」


 このクラス、大丈夫なのかよ。


「自習って話だけれど、まだ、教材もらってないんだけれど」


 渡されたのは学院の生徒手帳だけで他はない。


 隣で机に両足を乗せているカラスが本棚を指差す。


「本棚に教材があるのでそれを使うそうです」


「・・・・マジで、大丈夫か。このクラス」


 立ち上がり、本棚の一冊へ手を伸ばす。


 手に取ったところで塵となり零れ落ちた。


「もう、やだ。このクラス」


「相馬さん、良かったらこれを使ってください」


 席に戻ったら砂原が分厚い教材を俺の机に置いた。


「数学の教材です」


「いいのか?」


「はい。この時間帯は古典をするつもりでしたから」


「なら、遠慮なく」


 砂原からもらった教材を開こうとしたところで、横から奪われた。


 奪った烏丸は教材を窓へ投げ捨てる。


「おい!?」


「烏丸さん!何をするんですか!」


「勉強なんてつまんネ。おい、相馬ナイト。ワッチと遊べ」


「いやいや、勉強しないと」


「アン?」


 懐からカッターナイフを取り出してドスの利いた声をだして威嚇してきた。


 結構、怖い!


「烏丸さん、勉強しないと将来、貴方が後悔しますよ」


「はん!勉強、勉強。だからてめぇはヴィッチなんだよ。シュクラ」


「誰がビッチですか!?シュクラってなんです!」


「宿題のお化け、ワッチの嫌いなもんだ」


「私はお化けじゃありません!」


 机を叩いて睨む砂原へ、カラスは馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。


 どうでもいいことなんだけれど、俺を間に挟んで喧嘩をするのやめてもらえない?


 そもそもなんで俺はこの二人に挟まれているんだろう。教室は広いんだから、固まって利用する必要ないだろう。


「だいたい、烏丸さんは――」


「砂原沙織さん、ここにいましたか」


 言い合いの途中に教室の出入り口にスーツを着た若い男が立っていた。


 目が合うとニコリ、とお辞儀をしてくれる。


「はい!すいません、私、いきますね」


 慌てて、席から離れる。


「なんだ?問題でも起こしたのか?」


「違います。特別のカリキュラムを受けるように先生から指示を受けまして、すいません。また後で」


 俺達から離れて砂原は若い男と一緒に教室から出て行く。


 教室に残されたのは俺とカラスだけだ。


「そういえばさ」


「ん?」


「ミミズクさんやスズメちゃんはどーなったんだ」


「知らね」


「え?」


「治安維持局と取引してブンヤになったワッチらは別々のところで生活するようにいわれた。だから、あの二人が何をしているかなんて知らん。ま、死ぬことはねぇだろうけどさぁ」


「ふぅん」


 どこか投げやりな態度のカラスだが、その目は遠くを見ている。


 おそらく、あの二人の心配をしているというところだろう。


「それよか、カラスって、同い年だったんだな」


「まーな~。ったく、勉強なんて面倒だ。おい遊ぼうぜ」


「・・・・遊ぶ?」


 なんだろう、カラスの遊ぶという言葉に俺は嫌な予感しかしない。


 机を蹴り飛ばしたカラスは懐からカッターナイフを取り出す。


「あのぉ、遊ぶのにカッターナイフが必要なんでしょうか?」


「ルールは簡単!」


 俺の言葉を遮ってカラスがじりじりと近づいてくる。


 机から離れて、下がる。


 一歩下がる度に一歩近づかれる。


「ワッチから逃げ切れたらお前の勝ち、逃げられずワッチに倒されたら負けじゃぁぁぁぁぁ!」


「全力疾走!」


 背を向けて教室から逃げ出す。



 見回りしていた五十六先生にカラスが捕まって補習室へ連行されるまで命がけの鬼ごっこは続いた。


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