シモネッタ妃との再会とシャトンの出番
微ざまぁ回です。
「どちらに向かいます?」
「ナントカと煙は高いところに登ると言いますから、古い造りの城にありがちな、主塔の最上階にある礼拝堂のあたりに、陣取っているんじゃないですかね」
小走りに城内を進みながら、私が誰にともなく目的地を尋ねますと、コッペリアが適当な調子でそう答えました。まあ、確かにその方向から強烈な魔力波動を感じますので、あてづっぽうでも可能性は高いですわね。
ただその前に――。
私たちが向かう回廊の先から、バタバタと騒がしい足音と物音、ついでに大声を喚き散らしながら、二十人ほどの集団がこちらへ向かって、脇目も振らずに早足で近寄って来る――というか、完全に夜逃げ・逃亡ですわ――のに行き会いました。
「さっさとしなさい! このダイヤもルビーも全部私のものよ! あなたたちみたいな下賤な女が一生触ることもできない価値なのよ! 落としたらその場で首を刎ねるわ! お前たちの命より遥かに高いんだからね!」
「遅い遅い遅い!! 城が落ちるわよ!? 私がこんなところで死ぬわけないでしょ! あなたたちは死んでもいいけど、私は死ねないの! わかってる!?」
「重い!? 当たり前でしょう、これ全部が私の権威と身分の対価よ! 文句あるなら置いてくわよ! 置いてくって言ってるでしょ!!」
「お前たち、私がいなくなったら誰に生活を保障してもらえると思ってるの!? 感謝しなさい! 私について祖国のイシュリアへ帰れば、いまと同じ生活ができるんだからね!!」
見れば十人ほどが護衛(若くて顔の造作の良い騎士ばかり)で、残りが一人のやたら騒々しい――清々しいほどのクズ発言を連発している――婦人を中心にした侍女やメイドといった、身の回りの世話をする集団のようですが、こちらも運べるだけの美術品や宝飾品を抱えるだけ抱えているので、どう見てもドサクサ紛れの火事場泥棒にしか見えません。
と、先方もこちらに気が付いたのでしょう。
「――ク、クララッッ!!?」
何も荷物を持たずに(まあ趣味の悪いドレスと、宝飾品を重たいほど身に着けてはいますけど)文句と指示だけ出していた四十代と思しい、やたら化粧の濃い女性が、まるで白昼に幽霊でも見たような顔で絶叫しました。
実母の関係者でしょうか? まあ十年前までこの地で側室として存命でしたので、まだ往年の記憶を持った人間がいてもおかしくはないのですけれど……はて? 何とな~~く、私自身漠然と相手に見覚えがあるような気もしますわね?
「――えーと、どなただったでしょうか?」
全身にジャラジャラと高価そうなつけられるだけの高価そうな宝飾品を、これでもかと身に着けた相手の歪んで引きつった顔――を、知っているような知らないような、あやふやな印象です。
「ん? んんん?? クララ様、この見る影もなく劣化したコイツ。あのシモネッタじゃねいですか? 声紋と耳の形が九十%以上一致してます」
「コッ、コッペリア!! それにやっぱり『クララ』! ま、ま、まさかいまさら化けて出たというの!?」
慄く悪趣味な厚化粧の婦人。
でもって、これまでの会話からして、まず間違いなくその正体は――。
「あら、まさかシモネッタ様ですか? その節は聖都までご足労いただきまして……当時はバタバタして、きちんと歓待できたか、いささか心もとないですけれど。ですが、まさか三十年ぶりの再会とは……とはいえ、本当に月日の流れはなんというか、まさに『権力とは女を最も美しく飾る宝石』という、あの古い諺を地で行かれているご様子。羨ましいほどに、堂々と『王妃』という仮面を……いえ、冠を、完璧にお召しになっていらっしゃるようで」
「相当に言葉を選んでますけど。要するに『見る影もなく欲望に歪んだ醜悪な本性が露骨な酷い顔になりましたね』という婉曲表現ですね」
私の貴族的な修辞と婉曲に満ちた挨拶を、コッペリアが悪意なく意訳するのでした。
「なっ……!! 復讐に来たの、クララ!?」
「……復讐? いえ? 別に……?」
実母であるクララが一身にシモン卿の寵愛を受けたことに嫉妬して、その死後に遺児である私を『ブタクサ姫』と最初に呼んで、大陸中に悪評を流布させた元凶でもある相手です。もう少し何か思うものがあるかと思ったのですが、こうして直接会ってみても、自分でも驚くほどどうでもいいというか、丸っきり関心がないことを自覚しました。
「怒りとか憎しみって相当にエネルギー使いますので、そんなもの普通にご飯食べて日常送っていれば、どうでもよくなりますわよ? 『愛の反対は憎しみではなく無関心である』とは、よく言ったものですわね。逆にいまだに‟クララ”に拘泥できるシモネッタさんに驚きですわ」
しみじみどうでもいいなぁと思う私とは対照的に、シモネッタ正妃は狂ったように、私(というかクララ)に向かって、よくも尽きないものだと思うほどの勢いで、罵詈雑言を洪水のように言い放ちます。
適当に聞き流していましたけれど、途中でげんなりした一同の中から、
「つーか、さっき実家のあるイシュリア侯国へ戻れば……とか言ってたみたいですけど、最北のイシュリア侯国なら、確か真っ先に蛮族の反乱で滅ぼされたはずにゃ」
事情通のシャトンがそう口にした途端、「はあ?!」ようやくシモネッタ正妃の口が止まりました。
「う、嘘おっしゃい! 下等な獣人族風情が適当な――んんん?」
「あ、どーもどーも。暗殺から媚薬の販売まで、ご用命次第『よろず商会』のシャトンですにゃ」
そこで不意に怪訝な眼差しになって、シャトンの特徴的な顔を不躾にじろじろ凝視するシモネッタ正妃。微妙に覚えがあるような……ないような覚束ない反応です。
反対に慣れた様子で、気楽に片手を上げて挨拶をするシャトン。
「……お知り合いですか?」
「ええ、まあ。表に出せない案件の商売をたまに……」
悪びれることなく私の問いかけを肯定するシャトンですが、どうやらそれで完全に思い出したらしく、シモネッタ正妃が愕然とした顔で絶句してから、しばし呆然としていましたけれど、
「そ、それでは、イシュリア侯国が滅んだというのは、本当なの!?!」
「本当ですにゃ。ついでに国王は一族郎党ことごとく、首チョンパされて正門前に並べてさらし首――国民には重税を課して、異民族を人間扱いせず私腹肥やしてましたから、相当に怨まれてましたにゃあ――なので、いま戻ったら即座に八つ裂きにされると思うにゃ」
思いっきり赤裸々に語るシャトンですが、隣のルークが渋い顔をしているのは、もともとイシュリア侯国がグラウィオール帝国の飛び地であり、独立したとはいえ帝国貴族の末裔であったからでしょう。
「で、で、で、では、私はどうすれば……!?」
「さあ? 一介の商人に聞かれても困りますにゃ~」
露骨に小馬鹿にした態度で肩をすくめるシャトン。
「そ、そうだわ! 私を隣国――グラウィオール帝国へ亡命させなさい。帝国はイシュリア侯国の宗主国。喜んで受け入れてくれるはずだわ!」
「えぇ……」
さも名案だとばかり破顔するシモネッタ正妃と、さも迷惑だとばかり呻くルーク。
「……ええと。危険手当も含めて、お代はいただけるんですかにゃ? 後払いなしの先払い以外はダメにゃ」
「もちろんよ!!」
嬉々として美術品や宝飾品を山ほど持たせた侍女や護衛を振り返ったシモネッタ正妃ですが、振り返った先には、いつの間にか誰もおらずに荷物の一つも残っていません。
「へ……?? え……ど、どこに……???」
話の途中で愛想を尽かした従者たちが、揃ってシモネッタ正妃を見捨てて、財産だけ持って逃げた。その事実を理解できずにフリーズする彼女の傍らを、私たちは無視して通り過ぎるのでした。
「――ど、どうなってるのよ!? アンタの仕業ね、クララ!?!」
先に進む私たちの背後から、私が諸悪の元凶のような勝手な叫び声が響いてきました。あの人には『因果応報』とか『自業自得』『身から出た錆』という発想自体が存在しないのでしょうね。
自分は100%正しく、自分が思う通りに世界は回る。思う通りに行かないのは、相手が100%悪いという価値観の、ある意味『無敵の人』ですから。
なおその後、彼女の行方がどうなったのかは――様々な噂や憶測は飛び交いましたけれど――公式な資料には何も記載されていませんし、グラウィオール帝国をはじめ他国へ渡った記録もなく、いつしか歴史の片隅に埋もれて消えた……としか私は知りません。
◆
そのままさらに奥へ進もうとしたところで、不意にシャトンが足を止めて、領主の寝室兼私室らしい部屋の扉を凝視します。
「伏兵がいますにゃ」
咄嗟に跳び退いた一同。
同時に重厚な扉を撃ち破って、重厚な弾丸――と言うよりも、もはやサイズ的には砲弾に匹敵する銃撃が、射線上にあった丈夫そうな黒檀の扉を粉砕し、返す刀で反対側の頑丈そうな石造りの壁に大穴を開けるのでした。
「ふん、単なる魔導カノン砲ですか。既存の技術の上書きで何ら面白くもない」
心底くだらないと言いたげなコッペリアの視線の先では、粉砕された元扉の向こう側には、魔導甲冑――偽シルティアーナが着込んでいたアレを洗練させ、ゴテゴテした飾りを失くしたのは量産を前提としているからでしょう――姿の中年男性が、対戦車砲ほどもある魔導カノン砲を構えて仁王立ちしています。
面頬に当たる部分が開放され、神経質そうな顔立ちの単眼鏡をかけた男性が舌打ちしています。
「くそっ、行きがけの駄賃に本物の〈聖女〉が手に入るかと思えば……私としたことが土壇場で焦り過ぎた」
「おや? オーランシュ冒険者ギルド長のエグモントですにゃ。奇遇と言うか、この期に及んで悪運が尽きたにゃ」
にやにやとシャトンがチャシャ猫じみた笑みを浮かべて、あからさまに相手を囃し立てます。
「お知合いですか?」
「裏で小細工弄する類いの悪党ですにゃ。つまり、ウチの親方の劣化版みたいなモンですにゃ」
「つまり敵ですね」
端的に意訳するコッペリアの言葉に頷きながら、シャトンがひょいひょいと踊るような足取りで前に出ました。
「ということで、ここはあたしの出番らしいですにゃ」
そのまま散歩に行くように魔導甲冑に向かっていきます。
そんなシャトンに向かって、再び魔導甲冑がカノン砲を撃ちましたが、直前に足元の影に沈むように潜伏することで、余裕をもって躱すのでした。
ほぼ時間差がなく、背後から飛んできた衝撃爆果(衝撃を与えると手榴弾ほどの威力で爆発する松ぼっくりに似た木の実)が、魔導甲冑の背中に当たって破裂します。
「なかなか丈夫ですにゃ~」
部屋の中は城主の私室と執務室らしく、過度に華美な装飾はありませんが、これなりの広さがあって、同時に年月を経た重厚さと実質的な機能性が重視される造りでした。
その執務机の陰から身を乗り出して、投擲の姿勢をとったままシャトンが小首を傾げます。
「やれやれ、肉体労働は私のポリシーに反しますので、できればお互いに見なかったことにして、手打ちといきませんか?」
大した痛痒も与えなかったらしい、魔導甲冑の面頬を引き下げながら、エグモント何某が私に向かって口裏合わせでの勝負なしを提案してきました。
「何をいまさら!」
「先に攻撃仕掛けてきた時点で信用できませんね。適当なことを言っておいて後ろから襲われたらたまったもんじゃありません。この場で不安要因は排除します」
いきり立つルークと、徹底抗戦の意思を鮮明にするコッペリア。
「私も同意見ですわね」
そうして私が最後に取りまとめたことで、全会一致での否決となりました。
「――ということで、“ここは俺に任せて先に行け”という場面ですにゃ。あたしの見せ場ですにゃ」
「シャトンさんがお相手ですか? 聖女様にさぞかし賃金をボッタクったのですかな??」
一息で部屋の奥まで後退しながら、エグモント何某がシャトンを値踏みします。
「にゃははははははっ。なんとただいま特別セールで無料サービス中ですにゃ」
予想外の言葉に、エグモント何某は「は?!」と聞き返し、コッペリアも胡乱な表情で、
「守銭奴猫が何の冗談ですか?」
「本気と書いてマジですにゃ」
「でも、なんでここまで……?」
「面白そうですからにゃ。だから、一言『頼む』って言えばいいですにゃ」
そう無邪気に微笑んだシャトンの笑みはどこまでも澄んでいて、普段の怠惰さや計算高さは欠片もありませんでした。
「わかりました。――無理はしないでくださいね。シャトン……頼みます!」
「わかった。任せておくにゃ」
満面の笑みで頷くシャトン。




