第60話 自慢の家臣に助けられた俺は、感謝の抱擁を交わす
❖
「おら相手にそんな弱っちい魔物で勝てると思ってんだべか!」
「くっ、なんなんですかこの男は!」
不殺生の魔術を使ってきたワーキアに対し、近くにいたグールを鷲掴みして投げ飛ばす鬼蔵。
なんちゅう怪力!
動きが遅い鬼蔵でも不殺生の魔術くらいなら避けられるし、なんなら腕力が強い鬼蔵が投げる石ころも鉄砲玉並の威力になる。
ワーキアに近づくのが危険でも、遠距離からじわじわとダメージを与えることもできるし、魔術を使わず素の腕力で強い鬼蔵からすれば、魔術を使いづらくする不慳貪など怖くもなんともないだろう。
「なんて下劣な男!」
「なんとでも言うがいいべさ! お前見てーなチンケな魔術師なんて、怖くもなんともねーべ!」
俺もそのチンケな魔術師だし、なんならそのチンケな魔術師にぶっ殺されかけたけどな?
なーんて思いながら細目を送っていたら、どうやら俺の視線に気がついたらしい鬼蔵はあたふたし始めた。
「あ、いや! 違うんだべさ! あいつはチンケな魔術師だべが、大親分は賢いし優しいし、おいらみてーなやつでも親身に接してくれんだべから!」
慌てて弁明を初めてくれるのはいいが、前見てくれ前!
「おい鬼蔵! 不殺生飛んできてるぞ!」
「邪魔すんじゃねーべさこのもやし小僧!」
「うがぁ!」
近くにいたグールの頭を引きちぎり、そのままぶん投げる鬼蔵……って!
「頭引きちぎっちゃったの? やばすぎだろ腕力!」
「なんて野蛮な男なのでしょう!」
「おめ~の魔術はな、大親分の魔術と違って応用もクソもねーんだべさ! バカの一つ覚えみてーに一個の魔術しか使ってこねーおめ~は、怖くもなんともないんだべ!」
鬼蔵の煽りがよっぽど効いたのだろうか、ワーキアは歯を食いしばりながら悔しそうに顔をしかめている。
そんなワーキアなどお構いなしに、鬼蔵は頭——脳——をコツコツ指さしながら、相手を見下したような表情でとどめを刺しに行く。
「魔術の観点でみりゃー、おめーのほうがよっぽど野蛮だっペ!」
「己っ! 言わせておけば!」
目を血走らせたワーキアが禁書目録を開き、鬼蔵を指差す。
「禁書目録【第漆の罪】不両舌!」
第漆の罪、不両舌。 これは相手の意識に干渉し、味方を敵だと勘違いさせる魔術。 不邪淫と同じく発生した光を視野にいれると徐々に意識を掌握されるのが面倒な点。
これを喰らった鬼蔵は、数秒の間をおいて瞳を暗くしながらのっそりと俺の方に体を向けてしまう。
「はっはっは! バカめ! 啖呵を切っておきながら、貴様は信仰している主をその手で手に掛けるのだ! なんと哀れな……」
「魔術大全【第138頁】意識干渉構成式:精神統一」
なんかすまん、と思いながら普通に鬼蔵の意識を戻すと、ワーキアは口をパクパクしながら目をぎょっと開く。
「あ、哀れな……」
「ああ、ごめん。 この魔術はお前に使われても別に困らないじゃん?」
「あわ、あわ、哀れ……哀れ……」
形勢逆転したとばかり思っていたのだろう。 恐らく頭に血が上って俺がいるの忘れてたなこいつ。
鬼蔵の煽りは相当に苛ついていたらしい。 逆に哀れだったよ、ワーキアさん、なむなむ。
「何されたか分かんなかったけんど……」
口をパクパクさせながら思考停止しているワーキアの前に、ゆっくりと近づいていく鬼蔵。
「歯ぁ食いしばっとくといいべさ」
ホームランバッター並みの気迫でぎゅっと金棒を握った鬼蔵は、思い切り金棒を振りかぶり、
「オラぁぁぁぁぁぁぁ!」
思わず絵面がやばすぎて顔をしかめてしまう俺。 鬼蔵が放った渾身の一撃をもろに喰らったワーキアは、めきめきめぎぃっとエグイ音を立てながら体を横に九十度曲げたかと思ったら、残像を残して遥か彼方へと吹っ飛んでいくのだった。
それを見送った俺は、とりあえず一言。
「ホーーーーーッムラン!」
空の彼方でキラリと光るワーキアに、成仏しろよと手を合わせておくのだった。
❖
鬼蔵のお陰で絶体絶命の窮地を回避できた。
危うく死ぬところだったが、本当に鬼蔵のお陰で助かった。
「鬼蔵、マジで、マジで助かった。 本当にありがとう。 俺は……お前という部下を持つことができて、本当に、ほんっとうに幸せだぜ!」
「大親分……そんな、おいらなんかまだまだで、ぐすっ」
二人で泣きながら、熱い抱擁をかわす。
「ありがとう鬼蔵! 本当にっありがどぉぉぉぉぉ!」
「大親分! おいらは、おいらはぁぁぁ、うがぁーーーーー」
大泣きする鬼蔵に、何度も何度もありがとうありがとうと繰り返す俺。
そんな熱い友情を披露しているところに、突然脳を揺らすような声が聞こえてくる。
『兄貴、ゲンガーの旦那から連絡です! おいオリジナル! 何してんだよお前!』
「うぉ! 何だいきなり、精霊術の通信? なんでゲンガーから?」
ゲンガーの側にいたれんれんから、突然通信が入って驚く俺。
「ちょっと待て、俺のところに妖精小隊のメンバーがいねーから返事できねーぞ?」
「どうしたんだべか?」
「いきなりれんれんから通信があってな? れんれんってことはゲンガーからの連絡だろ?」
「ああ! そうだったっペ、大変なんだべさ大親分!」
れんれんはゲンガーとともにダンジョンの守りについている妖精小体の副頭取。
何かを思い出したように、鬼蔵が慌ててその場で足踏みをし始める。 慌てているのは分かるが、足踏みしてないで口を動かしてくれ鬼蔵。
『そのまま聞いて下さい兄貴、ゲンガーの旦那からの連絡っす! 繭居迷宮にカイムが攻めてきて、俺等だけじゃ守れそうにねぇ!』
驚きの報告を耳にして、目を見開く俺。
「さっき、えーとんーっと、おいら達のアジトに悪魔のちっせー子が来たんだっペ」
「ちょっとうるさい鬼蔵、今ゲンガーからの報告聞いてるから静かに!」
繭居迷宮の名前をとっさに思い出せなかったのだろうか? でもアジトとか言われると山賊感が増すからやめて欲しい。
『連絡が遅れてわりぃなオリジナル。 ダンジョンの見張りに着いてた連中もほとんど洗脳されちまってな、どうにかしようと俺達だけでもがいては見たが……さすがの俺でも、カイムだけならどうにかできたかも知れねーが、同時に聖マリヤム教の野郎どもも攻めてきやがってよ』
聖マリヤム教も? どう言うことだ?
今さっきワーキアは鬼蔵がふっ飛ばしてくれたぞ?
『攻めてきたのはカイムを中心に、大司教のターイル、ダジージャの二人だ。 なぜかしらねーがワーキアはいなかった』
ゲンガーは俺の生前の記憶も書き込んでいる、だから聖マリヤム教の攻略手順も知っているはずだ。
だからワーキアがいなかったと俺に伝えてきたのは、言外にそっちに行ったから気をつけろよと言いたいのだろう。 もう遅いけどな?
そこまで考えて、大司教達が宝州に集まった理由をなんとなく察してしまう。
『そんでたった今、最終回層も突破された。 報告の途中だが、わりーオリジナル。 おれたぶん、ここまでだわ』
「ちょっ! おい、嘘だろゲンガー!」
ここで俺が喚いたところで何も意味はないが、動揺を抑えるためには叫ぶしか無かった。
「大親分? まさか、まさかゲンガーの旦那は……」
鬼蔵が絶望的な表情を浮かべながら、恐る恐る俺に手を伸ばしてくる。
「ああ、そう言うことかよ」
始めから、大司教達の狙いはテオスでも俺でもなかった。 ワーキアのあの意味深な問いかけは、俺の注意を引き付けるためのフェイク。
本当の狙いは繭居迷宮に残してきたメイハオちゃん。 頑なに情報を隠してきたにも関わらず、メイハオちゃんの情報が漏れた理由なんて一つしかない。
カイムは、あの日俺のダンジョンに侵入してきた際、メイハオちゃんを見ている。 もし、大司教たちに力を与えた悪魔がカイムだというのなら、
「始めから、これが狙いだったわけかよ」
俺がいない隙を狙って、カイムが繭居迷宮を攻めたのだろう。 大司教達の狙いがテオスだと勘違いすると予測していたのだろう。
それを見極めるために、あの日あいつは俺のダンジョンに様子を見に来た。
「クソがっ! 急いで戻るぞ鬼蔵、近くに来い!」
「すんません大親分! おいらがもっと賢ければ……」
「お前は何も悪くない、悪いのは考えが甘かった俺だ!」
あの日カイムに連れられダンジョンに行った際、カイムは俺を洗脳しようとするだけで攻撃的ではなかった。 だから勝手に有効的なやつだと思い込んでいた。
悪魔だという時点で怪しむべきだったのに、軽い洗脳にかかってしまっていたのだろうか?
今原因を考えたところで、すでに遅い。
自分自身の失態に苛立ちながらも、俺は転移の魔術を構成するのだった。




