第63話 管理場を進む俺達は、第一の刺客に遭遇する
❖
カイムに連れられて一度は入ったことのあるシィタンダンジョンの管理場。 一面真っ白な壁や床、天井から差す真っ白な灯りのせいで、恐らく光度は日光が照りつける外より明るいだろう。
悪魔が支配している割に清潔感のあるこの通路は、はっきり言って不気味にも映る。
「一本道だべ!」
「とは言え右に行くか左に行くか、どちらが正解なのか分からないのだわ?」
扉は一本道の途中に出る場所だ。 カイムに案内された時は右側の道に進んだため、自然と俺の足は右に向いてしまっていた。
改めて鬼蔵とれんぴっぴに指摘されて顔をしかめてしまう。
「この単純な作りとか、異様に怪しい光とかが何らかの洗脳効果でもあるのか?」
「可能性はゼロではないのう」
「念の為全員に精神統一をかけておくか」
念には念を置いて、俺は全員に精神統一の魔術をかけておく。
探索するにしてもこの管理場がどんな作りになっているか分からない。 話し合った結果、仕方がなく一度行ったことがある右側を進むことにした。
しばらく進むと石炭の自動生成システムがある部屋を見かける。
「ここは確か……」
興味本位で扉に手をかけてみるが、
「全然開く気配ないな」
「鍵がかかってる作りには見えないのだわ?」
扉は奇妙な絵柄が書かれたスライド式の扉だ。 扉を隅から隅まで調べても鍵穴は無い。
何らかの魔法がかけられていて、許可のないものが開くことが出来ない作りになっているのだろうか?
考えていても仕方が無いし、この部屋にカイムや聖マリヤム教の大司祭がいるとは思えない。 ひとまず俺たちは先に進むことを選択。
「それにしても、ずーっと同じ景色が続くから頭がぼーっとしてきちまうべ」
「魔術大全【第138頁】意識干渉構成式:精神統一」
「んなーっ! 突然何するんだべさ!」
「いや、念の為な」
恐らくカイムは意図的にこの通路を同じ景色にして、わざわざ通路を長くしている。
同じ景色が続くことで注意を散漫にし、通路全体を真っ白に統一することで精神に緊張感や疲労感を与えているのだろう。
一般的に白という色は清潔感やリラックス効果があるものだが、度が過ぎると目にも精神にも良くないのだ。
それに、ここいらの通路は明るすぎる。 明るすぎる部屋も視覚疲労やストレスの原因になりやすい。
この環境は長時間いればかなりのストレスを感じるだろう、長居すればするほど精神の抵抗力が衰えていき、カイムの洗脳の餌食になる。
「なんて性格の悪い仕組みなんだ」
「カイムも悪魔じゃからのう。 無意識に感じるストレスもやつの好む悪感情という事であろう」
なるほど理解できる。 それに何より不可解なのはこの通路の作りだ。
「ずっと真っ直ぐ歩いてるが、なんで10メーター以上先の光景はぼやけて見えねーんだろ」
周囲を注視してようやく気がついたが、この通路はずっと真っ直ぐ続いているにもかかわらず、目算で10メーター先あたりからぼやけて何も見えなくなるのだ。
その異様な光景が、不安感を増幅させていく。
「魔術大全【第138頁】意識干渉構成式:精神統一」
「ぬわぁっ! 突然何をするんじゃ童!」
「いや、念の為な?」
「脈絡もクソもなかったであろうが! せめて一言かけてからせんか!」
怒り出すシェンルゥにわりぃわりぃと適当に謝っていると、ぼやけていた通路の先に扉が見えてくる。
その光景に違和感を感じた。
「なんだ? 俺ら一本道しか通ってねーよな?」
以前カイムに案内されてここに来た時、ここにあるのは来客室のような小部屋だった。
あの時は特に警戒も何もしていなかったので気にしてなかったが、先程前を素通りした石炭自動生成システムがある部屋と同じ扉が通路の壁にあったはず。
その部屋で俺の苦悩見まみれた人生を熱く語っていたのだ、あのときはカイムはいいやつかも? とか思っていたが……
こんな白一色しかない通路に、景観を乱すような扉があれば見失わないわけが無い。
なのに、なぜ今俺たちは巨大な扉に突き当たっている?
「この扉、さっきのとは違う種類なのだわ?」
「童の話と違うのう。 いつの間にかかなりの距離歩いておったのか?」
「だとしても、こんななにもない場所に扉があったら誰も気が付かないほうがおかしいぞ?」
「どうしやす大親分? とりあえず中の様子だけ見て見やすか?」
「ちょっと待て、今考えてる」
キョトンとした顔で俺の返事を待つ三人。
突き当たった以上、この扉を開けるか、引き返すかの二択しかないのは確実。
だが、先程の違和感。 この通路の扉の位置が変わっていないと説明がつかないのだ。
10メートル先はぼやけて見えない一本道、そのくせ天井から差す光は昼間の日光よりも明るい。
こんな明るさなのに先が見えないということは、先が見えると不都合な理由があるということ。
推測するに、この管理場は同じ見た目の通路を、パズルのように組みかえている可能性も大いにあり得るわけだ。 ダンジョンに入った時点でカイムが俺たちを監視しているのなら、あいつが望む部屋にたどり着くよう誘導されていると考えるのが必然。
俺達は既に、このダンジョンに入った時点で、カイムの術中にハマっているのかもしれない。
だとしたら、この扉を開けたらあいつの思惑に見事ハマってしまう。
「えーいじれったいのぅ。 とっとと進んで攻略してしまおうでは無いか!」
「ちよっ、おい!」
どうしたものかと迷っていたら、シェンルゥが突然扉を蹴り開けてしまう。
「扉があるのなら、開きたくなってしまうものなのじゃ!」
「何その意味不明な衝動! 頭悪すぎだろ!」
シェンルゥが蹴り開けた扉の先には、通路と同じく全面白尽くしの大部屋。 そしてその白に反逆するように、氷色の法衣を纏った中肉中背の男が部屋の中心に直立していた。
「おちつけー、おちつけー、なかなか来ないからってイライラしちゃダメだぞー」
「うわ、マジかよ」
開口一番、深呼吸しながら怒りを沈めようとしている男を目にして、俺は思わず顔をしかめてしまう。
「おいっ、おまえっ! あーだめだダメだ、深呼吸深呼吸」
怒声を上げたかと思えば、再度深く深呼吸をしてから俺を指さす。
「人を長く待たせておいて、嫌そうな顔で僕を見るなんてさ、失礼だと思うんだ。 まずは、謝罪を要求するよ」
「なんじゃ? この小うるさい男は?」
「こいつが聖マリヤム教大司祭、ターイルだ」
聖マリヤム教大司祭、ターイル。 こいつはギミックさえ分かれば比較的倒しやすいのだが、その肝心なギミックがこの大広間には見当たらない。
ゲーム時代のこいつは、棺桶を持ち歩いていたはずだ。
「僕が謝罪を要求しているというのに、全く関係ないやつが話をさえぎってくるし。 僕の気持ちなど無視して、初対面のはずのやつから勝手に紹介されるし……」
とまあ、こいつは少々……というか超がつくほど面倒な性格なのと、使用する禁書目録の罪が非常に悪趣味なことから、プレーヤーからもかなり嫌われている。
まぁでも、初対面のやつから自分のことを適当に紹介されれば、普通のやつなら怖がるか怒るのは納得だ。 それはごめん。
ふるふると肩を震わせ始めたターイルは、空間を裂くように腕を振り回すと、
「げ、棺桶は異空間収納に閉まってる設定だったの? 初耳だわ」
「さっきからぺらぺらぺらぺらうるっさいなぁ! ああ、イライラする。 深呼吸深呼吸」
胸に手を当てながら大袈裟に深呼吸を始めるターイル。
シェンルゥはそんなターイルを嫌そうな目で見ながら、俺を肘でこずいて耳打ちしてくる。
「のう、こやつもしや……超面倒くさい男なのではないかのう?」
あかん、ターイルにはお約束と呼ばれる流れがあるのだが、簡単に説明するとこいつは——
「聞こえてんだよクソ女ァァァ! 誰が面倒くさい男だとぉぉぉぉぉ!」
——めちゃくちゃ地獄耳。
頭を掻きむしりながら怒号を上げるターイルを横目に、シェンルゥはしまったとばかりに顔をしかめている。
そう、こいつはいつも怒りを抑えるため話した後深呼吸を挟むのだが、面倒くさいとかいちいちだるいとか、そう言ったこしょこしょ話をするとブチギレるのだ。
「ぶっ殺してやるからな! このクソ女がァァァァァ!」




