第97話 あらかたの話を聞いている妾は、目頭が熱くなってくる
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ヴェルグの威圧感に気圧されたゲンガーは、いつの間にかヴェルグの自宅まで案内されていた。
工房と寝床、念のために用意されたであろう客間しか無く、用意されている家具も必要最低限。
ミニマリスト特有の殺風景な部屋に案内されたゲンガーだったが、ヴェルグはすぐに工房へと向かってしまう。
てっきり傷の手当とかをしてくれるのかと期待していたゲンガーは、案内されて早々放置されてしまったことに文句を言いたい気持ちがあったが、先程採取したベヒモスの角で短剣を打ち始めてしまったヴェルグに話しかけるタイミングを無くしてしまう。
(何だこのジジイ、設定に忠実でクソ無口じゃねえか)
ひとまずと言った様子で、ゲンガーは工房の端っこにちょこんと座り、体に刻印されていた治癒の構成式で自分の怪我を治し始める。
ゲンガーはティメルの魔造人間で作成された複製体だ。 繭居迷宮から離れてしまっているため魔力の補充ができない状況だと、むやみに魔力を使ってしまえば体を動かすための魔力を失い機能停止してしまう。
治癒の魔術程度なら魔力の消費量は抑えられるが、先ほどベヒモスと遭遇している以上、むやみに外へ出れば高難易度の魔獣に遭遇しかねない。 そうなると戦うすべが限られてしまうため、安全地帯からむやみに行動することはできない。
そもそも、ダンジョン内にしかポップしないはずの魔獣が普通にフィールドに出ていたのだ、この異常な現象の謎を解き明かさなければ、危険すぎてまともに動くのは得策ではないだろう。
(って、俺は何で生き残ることを前提に動こうとしてる?)
ゲンガーは、これからどうやって生き延びようかと考えている自分の思考に気が付き、思わず嘲笑を浮かべてしまった。
「変えなんていくらでも効くんだ。 無様に生き延びたところで、誰も喜びはしねーさ」
「坊主」
短剣を打っていたヴェルグが、ゲンガーの独り言に反応して声をかけてくる。
思わず肩を跳ねさせたゲンガーだったが、ヴェルグは真剣な顔で短剣に槌を振り落としながら問いかけてきた。
「話せ」
「は? 話せって、何をだよ」
「話すとなげーんだろ? 今なら聞いてやる」
一瞬、ゲンガーは何言ってんだこいつとばかりに眉をひしゃげたが、しばらく記憶を遡ったところで、なんでティア・ナ・ノルドに来たのかを問いかけられた際の返答を思い出した。
「ああ、ここに来た経緯か」
そこに気がついたゲンガーは、不貞腐れたような声色で淡々と語り始める。
自分が生まれた経緯、今まで自分がしていたこと、ティメルの存在、繭居迷宮での毎日。
そして、悪魔総裁カイムの襲撃。
強くなるため精霊術を学ぼうとしたが、本物の強者相手ではまったく相手にならないこと。 付け焼き刃で覚えた精霊術ではベヒモスにすら勝つこともできない。
自らの弱さを悔やむような言葉を並べていくゲンガーは、いつの間にか顔を伏せて歯を食いしばる。
ここまで話す間に、短剣を打ち終わっていたヴェルグは侠気心に満ちた表情でゲンガーの前であぐらをかいていた。
それに気がついたゲンガーは、思わず口をつぐんでしまう。
「なるほどな」
腕を組み、納得したような表情で頷くヴェルグ。
「来い」
それだけ言い、ヴェルグはスタスタと工房を後にしてしまう。 ゲンガーはほうけた顔でその背中を見送っていたのだが、ついてこないゲンガーをちらりと伺ったヴェルグは静かに一言だけ添えた。
「早くしろ」
「あ、おう」
背中を押されたような歩調でヴェルグの後について行くゲンガー。 するとヴェルグは自宅の背後に広がる森の中へとすたすた入っていく。
何が始まるのかとそわそわしていたゲンガーは、ちらちらヴェルグの後ろ姿を見ていたのだが、森の中の開けた場所で突然立ち止まったヴェルグは、無愛想な顔のまま振り向いた。
「まずは大地の精霊だ」
「まずはってなんだ?」
「精霊と会話しろ」
れっくんから精霊術を学んでいたゲンガーは、精霊との交信に関しては難なく可能だった。 しかし精霊から好かれていないため、いたずらされて上手く術を使えない。
「交信くらい、俺にだってできんだよ」
ゲンガーは目を閉じて精霊と更新を始めるが、次第に眉間にシワを寄せて苛立たしげに鼻息を荒げ始める。
「クソ生意気な精霊共め」
「へりくだるな、気を使うな。 仲良くするってのは言葉の綾だ。 支配しろ」
「あ? んなこと言ってもな」
「精霊に惹かれる人間になれ。 そうすればおめーもおいらみたいになれる」
そう言って、ヴェルグは地面に手をかざす。 すると大地に突然亀裂が入り、鉄で作られたであろう両刃の剣が地面から生えてくる。
無駄のない上に洗練された精霊術を前に、ゲンガーは思わず目を見張るのだが。
「今のオメーじゃ、精霊は答えねー」
それだけ言い残し、ヴェルグはせっせと工房へと戻っていってしまった。
ゲンガーはその後姿を目で追いかけ、苛立たしげに頭を掻きむしる。
「教えんならもっとわかりやすく説明しやがれ!」
地団駄を踏みながらも、その日は日が暮れるまで精霊との交信に励むゲンガーであった。
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ヴェルグの家に居候することになってから三日がたったが、ゲンガーは未だに精霊とうまく交信ができずにいた。
理由としては、ゲンガーが精霊にバカにされているのが原因だ。 大地の精霊術を応用すれば地割れを起こしたり地盤を振動させたり、なんなら砂を自在に操ることも岩石を弾丸のように放つことだってできる。
しかしゲンガーが精霊術を使用しても、岩石が自分の方に飛んできてしまったり砂を操作しようにも顔面に砂の塊をぶつけられたりと、精霊たちのいいおもちゃにされてしまうせいで上手く扱えない。
精霊にバカにされるたびに苛立たしげに騒ぎ立てるばかりで、一向に向上するすべがなかった。
工房で武器を打ち終わっていたヴェルグが、一人で大騒ぎしているゲンガーを木陰から眺め、呆れたように吐息を漏らす。
やがて、みぞおちに岩石をぶち当てられ大の字に転がっていたゲンガーの元へと歩み寄ったヴェルグは、倒れているゲンガーを見下ろしながら蓄えた髭を撫でる。
「なんで上手くいかないか分かるか」
「精霊どもがクソ生意気だからだろ」
「なぜ精霊たちが生意気なんだ」
「人を小馬鹿にするのが好きなんだろうな」
「そうか、誰かに似てると思わねーか?」
「あ? バカにしてんのかクソジジイ」
状態を起こして般若面を浮かべるゲンガー。 そんなゲンガーを見て、ヴェルグは眉間にシワを寄せる。
「お前は自分が好きか?」
「大っきらいだね! そもそも、俺は所詮作り物の人形だ。 こんなやつを好きになるやつなんていねー」
「だから精霊に弄ばれる」
「は?」
精霊術を教えると言っときながら、ヴェルグは精霊と交信しろとだけ言って常に放置し続けていた。 ゲンガーは教えると言われた以上、術を扱う上でのコツを聞いたり精霊術でどういった事ができるのか、そう言った具体的な使用方法を享受してくれるのかと期待していたのだ。
だがしかし、蓋を開けてみれば毎日森に行かされずっと放置。 これでは何がダメで、何が原因で上手くいかないのかがわからない。
「精霊術を成功させるには、何が必要かわかるか」
「んなもん、精霊に好かれることだろ?」
れっくんから教わったことを、そのまま伝えてしまうゲンガー。 ヴェルグは小さくため息を付いて、不機嫌そうなゲンガーを指さしながら告げた。
「オメーは、自分が嫌いだって言ったな」
「たりめーだろ、俺だって好きでこんな生まれ方したわけじゃねー」
「おいらは自分の腕を信じてる、自分の生き方を誇りに思ってる。 他はどうでもいい、他人に頼ったりしねー」
「随分な自信家だな」
ヴェルグは数年前、弟子だと思っていた妖精に裏切られ、妖精攫いに売られてしまった。 理由はヴェルグの鍛冶師としての知恵をその弟子が欲したからだ。
弟子に売られたせいで羽根をもがれ、数ヶ月の時を経てやっとのことでティア・ナ・ノルドに帰ることができたヴェルグだが、そこから彼は他の妖精と関わることをやめた。
これは決して他の妖精を信じられなくなったからではない。
「おいらは、おいらの生き様を信じて行きてる。 だから他の助けは必要ねー」
芯の通った言葉を聞き、ゲンガーは思わず口をつぐんでしまう。
「おめーは、自分の生まれをいいわけに、現実から逃げてるヘタレだ」
「るっせー」
「そんなヘタレを……自分を信じてもいねーヘタレが、他のやつから好かれると思うか?」
真っ直ぐな眼光に射抜かれ、ゲンガーは思わず息を呑む。
「作り物だ? 変えの効く人形だ? 知ったことじゃねー。 お前はてんで分かってねー。 何でお前が、ティメルとかいう魔術師にダンジョンの守りを任されてたのか」
ここに連れられた日に、ゲンガーはティメルのことも自分の身の上も話していた。 その時点で、ヴェルグは気がついていたのだ。
「任されるってことは、信用されてるってこった。 信用されるってことは、それだけの実力があるってこった。 おめーはよ、信用され、任されて、自分でも敵わねーと思ってるそいつから大事な仕事任されてんのに、どうして自分をそーやって卑下しやがる」
「んなもん、俺はあいつに作られた魔造人間で……」
「おめーはおめーだ。 自分で考えて、最善の策を編み出して、導き出した答えを行動に起こせる唯一無二の知能がある」
ヴェルグの口調が強くなるに連れ、ゲンガーの表情は徐々に変わっていく。 不貞腐れていたような佇まいから、進取果敢な佇まいへと。
「思い出せ。 お前は一度でも、ティメルとかいう魔術師に所詮お前は複製だとか、変えはいくらでも効くから適当に生きろとか言われたか?」
目を見開き、硬直してしまっているゲンガーに、ヴェルグは静かに告げた。
「俺もそうだが、その魔術師も思ってるはずだぜ? おめーは紛れもねー、ゲンガーという、替えが効かねー一人の人間なんだってな」




