第69話 悪魔と対面した俺は、思いも寄らない事実に驚愕する
❖
シェンルゥや鬼蔵達の助けもあって、俺は一人で真っ白な通路を駆け抜けていく。 ワーキアもここに来る前に倒したし、道の途中にターイルとダジージャもいた。
つまり大司祭三人はここまで来る間に対峙しているわけだから、この通路の先にはきっとカイムが待ち受けていると考えていい。
シィタンダンジョンに入るとほぼ同時にれっくんからの連絡が会った際、れっくんたち妖精小隊メンバーの契約紋は消えていないという話だった。 だからきっとゲマトリア達も無事に生きているはず。
そう信じて俺は通路を駆け抜けていった。
頭の中を不安が満たしていく中、その不安を考えないよう必死に駆け続け、そうして巨大な大扉に突き当たる。
扉の前で各種バフ系魔術を自身に掛けられるだけ掛け、悪魔が相手でも遅れを取らないよう最大限準備を施し、満を持して扉を開ける。
すると、扉の先には今まで大司祭が待ち受けていた大広間よりも数倍広い空間が広がっており、最奥には長い階段の頂上に仰々しく建てられている玉座のようなものが見えた。
その玉座に堂々と座る、小さな悪魔。
「ちっちっち、思ったより早かったっちね」
「カイム……ゲマトリアとメイハオちゃんはどこだ?」
「ちちち、緊張してるっちか? そう慌てるんじゃないでちよ?」
カイムがパチリと指を鳴らすと、大広間の全体に魔法陣が浮かび上がる。 そうして突如として視界を埋め尽くしたのは、
「聖マリヤム教の構成員たち……」
広間全体を埋め尽くすほど大量の聖マリヤム教構成員たちが出現する。 その数、総勢五百以上。
コイツラが同時に不殺生を唱えてきたらと考えると、避けるのに骨が折れそうだ。 それに気になるのは、カイムが座る玉座と同じ段に出現した十一個の箱。 赤い布がかけられ中が見えない様になっているが、箱の大きさは人がひとり入れる程度の、服屋においてあるような試着室程度の大きさ。
中身を見るまでもなく分かる。
「さて、ティメル・シャプール。 お前にはこれから選択肢をくれてやるっち」
カイムがいびつな笑みを浮かべながら、並べられた箱に視線を送ると、突然現れた構成員たちが箱にかかっていた赤い布をめくった。
透明な箱の中に入れられていたものを見た俺は、腸が煮えくり返りそうな怒りが湧き上がる。
「趣味悪すぎんだろ」
透明な箱の中に入っていたのは、繭居迷宮の守護に着いていた十体のゲマトリアと、迷宮内でお留守番をしていたメイハオちゃん。
いずれも直立したまま眠っているように目を閉じており、透明な箱の足元には、この真っ白な部屋には似つかわしくない光景が広がっている。
「口の聞き方を考えるっちよ? カイムの指が滑ったら大変なことになるっち」
カイムが心底楽しそうに手を叩くと、真っ白だったはずの部屋は一瞬で様相を変える。
床や壁が突然透明化し、壁や床を挟んでいた向こうの景色が明らかになる。
「この管理用通路はカイムが空間魔法を駆使して作成した異空間だっち。 ゆえに、ダンジョン内の好きなところに移動させることもできるし、なんならこの異空間を組み替えて好きなように模様替えも可能なんだっち」
予想はしていたことだが、驚くべきなのは俺達が必死に駆けていた真っ白な通路が、実はダンジョン内の天井や坑道内部だったことには驚かされた。
今俺が立っているこの大広間の真下には、海のようなマグマが広がっている。 恐らくここはシィタンダンジョン三十層。
マグマの中に生息しているダンジョンボス、へマムケルシュがポップするマグマ溜まりの真上に位置しているのだろう。
「石炭を作るための部屋は上層に用意していないといけないわけだっちが、それ以外は別にどこにあっても構わないっち、本来この異空間はダンジョン内に入った冒険者たちを見学するための通路として利用しているっちからね」
壁や床が透明化して分かったことだが、俺が走ってきていた通路はダンジョンの天井付近に設置されている。 おそらく幻影魔法か何かで虚像幻影を展開しており、この透明な壁で作られている通路を隠していたのだろう。
その証拠に、この部屋から見てみたシィタンダンジョンの天井は、地上から見るより遥かに高く感じる。
「つまり俺達が必死こいで走ってきたあの通路は、ダンジョンの天井に作っていた通路を走ってきてただけってことか?」
「そう言うことだっちね。 ずっと真っ白な景色だったせいで、上りになってたり下りになってるのも感じづらかったっち?」
十二階層から最短距離で三十階層まで行く道筋を、空中散歩していただけだったらしい。
途中にあったあの大広間は、ここに来るまでの間に設置されている二つの中ボス部屋だったのだろう。
俺の記憶が正しければ、シィタンダンジョンのように十五階層より多く改装があるダンジョンには、中ボス部屋が設置される。
傾向的には十五階層に中ボス部屋、次の中ボス部屋は二十五階層。 プレイヤーたちはこの数字の最後に五がつく階層に出てくる中ボス部屋を目安にしてダンジョン攻略をしていた。
「こんなふうに、ダンジョンの管理をするためには自分の目で見て冒険者たちを確認することも大事なんだっち? 空間魔法で盗み見るだけじゃその場の空気はわからないっちからね?」
「先輩ダンジョンマスターとして忠告してくれるために俺のダンジョンを襲ったってことか? だったらもう痛いほどよく分かったから、ゲマトリアとメイハオちゃんは返してもらおうか?」
「それはお前の返事しだいだっちよ」
極悪人のような笑みを浮かべるカイムとにらみ合い、冷や汗が頬を伝っていく。
足元にマグマが見えているせいか、体感温度が僅かに上がったような錯覚と、もしこの床が突然抜けたらマグマの上に真っ逆さまになるという不安に満たされ、心が落ち着かなくなる。
ずっと真っ白な部屋にいたせいなのだろうか、視覚的疲労に付け加えて精神的不安が相乗効果を発揮しているのか、少しのことで不安感が増幅してしまっている。
こぼれる冷や汗に不快感を感じながら、ケタケタ笑い出すカイムの一挙手一投足に集中しようと細く、長く息を吐いて心を落ち着かせる事に意識を割いた。
「悪魔を目の前にしているという恐怖、人質を取られているという不安、足元に広がる脅威、最悪のケースを想定した際の無力感。 いいっちね、最高だっち」
俺の不安を嘲笑うように、心底楽しそうに笑いながら両手を高々と掲げるカイム。
「せっかくだから教えてやるっちよ。 悪魔が悪感情を好む理由」
カイムは機嫌良さそうに鼻を鳴らし、玉座を立ちながらゆっくりと俺の元へと歩み寄ってきた。
「なぜ悪魔が悪感情を好むのか、それはただただ感情を食って腹を満たすためではないっち。 魔力はそれぞれ、生きとし生ける生き物の生命力。 魔術師が使う生命力を魔力と称し、仙術師が使う生命力は仙力と、精霊術師が使う生命力は霊力と呼ばれるっちね。 他にも、それぞれの物質には生命力が備わっていることから、仙術師たちは主に、大地に備わった生命力を、精霊術師達は自然に備わった生命力を使用しているわけだっち」
大地の力を借りると言われている仙力は、主に植物や土などに備わっている生命力を使っていると言うわけなのだろう。 同じく精霊術は自然から、空気や水に備わった生命力を借りている。
この程度は常識だから言われるまでもなく分かっている。 俺だって伊達にゲームをやり込んでいたわけではない。
「精霊術師や仙術師達が大地や自然の力を借りる理由は、それぞれの体内に保有している生命力が魔術師たちより少ないのが原因になっているっち。 その原因としては先祖が誰なのかを説明しないといけないわけだっちが、これに関しては言うまでもなく分かるっちね?」
ジュムフーリヤ帝国の魔術師たちには、古カスディム人の血が混ざっている。 古カスディム人はこの国に魔術を広めた人種であり、俺達ジュムフーリヤ帝国に住む魔術師達の祖先。
「お前らが信仰する魔術の始祖、古カスディム人は、どうして魔術という非常に生命力の燃費が悪い力を使用できていたと思うっち?」
カイムの問いかけの意味がわからなくて、俺は思わず首を傾げてしまったのだが、
「答えは簡単。 お前たちが信仰していた古カスディム人は、人の皮を被った悪魔だったからだっち」




