第88話 妖精の国に発生している問題を知った俺は、ゲマトリア達のチートさに驚く
❖
花畑をウキウキ気分で歩いていく俺達。 ゲンガーが顎を撫でながら周囲を見渡しているため、俺は気になって声をかけてみる。
「さっきから何をキョロキョロしてんだ?」
「いや、俺がこの前来たときはな、妖精の国に高難易度魔獣がわんさかいてな」
「おいおい、なんだそりゃ?」
「俺がここに転移してきた時、ベヒモスに襲われてな。 大変な目にあったんだ」
「ベヒモスだとぉ? 割と……って言うかかなり高難易度の魔獣じゃねーか」
「お前に刻印された魔術だけじゃ倒せねーから、妖精さんに助けてもらったんだよ」
耳が痛いことをボソリと言ってくるゲンガーから目を逸らし、ふと考えてみる。
妙な話だ。 ベヒモスは高難易度ダンジョンにしかでてこない危険な魔獣だ。 巨大な斧を持っているため攻撃力が非常に高いだけでなく、皮膚も硬いためダメージが通りづらい。
ランク的には麒麟のひとつ下辺りに分類される魔獣だろう。
確かに、マジフロ本編でティア・ナ・ノルドに来るのは後半だったため、そのくらいのレベルの魔獣が出るのは頷けるが、
「確か、ベヒモスはダンジョン内にしかでてこねーよな?」
「だってティア・ナ・ノルドにもダンジョンあるだろ? めっちゃ高難易度の場所が一箇所」
「ああ、冥迷幻想区・グレイトブリテンとか言うくっそ面倒くさい高難易度ダンジョンがあったな」
冥迷幻想区・グレイトブリテン。 このダンジョンは妖精の国ティア・ナ・ノルドからほど近い位置にある異空間式ダンジョンで、花畑の中心にある石造りのアーチをくぐることで入ることが可能。
しかしながら中には強力な魔獣がわんさかいるだけではなく、設置されているトラップは非常に危険な上に、労力の割にいい素材やアイテムは手に入らない。
一回層しか無いがかなり広大な面積になっており、内部は巨大迷宮になっていて攻略にものすごく時間もかかる。
一度挑戦したら二度とごめんだと言わんばかりの過酷なダンジョンなのだ。
おそらくマジフロの中でも三本指に入るレベルの高難易度ダンジョンであろう。 本来なら本編クリア後に挑むようなレベルの高難易度コンテンツ。
先ほど名前が上がったベヒモスはそこにポップする魔獣だ。 まさかダンジョン内からモンスターが出てきてるなんてことはないよな?
すると、物騒なことを言い出したゲンガーの話しを聞いていたカイムが、俺の顔を覗き込んできた。
「もしかしたら、パンデモニウムが発生してるかも知れないっちね」
「ぱんでもにうむ?」
「ダンジョン内では魔獣を自動複製するシステムが搭載されている可能性があるっち。 だから挑戦者が少ないダンジョンを放置してると、中で自動複製された魔獣が居場所をなくして外に出てきちゃうんだっち」
元悪魔であるカイムは、人格は破壊されているが悪魔としての基本知識はしっかり覚えている。 だからダンジョンの作りや便利な豆知識などを認知しているのだ。
いわばダンジョンのスペシャリスト。 そんなカイムさんが魔獣の大量発生を危惧している。
確かに、ティア・ナ・ノルドには妖精から招待されたものしか入れない、それに妖精たちは自衛の戦いは惜しまないが、お宝欲しさのために自分から戦いに身を投じるなどという物騒なことはしないのだ。
となると、この近くにある高難易度ダンジョン、グレイトブリテンでは魔獣が大量発生していてもおかしくはない。
「そうか、だからマジフロ本編の時、ヴェルグは妖精攫いに捕まってたのか」
一人納得して手を打つ俺を横目に、ゲンガーも原因が思い至ったかのように訳知り顔で頷いていた。
マジフロ本編では、テオス達が妖精の国に入る方法を模索している最中、妖精攫いという一味がいることを知る。
妖精攫いという一味は、その名の通り妖精を攫って売り物にしているクソ魔術師の集団だ。 なんでも、妖精の羽は生きたままもぎ取ると大量の魔力を回復するアイテムができるらしく、一度羽根をもぎ取られた妖精はまた羽が生えるまでに数年かかる。
そのため、一度捕まった妖精たちは命が尽きるまで再生しては羽根をもぎ取られ、寿命が尽きて息絶えた際は、見世物として腐らないよう剥製にされて売り飛ばされるのだ。
妖精の剥製は趣味の悪い貴族どもが大金をはたいて買い取るらしく、胸糞悪い話だがシャプール家の愚父や愚兄の部屋にも妖精の剥製が飾られていた。
妖精攫い達は迷いの森付近を散策しており、何らかの問題が発生して迷いの森から出てきた妖精を捕まえてしまうのだ。
「ってことは、パンデモニウムが原因でヴェルグは迷いの森に出ちまったんじゃないか?」
「妖精の国に魔獣が出没すれば、それは大変なことだもんな」
「早めに解決したほうが後々面倒なことにならなそうだな」
俺とゲンガーが真剣な顔で相談していると、一番先頭でスキップしていたメイハオちゃんが突然立ち止まり、困った顔で振り返ってくる。
「お兄ちゃん、あれ」
メイハオちゃんが指を指している方向に視線を持っていくと、
「うわ、ベヒモスだ」
「くそ面倒くせー」
「あいつ無駄にHP高いんだよなー」
「そのくせ地味に攻撃力高いし」
俺とゲンガーが交互に文句を言っていく。
ベヒモス、先ほど名前が上がっていたグレイトブリテンにポップする魔獣で、体躯はおよそ三メーター以上。
全身の毛皮は毒々しい紫色で、真っ白な民族模様が体全体に彫られている。 見た目通りくそ強いし面倒くさい魔獣だ。
見た目をわかりやすく説明するなら二足歩行の巨大なサイ。 その上巨大な斧を所持しているためリーチが長いのだ。
高い攻撃力に広い間合い、それに無駄に高いHPも相まって、レベルマックスのプレーヤーでも倒すのに結構時間がかかる嫌われ者。
俺とゲンガーはゲーム時代の知識があるため顔を引き攣らせているが、よく見てみると既に何匹かの妖精さん達が戦っている。
「隊長! 失礼いたします!」
「ペペ様! 拙が援護いたします!」
交戦中の妖精たちがいることに気がつき、弾かれたように飛び出すペペとダレット。
「ちょっ、おい!」
ペペとダレットは戦い向きに作ったゲマトリアではない。 流石にあの二人でもベヒモス相手だとジリ貧だろう。
おそらく俺でもソロで倒すのは一苦労する相手だ、すぐに援護に向かわないと最悪のケースも有り得る。
「合わせて下さいペペ様! 思考加速!」
「感謝いたしますダレット殿!」
ダレットが使用したのは記憶干渉構成式:思考加速。 この魔術は脳の働きを活性化させ、カスディム文字の構成を半倍早めると言うバフ魔術。
元々カスディム文字の構成が早いゲマトリアにこんな魔術を使用してしまえば、
「横から失礼! 反転世界!」
幻影創造構成式、反転世界。 これにかかった相手は視界を虚像幻影で覆われ、見えている世界がすべて逆さまになってしまう。
そのため、息をするように唱えられた反転世界のせいで、交戦中だったベヒモスが混乱して動きが止まる。
「次行きます、並列思考!」
続いてダレットが使用したのもまたバフ魔術。 記憶干渉構成式:並列思考は魔術を同時に二つ発動することが可能になる。
思考加速と並列思考の重ねがけ。 さらにその二つの魔術を掛けられたのは魔術の構成が非常に早いゲマトリア。
これは流石に反則だ。
「ありがとうございますダレット殿! 実像投影、幻影痛覚!」
実像投影は一度見たことがある物質を、魔力の塊で作成することができる魔術。 つまり、この世に存在しない幻の武器だろうとレプリカを創造できる。
あくまでレプリカなので見た目しか再現できないのだが、怖いのは再現できるものの大きさは最大魔力に応じて巨大にできるという点。
ペペが実像投影を唱えた瞬間、巨大な斧がベヒモスの頭上に出現。 重力に従い真っ逆さまに落下した巨大な斧は、無慈悲にベヒモスの脳天をかち割る。
ベヒモスにはこれを防ぐ手段がなかった。 反転世界のせいで、とっさに動こうにも上手く動くことは出来ないだろう。
ならば魔術で防ぐのが最も効率的。
本来なら高難易度に出現する魔獣は魔術を使用できるのだが、防御魔術を展開するための魔力が無くなってしまっていた。
魔力不足の原因は、並列思考の効果で同時に唱えていた幻影痛覚。
この魔術はかなりの曲者で、相手の視界に自らの身体が切り刻まれている光景を映し出し、その痛みを錯覚させることが可能。
実際にダメージがあるわけではないが、精神的に大ダメージを受けるため、喰らった相手は魔力を大量に消費する。 これは仙術師や精霊術師にも有効で、仙力や霊力も減少する対象になるのだ。
つまり、ベヒモスは幻影痛覚で魔力を大幅に減少されたため、頭上から降ってくる巨大な斧を防ぐための魔力を失った。 故に物理的にしか防ぐ方法が無くなるわけだが、降ってきた斧の質量的に魔術を使用しないと防げるようなものではない。
よって、ベヒモスはなすすべなく脳天から真っ二つにかち割られてしまう。
「は? あいつら強すぎじゃね?」
「お兄ちゃん、何も見えないよ」
「あれは流石にグロいから、メイハオちゃんは見てはいけません」
鮮やかすぎる二人の手並みを前にして、その場にいた全員開いた口が塞がらないのであった。




