第5話 高難易度モンスターに遭遇した俺は、がむしゃらに足掻く
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全長二メーターを超える鹿のような体躯に、黄金の毛並み。 表皮には薄っすらと鱗が見えており、額からは螺旋状にねじれた一本角が伸びている。
「愚物、貴様は人間とは思えぬほど死を纏っておるな」
冷や汗しか出てこない。
麒麟さんは華ノ国にポップするレアモンスター。 こいつの特殊スキルは廃プレイヤーたちを悲鳴の渦にしていた。
特殊スキルによってプレイヤーが倒したモンスターが多ければ多いほど強化される、文句なしの高難易度コンテンツだ。
俺が覚えている魔術が八百ページ後半となれば、ゲーム内換算だとレベル的に七十後半。
「倒せないことはないが……逃げるのが吉と出た」
「愚かな、この状況で妾から逃げられるとでも思ったか?」
麒麟さんが首を振り回すと、複数の雷が発生し、俺の逃げ道に降り注ぐ。 ここは廃ダンジョンの最奥部のため、何分動き回るには適さない。
「しゃらくせえ!」
たまらず横っ飛びしながら魔術大全を開く。 ゲーム時代からよく使われていた小技だが、よく使う魔術はカスディム文字をあらかじめ構成しておき、後一文字書き込めば発動できる状態にできる。
いわゆる寸止め待機……省略して寸止めという技術だが、この世界でもその小技はほとんど常識に近い状態で認識されていたようで。
俺ももちろん便利な魔術は寸止めさせている。
まあ、寸止めすると魔力を無駄に食うため、本当によく使う魔術以外は寸止めしないほうがいい。 むしろ寸止めする魔術が多すぎるのは、逆に魔力効率が悪かったりもするから塩梅が難しいのだ。
「魔術大全【第677頁】混合構成式:窒素障壁」
魔力のコスパ、および発動速度、耐久値や発動継続時間、それぞれ防御魔術におけるメリット・デメリットを鑑みて、高レベルプレイヤーたちの中でもっとも使用率が高かった防御魔術。
更に嬉しいのは、この防御魔術は土壁と違い視界を塞がないし、術者に追従して発動し続けてくれる。
コックピットのようにドーム状に展開してくれる窒素障壁は、前方180度から飛んでくる攻撃を防いでくれる。 まあ、油断してると足元や背後からチクリとやられるが、そういうアホなミスは素人しかしない。
この魔術は窒素の塊で壁を生成し、相手の攻撃を防ぐという単純な魔術だが、優秀なのはこれだけではない。
「この障壁が壊れる前にもう一度窒素障壁を寸止めする!」
そう、窒素障壁はうまくローテーションすれば永続的に発動させ続けることができる。 とは言ったものの、相手の攻撃をむやみに受け続ければ一瞬で壊れるし、タイミングを間違えれば大事故が発生することもある。
よって魔術を構成しながらも気持ち程度の回避行動は必要になってくる。
駆け回りながら麒麟さんの様子をうかがいつつも、誤字が無いよう最新の注意をはらいながら窒素障壁を再構成していく。
すると、とんでもないことに気が付かされた。
「あんのクソッタレ! 出口に陣取ってやがる!」
麒麟さんは一つしか無い出口の前に居座り、角を振り回して雨のように雷を振らせている。
あの雷が魔術による現象創造構成式ならば反射なり強制停止などの魔術で妨害できたが、あの雷は魔術によるものではない。
麒麟さんの角に描かれている法陣が淡く光るたび、仙術によって発動された雷が際限なく降り注いでくる。
仙術は専門外だ。 もうすぐアップデートで仙術師にジョブチェンジできるかもとかいう噂はあったが、そのアップデートの前に俺はこの世界に転生してしまった。
だから仙術のイロハはちっとも知らない。
なにより攻撃の密度が高くて近づけない、その上俺はこの世界に来てからモンスターを大量に狩ってしまっている。 おそらく麒麟さんの強化倍率は最高値になっていることだろう。
「なんてこった、パンナコッタ!」
「何をわけのわからんことをほざいておる、ニンゲン!」
本格的にふざけている場合ではなくなった。
「全力で逃げたいところだが、出口は塞がれてるからなぁ」
弱音をつぶやきながらも窒素障壁の再構成は完了。 誤字がないことを確認して寸止めする。
先ほど展開した窒素障壁は未だ健在、効果時間は後数秒と言ったところだろう。
「数秒あれば十分だろうけどな」
なにも、後半にあるページだけが強力な魔術というわけではない。 魔術とは応用次第ではすべての魔術に運用方法があるため、プレイヤーたちは知恵を振り絞り、それぞれどの魔術がどういう時に有効なのかを検証し続けていた。
かつてはゲームだったため不可能だったり、修正を入れられて頭を抱えてしまったこともあったが、この世界に転生した今、ここは現実世界といっても過言ではないリアルさになっている。
何が言いたいかと言うと、破壊不可能なオブジェクトは存在せず、理論的に破壊可能な力を働かせれば、すべてのオブジェクトを破壊することが可能になったということだ。
「魔術大全【第72頁】力学干渉構成式:採掘!」
「なっ? っおのれまさかっ!」
「出口がないのなら……作るんだよ、出口をな!」
すまし顔で麒麟さんを睨みながら、採掘の魔術を発動させる。 この魔術は先程拠点作成の際、堀を作るのに使用した魔術。
粘土の土程度ならスイスイ掘ることができる。
ゲームだった頃は、このあたりはハウジング可能エリアではなかったため、粘土の土のくせに採掘を使用しても壁を掘ったり穴を開けたりすることはできなかっただろう。
ダンジョン内で採掘を使えば最強説を唱えたプレーヤーが、この仕様には散々文句を言っていた。
ハウジングでしか使用することがない採掘の魔法。 だが、ここは現実の世界になっているのだ。
「何をするつもりだニンゲン!」
「決まってんだろ! 逃げるんだよぉ!」
出口がないなら作ればいい。 俺は手近にあった壁に採掘の魔術を発動させ、脳内地図を参考にしながら斜め上へと掘り進めていく。 斜め上に掘っていけばいつかは地上にたどり着くだろう。
この魔術ならば、50メーター掘るのに30秒もかからない。 ダンジョンを探索したときの体感深度はおそらく200〜300メーターだった。 斜め上に掘り進めていけば五分以内には外に出られるはず。
「そう簡単に逃げられるとでも思うたか!」
無論、俺を逃がすまいと麒麟さんは追いかけてくるわけだが、掘り進めている穴は俺が通れるギリギリの大きさ。 二メーター超えの巨体を持つ麒麟さんは前足を器用に使い、穴を無理やり破壊してこじ開けながら追いかけてくる。
進む速さは歴然だ。 追いつけるわけがない。
「そして、俺は性格が悪いから更なる嫌がらせだ!」
物質創造構成式で作れるものは、何も物体だけに限らない。
簡単に説明するのなら、元素記号で表せるものならなんでも創造することが可能なのだ。
例えばそう、H2Oとか化合式で表現できるものならなんでもな。
「魔術大全【第39頁】物質創造構成式:創水!」
100ページ台の下級魔術だ。 この程度の構成式なら寸止めするまでもないし、俺が爆速で穴を掘り進めたため麒麟さんは遥か彼方で横穴をゲシゲシ蹴り飛ばすことしかできていない。
「おのれ! 卑怯者が! 正々堂々戦わぬかっ!」
「正々堂々? 笑わせんな。 こちとら生きるために必死なんだよ!」
俺が掘り進めた横穴に、大量の水が放出されていく。
魔力を込めれば込めるほど水は大量に生成できる。 つまり、魔力量がレベル70相当の俺が全力で魔力を注げば、水はたちまち溢れていく。
溢れた水は行き場をなくし、鉄砲水のような勢いとなって俺が掘っていった穴を流れ出ていく。
「卑怯者が! おのれっ、おのれおのれ! ヲノレェェェェェイィ!」
穴の途中まで追ってきていた麒麟さんの声がどんどん遠ざかっていく。
「前世の知識を舐めんなよ? たとえ高難易度のレアエネミーであっても、下級魔術でボコボコにできるくらいには賢いんだぞこっちは?」
義務教育を卒業しただけのオタクでも、魔術という奇跡があれば無双できる。
前世の知識という財産は、転生者たちを無敵たらしめるチートなのだから。




