第67話 殺生を忌み嫌う妾は、多対一の状況に苦戦するのじゃ
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「ちくしょう! なんだってんだよこのバケモノは! 腹立つなー!」
「口を開くな畜生。 貴様のような愚物に、与える慈悲などないわ!」
超高速で動き回り、接近するだけで強力な静電気の衝撃を放ってくるシェンルゥは、もはや止める手段がなくサンドバックになりつつあるターイル。
「とろとろ歩いてねーで俺を守れ! 死者の軍勢!」
「死者を愚弄する愚か者が! 恥を知らんか!」
棺桶から今なお出現し続ける死者たちは見向きもせず、逃げ回るターイルを追い詰め腹部に強烈な蹴りを入れるシェンルゥ。
強力な静電気とともに二重で襲う物理的衝撃に白目をむきながら、お手玉のように吹っ飛んでいくターイル。
「ボコスカボコスカ殴りやがって! あぁほんっとうにムカつくなぁ!」
「激怒しておるのは妾だ愚物めが!」
すぐに立ち上がったターイルの側頭部に遠慮なく回し蹴りをお見舞いするシェンルゥ。 ターイルはとっさにガードモーションを取るのだが、蹴りの衝撃は緩和できても静電気による爆発は回避できない。
コロコロと地面を転がりながら、苛立たしげに下唇を噛む。
「禁書目録【第参の……」
「遅いと言っておろうが、たわけ」
渾身のかかと落としを脳天に喰らい、地面に顔面を叩きつけられるターイル。
魔術を構成する隙すら与えず、地面に顔を叩きつけたターイルの腹部を、間髪入れずにサッカーボールのように蹴り飛ばす。
うめき声を上げながら飛んでいったターイルは、数メーターをコロコロ転がりながら、蹴られた腹部を押さえて怨嗟の叫びを轟かせる。
「クソが! クソッ、クソッォ、クソッーォ、クソッーッォ、クソッォォォォォ!」
「やかましい、黙って悔い改めるが良い愚物」
腹を抑えながら起き上がろうとしたターイルの後頭部を遠慮なく踏みつけ、そのまま地面に顔面を叩きつけるシェンルゥ。
そのままグリグリと後頭部を踏みつけるシェンルゥの瞳からは、慈悲など一切感じられない。 だが、ターイルは真っ白な地面を鼻血で汚しながらも、無理やり首を傾け口を開こうとする。
「クソオンナが、僕をいたぶるのはそんなに楽しいかよ」
「いたぶるじゃと? これは罰じゃ。 貴様がこれまで行った悔いを懺悔させるためのな」
「はは、お前まさか……僕を殺すのが怖いのか? 臆病者め!」
シェンルゥは、この問いかけに対して瞳孔を開きながら、踏みつけていた足にさらに体重を乗せる。
しかしターイルはうめきながらも口をふさごうとしない。
「殺す勇気もないお前に裁きが下せるか? 自分の心情を相手にも共用するお前が、この僕を懺悔させるだって? それはそれは、傲慢と言うのにふさわしいうぬぼれだな!」
歯を軋らせながら、後頭部を踏みつける力を強めるシェンルゥ。 殺生を嫌うシェンルゥは、どうしようもない人間すら手にかけることができない。
心の何処かで改心してくれることを願ってしまい、行動に移せないのだ。 だからこそ優位に立てているはずのこの状況でも、足元をすくわれる。
「そらみろ、お前のその中途半端なお情けは、自分の首を絞めているんだぜ?」
「なっ!」
「そのまま拘束しろ!」
執拗にターイル本人を痛めつけていたシェンルゥは、棺桶から溢れ出ていた死者たちをほとんど倒していなかった。 お陰で死者の数は部屋を埋め尽くすほどまでに増えており、ターイルの問答に気を取られていたシェンルゥは既に取り囲まれてしまっている。
一斉に襲いかかってくる死者たちから逃れるため上空へと飛び退くシェンルゥだが、この無駄な挙動がターイルを自由に行動させるための隙になってしまう。
「禁書目録【第壱の罪】不殺生」
上空で身動きが取れないシェンルゥを狙い、五十を超える不殺生の黒球が顕現する。
慌てて体から放射する電撃の種類を変更し、磁場を生成して天井に張り付くシェンルゥ。
「ふざけんなよ! そんなのナシだろ!」
放出する電力で磁力を生成し、天井と自分が引き合うようプラスの電流とマイナスの電流を操作しているのだ。
激怒するターイルを横目に、何食わない顔で天井を走り出すシェンルゥ。 重力に逆らい地上での動きと寸分たがわぬ速さで天井を駆けているシェンルゥは、もはや雨のように降り注ぐ不殺生の黒球に当たる気配など一切ない。
ターイルは歯を軋らせながら漆黒の魔術書をめくり、次の策を講じる。
「禁書目録【第参の罪】不邪淫」
不邪淫は、この魔術にかかった相手に好意をもたせるという精神支配魔術。 しかしその発動条件は、この魔術によって発生させた光を対象に見させること。
「ネタが割れておれば怖くもなんともないわ、たわけ」
既にこの魔術の対抗策は、ここに来る途中のティメルの口から説明されていた。 よって不邪淫の構成式を見た瞬間、シェンルゥは目を閉じて部屋の天井を駆け回っている。
とは言え、視界が封じられたこの状況で。部屋中を埋め尽くすほどの死者の軍勢に囲まれてしまった。
シェンルゥが移動できる範囲は天井や壁だけに限定されてしまう上、目を閉じてしまえば踊るように華麗な身のこなしをするのは少々難しくなるのは確か。 いくら磁力によって天井や壁に張り付き重力の影響を受けなくなるとは言え、際限なく飛来してくる不殺生を避け続けるのはほぼ不可能。
そもそも、シェンルゥが使用する落雷法印は消費する仙力が非常に多いため、燃費良く戦うために生み出されたのが先日ティメルが作ったシェンルゥの傀儡人形だ。
天井や壁に張り付いていられる時間も、際限なく電撃を放射する回数も限られてきてしまう。
そんな中で、視界を塞がれてしまったシェンルゥは微弱な電波を発射してどこから不殺生が飛んでくるかを探知しつつ、できるだけ無駄な挙動をしないよう走り回って避けるしか方法がない。
(参ったのう、視覚を封じられれば死者が多すぎて地上に降りた瞬間捕まるであろうし、だからといってこのまま磁場を生成しつつ、電波による索敵を続けるのもジリ貧じゃ)
本当なら高圧電流でターイルを即死させてしまえば速攻で片がつくし。 なんなら、襲いかかる死者の軍勢すら高圧電流で消炭にして、再起不能にすることだってできる。
とは言えシェンルゥは殺生をきらう麒麟という幻獣だ。 すでに死しているはずの死者の軍勢ですら仕留めることはできない。
無論どうしようもない思考をしているターイルですらも、殺して簡単に解決してしまうことはできないのだ。
(厄介なのはあやつではなく、あやつが操る死者の軍勢)
限られた時間で、次々飛来してくる不殺生の魔術をかわしながら、対抗策を必死に探すシェンルゥ。
相手を殺さず、戦闘不能にして拘束するというのは非常に難しい。 殺傷術よりも捕縛術のほうが洗練された技術が必要になる。
相手との力量差がかなり開いていないと不可能なほどの難易度。 それでも、シェンルゥは麒麟であるという威厳を守るため、楽な道を選ぶなど断じてできない。
(そもそも、厄介なのは死者の軍勢を操っておるあやつではなく、死者の軍勢を操っておる魔術のほうじゃな)
ふと、シェンルゥの意識はターイルの手元に紐づいていく。
「ふむ、ものは試しじゃな。 失敗すればかなりやばいであろうが、妾の論理が正しければ、今後童との余興で真剣勝負をした際。妾が非常に有利になるであろう」
「何をブツブツと! ああうざったい、さっきまでの偉そうな態度はどうしたクソオンナ! ちょこまかしてねーでとっとと降りてこい!」
「慌てるでない愚物。 今すぐその愚かな口を塞いでやるわ!」
シェンルゥは張り付いていた天井に両手を添え、大量の仙力をすべて電流に変換する。
「ほうほう、ちゃんと流れるではないか。 ここが土の壁でなくて幸いしたわい」
にやりと口角を上げるシェンルゥ。 次の瞬間、シェンルゥの手から放出された膨大な電流が、天井を伝い壁へと流れ、そのまま床を伝い大広間全体へと伝わっていく。
絶縁体ではなく導体の素材を使用したであろう部屋の作りが幸いし、電流は部屋全体に伝わった。
無論、天井に張り付いているシェンルゥを見上げていた死者の軍勢だけでなく、怒りちらしていたターイルですら床を伝った電流の餌食になる。
「あ、アババッ、アバババババババッ!」
そうして流れた電流によって全身の筋肉は硬直し、死者の軍勢もターイルも、一時的な麻痺状態へと陥ってしまう。
電気の反射で高速で動けるシェンルゥにとって、一時的な麻痺は大きな隙になるのは自明の理。
「ほれ、これがなければおぬしのお得意な魔術は唱えられんだろ?」
身動きが取れないターイルの目前にひらりと着地したシェンルゥは、遠心力を乗せた回転蹴りで、ターイルの手元を蹴り飛ばす。
魔術書を持っていた手元を蹴り飛ばされたことで、禁術が記載されている漆黒の魔術書は、いとも簡単に宙を舞ってしまった。
それを眼球運動でギリギリ確認したターイルは、麻痺した舌で必死に声を出そうとするが。
「あへ、あっへふへ!」
「汚い口を塞ぐがいい愚物が」
禁書目録が手元からなくなった瞬間、大量に湧いていたはずの死者たちは黒い塵になって消えていき、開いていた棺桶の中へと吸い込まれるように消えていく。
ターイルは麻痺して塞げない口からダラダラとよだれを垂れ流しながら、全身から冷や汗を滝のように滲み出すが、残念ながらどうすることもできない。
動けないターイルに背を向けある程度距離を取るシェンルゥ。 すると、少し離れた位置で屈伸をしたり足首を入念に回して、優雅に準備体操をし始めた。
「さて、残り僅かな仙力を使い果たして、盛大にストレス発散させてもらおうかのう」
離れた場所から小走りで助走を取り始め、やがて残像を残すほどの速度で加速したシェンルゥは、目を見開いてうめき声を上げているターイルの目前に迫ると、勢いを殺さず飛び上がる。
「自らの行いを悔いるがよい愚か者が!」
渾身の飛び膝蹴りが、顔面に突き刺さる。 メキメキと音を立てながら顔面が陥没しそうな勢いで膝がめり込んだターイルは、強力な静電気による爆発音とともに吹っ飛んでいき、背後の壁を破壊してめり込んだ。
瓦礫の中から唯一出ていた足はひくひくしているが、頭の上ではお星さまが飛んでいることであろう。
それを見てシェンルゥは満足そうに鼻を鳴らし、
「これでいっちょ上がりであろうな!」
誰も見ていないにも関わらず、シェンルゥは今世紀最大のドヤ顔を作るのであった。




