第71話 手も足も出せない俺は、何もかもどうでも良くなる
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メイハオちゃんが入っている透明な箱と、アレフが入っている透明な箱に手を添え、ニタニタと楽しそうに笑いながら俺に問いかけてくるカイム。
「お前が散々厄介払いしようとしていたこのガキを捨てるっちか?」
メイハオちゃんの箱に近寄りながら、急かすように問いかけてくる。
「それとも、お前が初めて作った、作り物の人間を捨てるっちか?」
早く選べと言わんばかりに、二人が入った箱を俺の前へスライドさせ、ケタケタと笑い出す。
選べと言われて、選べるわけがない。 どうにかして両方を救う手段を!
「はい、時間切れだっちね」
俺が魔術大全に手を添えようとした瞬間、二人の箱は俺の目の前から消えた。
「……え?」
視界の端でぎりぎり捉えることができたのは、俺の目の前にスライドしてきたはずの二人の箱が、マグマの上に用意されていたこの部屋からスライドするように落下していく光景。
「ちょ、待っ……」
「やっぱり人間嫌いのティメル・シャプールは自分以外の存在なんて、どうでもいいってことだっちか?」
落下した二つの箱は、マグマの中へ真っ逆さまに落ちていく。
「おい、待ってくれ」
思考の整理は追いつかない。 にも関わらず、畳み掛けるように今度は別の箱を俺の前へスライドさせてくるカイム。
「次はこの二体だっちね。 お前としょっちゅう悪巧みしてるこのメガネと、毎日心待ちにしてる料理を作っている主婦。 どっちをとるっちか?」
選べなどと言われても、先ほどマグマに突き落とされたアレフとメイハオちゃんを急いで助けに行かなければならない……
「待てって、俺に何を求めてる? 交渉しよう、カイム。 俺はお前のために何をすれば許される?」
「ちっちっち、話の話題をすり替えるなティメル・シャプール。 どっちもいらないってことでいいっちね?」
「ちが……」
否定しようとした瞬間、またしても二人が入った箱はマグマの中へと突き落とされた。
頭が真っ白になり、箱が消えていったマグマの方へ手を伸ばすことしかできない。
気持ちの整理がつかないまま、カイムは次々と俺に選択肢を迫ってくる。
だが俺は、
「選べるかよ、誰が大事かなんて」
誰が大切かなんて、大切なものに優先順位なんてつけられるわけがない。 ゲマトリア達が魔造人間だとは言っても、もう一度作り直せば済むなんて単純な話じゃない。
メイハオちゃんだって、見つけたばかりだった時は面倒だなんだと言っていたけど、今では大切な繭居迷宮の家族も同然だ。
選べるわけがないんだ、初めからこんなの。
「ほらほら、お前がもたついているせいで、もう全員あのマグマの中に真っ逆さまだっちよ?」
気がつくと、カイムが用意していた透明な箱はすべてマグマの中に突き落とされ、この部屋には直立したままいびつな笑みを浮かべている聖マリヤム教の構成員数名と、俺を見下して恍惚な笑みを浮かべているカイムしかいなくなった。
大切な家族が全員、マグマの中へと突き落とされ、誰も選ぶことができなかった俺は無力感に苛まれて、思考が完全に止まりかけている。
「ひどい男だっちね? あんなにも毎日楽しそうに過ごしていた仲間たちを前にしても、誰も助けず全員マグマの中に突っ込んじゃったっちか。 本当に薄情な男だっちね」
腹を抱えて道化のように笑い出すカイム。 喪失感と、絶望感に打ちひしがれた俺は、これが夢なんじゃないかという淡い期待に思考を裂いてしまう。
だが、そんな都合の良い事態には陥らない。
「これが答えだっちよティメル・シャプール。 家畜ごときではカイムのような悪魔には反抗することも許されない。 お前たちはカイムに飼われるだけの家畜なんだっち」
さえずるような高い声で、勝ちに酔いしれたような機嫌良さげな声で、カイムは俺を絶望させる言葉を選んでいく。
「飼われるだけの家畜が、幸せになろうだなんて理想を叶えられるわけがないんだっち」
心のなかで、ドス黒い感情が噴き上がる。 何もかもどうでも良くなって、このどうしようもない理不尽が憎くて憎くて仕方が無くなる。
人質を取られて迂闊に動けないこの状況で、大量の敵に囲まれたこの状況で、俺に何ができただろうか。 もっと準備を整えてからこいつに挑めばこの状況を打破できたか?
仲間が少ししかいなかったあの状況で、既に人質が取られたあの状況で、こいつに一矢報いる方法はあっただろうか?
おそらく、不可能。 間違えてしまったのはいつからだ?
俺が繭居迷宮から離れたせいでこうなったのか? 自分のダンジョンは守りは万全だと奢ったからこうなったのか?
考えたところで時は戻らない。 確実なのはたった一つの事実だけだ。
「俺はまた、失敗したのか」
この世界に転生して、バットエンド回避に失敗して、一人で引きこもって生きていこうと決心したのに、誰にも迷惑をかけずに引きこもって生きていこうとしていただけなのに。
「……あんまりじゃないか」
理不尽だ。
濁っていく、
堕ちていく、
汚れていく。
俺の魔力が、感情が、心が。
完全に、闇に満たされていく。
ようやく分かった、マジフロで闇落ちしたティメルがテオス達の前に現れた理由。
堕とされたのだ、この悪魔にいいように言われて。 飲まれたのだ、怒りや憎悪、何もかもをぶち壊してやりたいと思ってしまうような破壊衝動に。
カイムの心底楽しそうな笑い声が、目の前で笑っているはずのこの悪魔のさえずりが、濁って聞こえづらくなっていく。
自分が自分でなくなるような闇に飲まれていく感覚の中で、感情が死んでいく。
もう、俺は疲れてしまったのだろう、無様にもがくのはもうやめて。 いっそこの感情を受け入れてしまった方が楽になれる……
「随分楽しんでおるようじゃな、悪魔め」
ふと、耳に心地よい声が聞こえてくる。
高笑いを響かせていたカイムが、苛立ちまみれに舌打ちを鳴らし、声が聞こえた大広間の入口へ視線を送る。
「ちっ、なんだっちか。 空気の読めない畜生め」
「あ? なんだって? 聞こえんからハキハキ喋らんか」
ゆっくりと、俺の元へ近づく足音が聞こえてくる。 振り返る気力もないが、振り返るまでもなく分かる声音と足音。
今の俺に唯一残された、大切な相棒の音が聞こえてくる。
「何を腐っておる童。 おぬしの目はいつから節穴になったのじゃ?」
やがて真横から聞こえてきたその声を聞き、俺は言ってる意味がわからずほうけたまま顔を上げた。
すると、訝しむような表情でこちらを睨むカイムが目に映る。
「どういうことだっちか?」
「聞こえぬと言っておるであろう? 腹から声を出さんか、腹から!」
シェンルゥは三百年以上生きているという話だ、耳が遠くなっていても不思議ではない。 だが今回、ふと視線を上げた際目に写ったシェンルゥの顔を見て、ここまでのやり取りでシェンルゥが難聴になっている理由が判明する。
「耳栓?」
「あ? なんか言ったかの?」
耳に手を添えながら俺を横目に見てくるシェンルゥ。 彼女の耳には急遽作ったであろう布の塊が詰められていた。
俺と同時にシェンルゥが耳栓をつけていることに気がついたカイムは、あからさまに苛立ったような雰囲気を纏う。
「なんと低俗で、原始的な方法を使ってるんだっち」
「うーむ、これではコミュニケーションが上手く取れんのう。 あの下衆を煽ろうにも何を言っておるか分からんから無理じゃ」
カイムの洗脳は、彼女の声を聞いた者を無差別に操る力。 だからこそ、単純な話だが耳栓をしてしまえば操られたりはしない。
極端な方法を使っているが、魔法の仕組みがわからない以上実に効果的な手段だ。
「大親分! 遅れちまってすんません!」
「兄上、これは一体何が起きているのです?」
遅れて俺の傍に駆け寄ってきた鬼蔵とれんぴっぴも、シェンルゥと同じように耳に布をパンパンに詰めている。
「鬼蔵、れんぴっぴ……無事で良かった」
「あ? なんか言いましたか大親分?」
「失礼兄上。 私達は今、頭取の提案で耳栓をしてますの。 ですのでなんて言っているかは分かりませんが、とりあえず遅れたのは誤っておきますので怒らないでいただきたいのだわ!」




