第9話 新たな魔術に感動した俺は、快適な生活を手に入れる
❖
魔像人間の作成に成功してから数日が経過した頃、ティメルが住処にしている廃ダンジョンには、三十を超える刺客が押し寄せていた。
「クソ! 今回こそ一層を攻略してやる!」
「来るたび来るたび罠の質が良くなってる気がするぞ?」
「一体どんな仕組みでこのダンジョンに罠を仕掛けている?」
「それどころか来るたび来るたび通路が複雑化してるぞ? 昨日マッピングしてた地図がもう役に立たなくなっている!」
「あのガキ、時空回帰の魔術でも習得しやがったか?」
「聞いた話によれば時空回帰は九百ページ後半の魔術だぞ? それはさすがに無いはずだ!」
刺客達はここ最近、廃ダンジョンの一層から先に進むことができずに苛立っている。 それもそのはず、第一層にはとある強敵が現れてしまったのだから。
「何度来ても無駄なことだ」
刺客たちがやっとの思いで一層最終間にたどり着くと、そこには一人の少女が立っていた。
真紅のマフラーで口元を隠し、紺色の長い髪の毛を頭頂部で括った少女。
「今日こそあのくノ一を攻略するぞ!」
「あいつが得意としてるのはたかだか力学構成式だ。 魔術大全を三百ページまで習得した俺等の敵ではない!」
「後衛は鉄杭で援護射撃! 中衛は前衛の間に入って臨機応変に対応を!」
「行くぞ前衛! 魔術大全【第97頁】物質創造構成式:硬化!」
硬化の構成式は、読んで字のごとく全身を鋼鉄のように硬化させる魔術だ。 彼らがこの魔術を使用するのにかかった構成時間はたったの五秒。
間違いなく達人級の実力を持った暗殺者達である。
「愚かな」
しかし、一層の最終間中心で立ち尽くしていた忍び装束の少女は、くだらないとばかりに一笑し、霞の如く姿を消した。
「あれは力学干渉構成式、湾曲か!」
湾曲の構成式は、あらゆる力の方角を捻じ曲げるという強力な構成式である。 ページ数は92と早めの段階で習得可能な構成式だが、複雑なカスディム文字で構成されたこの構成式は魔術を構成するまでにかなりの時間を要する。
そのため、忙しなく戦況が変わる戦いの中で使用するのは非常に難しい。
基本的に湾曲の魔術は、高所からの落下時に力を分散させるために使用したりすることが多いのだ。 ゲーム時代でも現実世界になったこの世界でも、湾曲の使い方は変わらない。
「おそらく光を捻じ曲げて自分の姿を透明に近い状態にしているのだろう」
「目を凝らせば見えるはずだ!」
「中衛、砂煙を起こせ!」
的確な判断が飛び、中衛の刺客が現象創造構成式で風を巻き起こす。 ダンジョン内の砂が巻き上がり、透明化している少女の姿がかろうじて目視できるようになった。
「前衛! 攻撃をするぞ、くれぐれも、タイミングはずらせよ!」
前衛の魔術師たちが臨戦態勢にはいる。 しかし前衛達はチラチラと仲間の様子をうかがい、魔術を同時発動しないよう調節していた。
それもそのはず、力学干渉構成式には厄介な防御魔術が存在するのだから。
「反射対策か、見え見えだ」
静かなつぶやきとともに、飛んでくる攻撃魔術をひらりひらりとかわしていく少女。 同時に何らかの魔術が構成されたのだろう、透明化していた少女からカスディム文字が放たれた。
放たれたカスディム文字は空中を漂う。
「魔術を空中に構成するか!」
「たかが力学干渉構成式だが、油断はするな!」
ティメルですらあまり使用しないカスディム文字の空中構成。 本来なら魔術大全に記されている文字をなぞって構成されるその文字を、魔力を余計に消費して空中に構成する達人技。
魔力消費量が多い代わりに構成速度が上がり、テンポの早い戦闘でも先手を取りやすいと言う利点はあるが、構成式を一文字でも誤れば別の魔術が発動してしまい、最悪構成した魔術が自分に牙を向く可能性があるという博打に近い芸当だ。
当たり前のように空中構成できるのは達人級の力がないと難しいだろう。
刺客達は空中構成されたカスディム文字を凝視し、疑問符を浮かべていた。
「また湾曲の構成式だと?」
「一体何をするつもりだ?」
すでに湾曲の構成式で光を捻じ曲げ、自らの姿を透明に近い状態にしている少女が、更にもう一度同じ構成式を組み上げていた。
刺客達は意図がわからず首をひねるのだが、透明化している少女を発見するために砂煙を巻き上げているこの空間内では、視界が不良になっている。
つまり目視による連携が取りづらい。
せっかくの数の利を半減させていることを、刺客達は失念していた。
「ぬぐぁ!」
「背後から奇襲?」
「後衛が襲われたぞ!」
遠距離攻撃系魔術を構成して待機していた後衛陣から悲鳴が上がり、前衛にいた刺客たちは目を見広げる。
「背後を取られただと?」
「バカな! やつはそこに立っているぞ?」
「まさか偽物か?」
「幻影創造魔術まで使えるのか!」
否である。 この少女は、ティメルが十日間かけて作り上げた十体の魔造人間のうちの一人、ユーティという魔造人間である。
魔造人間達は体全身に魔術陣が描かれており、入れ墨のように書き記されたその魔術陣を介して高速で魔術を展開できるよう構築されている。
カスディム文字を空中構成できるのもこれが要因だ。 第一層を守護するユーティは、魔術の中でも力学干渉構成式に携わる魔術陣が体全体に描かれているため、彼女が使えるのは力学干渉構成式のみ。
ならば、なぜ前衛の前で突っ立っているユーティが、後衛の刺客たちを背後から襲うことができたのか。
「まさか、湾曲の構成式で攻撃の軌道を捻じ曲げたのか?」
「何だそれは、高等テクニックだぞ!」
湾曲の魔術を連続発動するよう構成式を改造し、武器であるクナイを投擲。 このクナイは直接書き込まれた力学干渉構成式で三段階加速しており、その速度はライフル弾並みに早くなっている。
そんなライフル並の威力を誇るクナイを投擲した直後、砂煙で視界が悪くなった戦場で複数回軌道を湾曲させ、前衛と中衛に当たらないかつ見つからない経路で後衛を襲わせたのだ。
「主よりこの階層の守護を仰せつかっている。 拙者の名はユーティ。 主様の居城を踏み荒らす無礼者共を排除するため、ここより先は死地になると知れ」
❖
「うわー、ユーティ強え」
「一階層から四回層までは戦闘特化の魔造人間を配置しておるのだろう? この程度で驚くことではなかろう?」
監視用に作成した水晶を覗きながら、俺とシェンルゥは感嘆の声を上げていた。
「旦那様、お食事の準備が整いました」
すると、耳に心地よい穏やかな声音が響く。
粘土を変形させて適当に作ったソファーでくつろいでいた俺とシェンルゥは、背後から掛けられた声に、待ってましたとばかりに機嫌よく反応した。
「ヴェートママのご馳走の時間ではないか!」
「今日のラインナップはなんだ?」
「うふふ、旦那様もシェン様も、ママの料理を楽しみにしてくれてるようで嬉しいわ」
頬に手を添えながら、おちゃめに首を傾げるヴェート。
第九層の守護を担当するという名目のもと、朝昼晩と決まった時間で俺達に食事を作ってくれる自慢のコック長である。
真っ白なコック服に、首元には赤いスカーフを撒いており、赤紫の髪をおさげにしている美女。
スリムでメリハリのある体型は、母性を思い出させる見た目になっており、喋り方も相まってか彼女が場にいると空気が和むのである。
彼女に設定した概念は家庭的。 それに加え母性溢れる性格になるよう記憶を組み込んだ。
アレフを作った次の日から、俺は暇を見ては魔造人間を作成していき、今では合計で十体作成したのだ。
先日アレフを作成した際の経験を元に、組み込む概念や記憶をいじったりしてそれぞれに異なる記憶を干渉させることに成功。
後は作成した魔造人間の身体に魔術陣を書き込む作業を地道に続け、三ヶ月という長い期間を経て見事全階層に魔造人間を配置できるようになったのである。
「ゲマトリアを完成させてからというもの、ダンジョン生活が快適でしょうがないぜ」
俺はこの十体の魔造人間たちを総じて、ゲマトリアと呼んでいる。
それぞれに仕事を任せると同時にこのダンジョンの階層を守護させており、現在一回層に侵入した刺客たちをユーティと言う名の魔造人間に撃退させていたのだ。
「主、只今戻りました」
侵入者を撃退したユーティが、シュッと背後に現れる。 この子にはくノ一と言う概念を組み込み、性格は無口になるよう記憶干渉構成式を組み込んだ。
全身に力学干渉構成式を書き込んだこの子は物理での戦闘や移動能力に関しては群を抜いており、基本的に偵察系の仕事を任せている。
「お疲れユーティ。 他にこのダンジョンに侵入してきそうな輩はいなかった?」
「今のところは」
頭を下げたまま報告をしてくるユーティにご苦労さまと一声かけると、霧のようにシュッと消えてしまう。
ここ最近平和すぎるため安心しきっている俺は、今日のご馳走はなんだろうかと想像を膨らませながら、ヴェートが担当する九階層へと向かうのだった。




