第64話 ブチギレた仲間にビビった俺は、邪魔にならないよう丸投げする
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異空間収納から棺桶を取り出したターイルは、漆黒の魔術書を開きながら俺達を睨む。
「禁書目録【第玖の罪】不瞋恚」
第玖の罪・不瞋恚。 これは死者の体を無理やり動かすという道徳に反する最悪の魔術。
「何だべか! 棺桶の中からたくさん人が出てきたべ!」
「皆さんツギハギで青肌なのだわ! とっても不健康そうなのだわ?」
ゾンビのような人々が次々と棺桶の中から出てくる。 棺桶自体は成人男性が入れそうなくらいの大きさだが、起き上がってくる死者たちは機械的な動きでどんどん出てくる。
四次元棺桶と呼ばれていじられているあの棺桶内は、設定資料の説明によると異空間になっているらしい。
絵面が衝撃的なので死者の軍勢に目がいってしまいがちだが、この不瞋恚の面倒な点は死者を自在に操るというところではない。
「さあ蒙昧な死者の軍勢よ、僕にお前らの魔力を捧げろ!」
「マズイな、あのゾンビたちを片っ端からぶっ倒せ!」
俺は慌てて魔術大全を開き、広範囲攻撃の中で最も効率の良い鎌鼬の魔術を発動させる。
不瞋恚の本当に厄介な性能は、蘇らせた死者の魔力すらも自分のものにできること。 これによりターイルは他の大司祭とは比べ物にならない頻度で魔術を連射してくる。
攻略方法は出現する死者を根気強く倒しながら接近し、棺桶を破壊すること。
とは言え棺桶から出てくる死者の軍勢はほんの数秒で数十体に及んでしまう。 それにあの棺桶から出てくる死者は特殊仕様だ。
なぎ倒したところで再度蘇ってしまい、倒しても倒してもキリが無くなってしまうので持久戦になるのは必然。
「何だべかコイツラ! ぶっ倒しても傷が治っちまうべ!」
「不死身の軍勢というやつなのだわ!」
慌てふためく鬼蔵とれんぴっぴ。 そうこうしている間に、早速不瞋恚の洗礼を受ける俺たち。
「さあ、皆殺しの時間だ!」
超速再生中はターイルに魔力供給出来なくなるため、倒しても意味が無い訳では無い。
大量に湧いて出る死者たちの動きを止められるのも利点の一つだ。
とは言え、モタモタしてると自分たちの首も閉まっていく。
「禁書目録【第壱の罪】不殺生」
狂気的な笑みを浮かべながら不殺生を唱えるターイル。 しかし創り出したドス黒い魔力の球体は一つではなく、俺達の頭上に大量に生成された。
「あの黒い球ってこの前のやべー魔術じゃねーべか?」
「れんちょまが言っておりましたわ! あれに触れると絶命してしまうらしいのだわ!」
「そんなに速度はねーから注意してれば避けるのは難しくない。 けど、量が量だからなんとも言えねーよな」
こいつが厄介なのはこの不殺生の魔術を際限なく使用してくるという点に限る。 不瞋恚の魔術によって死者から供給された魔力が多ければ多いほど、この不殺生の球は増えていくのだ。
不瞋恚の一番厄介な点は、死者達が生前保有していた魔力をターイルが自在に操れるというところが最も大きい。
人ひとりの魔力量などたかが知れているが、操る死者が多ければ多いほどターイルが使用する魔力量は際限なく増えていく。
死者の体だけでなく、魔力まで生前の値を蘇らせるのが不瞋恚が面倒な魔術と言われている理由の一つ。
現在不殺生の球は目算で三十を超えるくらい。 まさに死の雨が俺達に降り注ごうとしている。
しかし、慌てふためく俺達と違い、一人だけ静かに怒りを滾らせる者がいた。
「これは、死者の冒涜じゃな」
背筋が凍るような殺意を感じ、慌てて振り返ってみると。 いまだかつて見たこともないような表情でターイルを睥睨するシェンルゥの姿が横目に映る。
「あの愚か者は、こんなにも多くの物を死に追いやったというのか?」
「やべぇ! 全員伏せろ!」
慌てて鬼蔵とれんぴっぴを伏せさせると、頭を抱えてうずくまった俺達の頭上を紫電が通過していく。
瞬く間に死者の軍勢は黒焦げになり、わんさか出てきていた死者達はその場に倒れ伏し、つかの間の静寂が訪れる。
「や、ヤバいべ。 姉御が、見たこともねーくらいブチギレちまってるんだべ!」
「シェンルゥさんのほうがよっぽど怖いのだわ!」
元々シェンルゥは、殺生を何よりも嫌う麒麟の幻獣だ。 死者を蘇らせ自分の魔力を増幅させるターイルの戦闘方法は、麒麟として生きてきたシェンルゥが何よりも嫌う戦い方と言ってもいい。
その証拠に、シェンルゥは見ているだけで恐怖を植え付けられてしまいそうな程の形相で、ターイルを睨めつけている。
「貴様、自らの愚かな行いを悔いる気はあるか?」
「この僕に説教か? 腹立たしいことこの上ない! まあいいさ、不殺生の雨を喰らって死にさらせ」
「鬼蔵、れんぴっぴ! 全力で逃げるぞ!」
浮遊していた不殺生の球が一斉に降り注ぐ。俺達は身をかがめたまま部屋中を駆け回り、これを必死にかわすのだが、
「ちょっ、シェンルゥ?」
「姉御! 突っ込んじまうのはあぶねーべさ!」
シェンルゥは脇目もふらずに不殺生の雨の中へと猛進していく。
逃げ回る俺達が、シェンルゥの暴走に困惑する。 しかしシェンルゥとてバカではない。
怒りで周りが見えないからと言って、あんな危険な魔術に触ってしまうほどのポカはやらかさないだろう。
「な、何だ貴様!」
不殺生の雨の中に猛進したシェンルゥは、踊るように体を捻らせながら不殺生の雨をスレスレで回避。 仙法を操れるシェンルゥは、落雷法印によって自らの筋肉に電流を流すことで、人間離れした超高速機動を可能にしているのだ。
雨のように降り注ぐ不殺生を全てすれすれでかわし、瞬く間にターイルの目前に迫るシェンルゥ。
「き、禁書目録【第漆の……」
「遅いわ、たわけ」
魔術を構成している最中のターイルの腹部に、強烈な肘鉄が突き刺さる。
苦悶の表情を浮かべながら吹っ飛んでいくターイルを横目に、シェンルゥはちらりと俺達へ視線を送った。
「童、こやつは妾が鉄槌を下しておく、先に進むのじゃ」
「いや、でもこいつの不瞋恚は一人で攻略するのは無理ゲーで……」
「今のが見えんかったか童。 このような愚物相手に、妾が遅れを取るとでも?」
あそこまで怒っているシェンルゥを見るのは初めてだ。 俺は思わず身震いしてしまい、慌てて首を縦に振ってしまう。
「行くぞ鬼蔵、れんぴっぴ!」
「ですが大親分、いくらなんでもあいつの相手を姉御一人に任せるのは……」
「確かに心配ではあるが、あの感じだとたぶん……おれたちが近くにいると邪魔になる」
れんぴっぴは小脇に抱え、鬼蔵とともに部屋の奥へと駆けていく俺達。 大広間の奥にあった大扉を蹴破り、またしても長々と続いていく真っ白な通路を駆けていく。
ちらりと振り返ったところ、黒焦げになっていた死者の軍勢は再生して立ち上がっていたのだが、シェンルゥが放出した雷に再度撃たれて吹っ飛ばされている。
俺達を先に行かせた理由は、おそらく今使っている落雷法印の効果と相性が悪いからだろう。
以前使用していた傀儡電雷ではなく、今回使用しているのは雷電放射と言ったところか?
麒麟の姿の時使用する雷電放射は、近づいた相手には強力な放電を、遠距離から攻撃しようとするものには落雷を。
近づけもしなければ離れて攻撃するのも困難な、麒麟本来の戦闘手段。 数々のプレイヤーたちを悲鳴の渦に包んだ最強形態だ。
気がかりなのはターイル達が使用する禁書目録の魔術。 不両舌は仲間を敵だと錯覚させる魔術だし、不邪淫は相手に好意を抱かせる魔術。
これにかかってしまえばシェンルゥはターイルのいのままに操作されてしまう可能性もある。
だから本当なら俺もあの場に残って戦うべきなのだろう。
だが、自然とあいつに任せれば大丈夫だと直感した。 根拠などないが、シェンルゥとは長い付き合いだ。
きっとシェンルゥならすぐに追いついてくれるはず。
後ろからターイルの怒声が聞こえてきたが、死者の軍勢も追ってくる気配はなく、俺達は長々と続く真っ白な通路をひたすらに駆け抜けていくのだった。




