第38話 何度も構成式を板書し続けた俺は、一つの可能性にたどり着く
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超伝導、伝導体を低温にすることにより電気抵抗をゼロにして、流した電流を効率的に使用することができるという科学的現象。
この方法を使用すれば少ない電力で傀儡電雷を使用できるうえに、傀儡体本体による電気攻撃すら可能にしてしまう。
地脈から引き出せる仙力はメイハオに劣るシェンルゥだが、ティメルの改造により強化された傀儡体は少ない電力使用で普段以上のパフォーマンスを可能にする。
「仕組みはよくわからんが、仙法頼りでどんくさい貴様にとって、超近距離戦を得意とする妾の分身体は厄介であろう?」
氷壁を幾重にも重ねて亀のように丸くなっているメイハオに、傀儡体は怒涛のラッシュをお見舞いする。
防戦一方になったメイハオは、氷の強度を上げるため地脈の力を氷の方に偏らせ始めた。 これにより下がり続けていた気温は上がり始め、変わりに強力な静電気による打撃では氷壁を破壊できなくなっている。
ちらりとティメルの様子をうかがうシェンルゥ。 ティメルは今なお黙々と魔術陣を構成しており、すでに四枚の土壁に魔術構成を成功させたらしい。
この調子なら問題なく時間を稼ぐことができるだろう。 シェンルゥは地脈から引き出した力を全ベットして、傀儡体にスパートを掛けさせた。
しかし、ずっと丸くなっていたメイハオが、突然怒声を上げながら立ち上がる。
「もうっ! シェンルゥお姉ちゃんもっ、大っー嫌いっ!」
メイハオが立ち上がると同時に、氷壁から巨大な棘が隆起する。 丸くなっていたメイハオを殴りつけていた傀儡体は突然隆起した棘によって全身を貫かれ、蜂の巣状態になってしまう。
「ティメル様、痛いのじゃ。 ティメル様、痛いのじゃ」
「黙らんかたわけ!」
不機嫌そうな顔で傀儡体の喉を麻痺させるシェンルゥだが、蜂の巣にされた傀儡体の貫通創から液体窒素が漏れ出ていき、全身を冷やしていた冷気が徐々に弱まっていってしまう。
こうなると電気の伝導力は衰えていき、燃費の悪い仕様に変わってしまう。 傀儡体は呼吸によって大量の窒素を接種、および肺に記された創気の構成式でも肺の内部で大量の窒素を作成し、それを凝縮して液体状にしてから血管に流しているのだが、漏れ出た液体窒素の量が多すぎるため、呼吸するだけでは精製が間に合わなくなっていく。
動きが遅くなった傀儡体は瞬く間に氷柱のマシンガンが直撃し、もはや動かせる状況ではなくなってしまった。
「ちっ、後もう少しだったというのに!」
壁によりかかりながらも気力だけで意識を保っていたシェンルゥだ。 今メイハオの攻撃が直撃でもしたら命に関わるのは言うまでもない。
慌てて逃走を図ろうとしたシェンルゥだが、
「もう、全員いなくなっちゃえ!」
メイハオが容赦なく氷柱を射出し、シェンルゥの背中を貫ぬかんとする。 横目に見ていたティメルは思わず腰を浮かせてしまうのだが、隣に控えていたユーティが慌ててそれを静止させた。
「お待たせいたしました! 只今戻りましたお殿様!」
メイハオが射出した氷柱を一刀両断し、元気よく声を上げるテット。 先程までテオスたちをダンジョンの外に放り出す作業についていたテットが、肩で息をしながら帰還してくれていた。
相当急いでくれたのだろう。 息が乱れている上に括っていた真紅の髪はボサボサだが、それでも外傷もなければ魔力の消費も少ない。
ティメルが後二枚の壁に事象回帰の構成式を記す時間は問題なく稼げるだろう。
この時はティメルもシェンルゥもそう思っていた。
「もうっ! みーんなしつこいっ! メイハオはっ、メイハオは一人になりたいのっ!」
「ちょ、それは反則でござろう!」
メイハオが先程までとは比べ物にならない量の仙力を放出する。
テットは慌てて土壁をドーム状に生成してメイハオを包もうとするのだが、土壁は豆腐のようにボロボロと崩れ去り、巨大な針山が完成してしまう。
部屋中すべての壁を貫く大きさの針山は、容赦なく部屋の隅で土壁に事象回帰を構成しているティメルも串刺しにしようとしていたのだが、
「させぬ。 主には、指一本触れさせぬ」
「ユーティ! 馬鹿野郎、無茶してんじゃねえ!」
ティメルをかばい、立ちふさがったユーティは、針山から伸びた無数の針によって全身を貫かれていた。
唸り声を上げながらも膝を折らず、刺さった氷の針を破壊しようとクナイを振るのだが……
「これは、魔術が通じん……」
「極寒法印【封撃滅討術】絶対氷棘」
メイハオはここ数日間で仙法の使い方をシェンルゥから習っていた。 その影響で完成してしまったのが封激滅討術。
この仙法によって発生させた氷は、あらゆる物質の機能を凍結させるため、魔力や仙力、および霊力ですらその機能を凍結させてしまう。
つまりこの氷を破壊するためには、魔術による強化ではなく、筋肉による物理的な力でしか破壊できない。
すっかり闇に染まった瞳で串刺しにされているユーティやテットをちらりと伺い、目を見開きながら歯を食いしばっているティメルを一瞥するメイハオ。
「魔術なんて、この程度で使えなくなる」
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ユーティが俺を庇ってくれたというのに、焦って魔術の構成にしくじった。
このままでは時間が足りない。 土壁に魔術を構成していくペース的に、後数十分は必要になる可能性が高い。
先程の失敗を合わせ二度も構成に失敗し、魔力も時間も無駄にしている。 焦れば焦るほど手元が震え、寒さのせいで集中力が途切れかけてしまっている。
フェイトが無理だと言ったにも関わらず無理やり戦わせ、大怪我を負わせ……
それだけではなく重症のはずのシェンルゥも、倒れそうな体に鞭打って駆けつけてくれて……
けれど、全員倒されてしまった。
ユーティは最後まで体を張って俺を守ってくれて、面倒事を押し付けたというのに嫌な顔ひとつせず請け負ってくれたテットの頑張りも無駄にして。
俺は、またしても構成に失敗した。
後二枚だったと言うのに、これさえ書ければメイハオちゃんを再度封印できたというのに。
雑念が思考を乱れさせる。 無駄な時間など一秒たりともないというのに。
もっと構成式の理解を深めていれば、構成式が何を意味しているのかを読解していれば、物質に魔術を付与する確率は上がったのかもしれない。
失敗を許されない極限状態だったにも関わらず、俺はまんまと失敗してしまった。 間に合わせる事ができなかった。
無力感に苛まれ、脳内が真っ白になる。
現実逃避をしたいのだろうか? 何度も書いてきた事象回帰の構成式へ視線を向け、内容へ意識を浸透させていく。
どうして失敗してしまったのか、どうして何をしても空回りしてしまうのか。 今更悔いたところでどうしようもない。
なぜ失敗したのかを考えたところで、時間は巻き戻せない。
事象回帰の魔術のように、この失敗を無かったことにできればどんなに楽だろうか。 失敗を無かったことにできる夢のような魔術があればいいのに。
そんな事をぼんやり考えながら、事象回帰の構成式を眺めていると……すーっと脳内にとある疑問が流れ込んできた。
「これは……魔術は五節のカスディム文によって構成されている?」
カスディム文字に意味があることは知っている。 創造構成式と干渉構成式を組むうえで、それぞれ別の形の文字体を使用することから、ある程度カスディム文字が意味することは容易に想定することができる。
そもそもこのカスディム文字は、この世界に魔術を広めた古代カスディム共和国で使用されていた言語だ。
古代カスディム人の血を引く上級貴族ならある程度の文字なら読解できるし、なんなら魔術大全に魔術を増やしていった先人たちは、このカスディム文字の意味を理解したうえで様々な魔術を構成していった。
魔導士しか使えなかった魔法を理論化し、誰でも使えるよう簡易化したのが魔術。 つまりカスディム文字を直感的に理解して感覚的に使用できるのが魔導士なのに対し、魔術師はカスディム文字の意味を理解したうえで論理的思考の元魔術を行使している。
刹那、事象回帰の構成式を眺めている最中、とある疑問を胸にいだいていた。
この魔術を構成しているカスディム文字を改造すればどうなるのか、またはこの構成式を分割し、組み替えればどのような効果に至るのかを。
シェンルゥは時間を稼ぐために倒れそうな体に鞭を打って必死にメイハオを食い止めてくれていた。 アレフやフェイトも、俺がこのカスディム文字を構成できると信じて全力で頑張ってくれた。 ユーティもテットも、俺を信じて体を張って時間を稼ごうとしてくれていた。
だから俺も、応えなくてはならない。
ああだめだ、どうやら余計なことを考えていたせいで、とんでもないことを思いついてしまった。
だから今は、この脳内に流れ込んできた馬鹿げた持論を信じるしかない。
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ゆっくりと歩き出すメイハオを睥睨し、ティメルはゆっくりと立ち上がる。
「仙人様は手に取るように仙方が使えるもんな。 お高く止まってんのかよ」
ティメルは鼻を鳴らしながら魔術大全を構える。
「確かに、俺は固有魔術なんて持ってねえし、魔術を構成するためにはいちいちカスディム文字を構成しないと奇跡が起こせない」
悪役貴族として設定され、物語中盤で闇落ちした状態でテオス達の前に姿を表す設定にされたティメルは、ずば抜けた性能など一つとして持ってはいない。
強いて言うのなら、闇落ちしてボスとして登場する際は、そこら辺のダンジョンで遭遇する階層主よりも魔力量が多くなっていたり、耐久値が高かったりするくらいだろう。
「けど、お前は知ってんのか? このカスディム文字一つ一つにどういった意味があるのか、この魔術大全に記されてる魔術の数々は、何を目的にして作られた魔術なのか」
バットエンド回避をするため必死に魔術の知識をかき集め、鍛錬し、そしてこの世界を駆け回っていた四年間の経験は、今のティメルしか体験していない財産。
「創金の魔術は金属を作れる。 だが鉄杭の魔術でも鉄という金属ができる。 同じ金属でも構成するカスディム文字は違うし、それは金属に限った話ではない」
ティメルは、魔術大全に載っていないある一つの魔術を構成していく。 その魔術のカスディム文字を見たところで、メイハオはどんな攻撃が飛んでくるかなんてわからないだろう。
「感覚だけで奇跡を行使するお前たちには分かんねーだろうな。 この構成式が何を意味するのか。 けれど、きっと魔術の知識がある奴らなら、大方の効能を想像することができるはずだ」
ティメルが魔術を構成し終えた瞬間、ユーティとテットは一瞬にして姿を消す。 瞬きする間にいなくなった二人を横目に、はじめて目を見開くメイハオ。
「魔導士と魔術師、仙術師と仙人の違い。 なんだか分かるか? 俺が思うにこの二つの職業は上位互換ではない。 階級的には下級職と最上級職とわけられるかも知れないが、下級職だろうと応用次第では上級職にだって引けを取らない性能を発揮することもある」
「もう……いちいちうるさいなー」
苛立たしそうにティメルの言葉を遮るメイハオ。 しかしティメルは怒りを秘めた瞳でメイハオを直視し、再度見たこともない文字列の構成式を空中生成し始めた。
「俺が思う魔導士と魔術師の違い。 魔導士は感覚で大魔法を構成するのに対し、魔術師は論理的に実用的な魔術を構成する。 知識を極める魔術師と、破壊を得意とする魔導士」
淡々と言葉を並べながら構成した魔術を安定させ、ティメルは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「さて、メイハオ。 俺の持論を踏まえた上で、あえてこう問いかけてやる」
気迫に気圧されたのか、それともなんとなく構成された魔術のヤバさに気がついたのか。 硬直して冷や汗をこぼしていたメイハオへ、ティメルは余裕を秘めた表情で問うた。
「お前は何を根拠に、〝魔術ごとき〟と蔑んだ?」




