第37話 満身創痍の相棒は、珍しくかっこいいところを見せてくれる
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本来、低体温症とは致死性の高い重大な疾病である。
深部体温……脳や臓器などの体の中枢を担う機能を正常に働かせるため、一定の温度を保たなければならない温度が存在するが、その温度が三十五度以下に達した際、低体温症という疾病が診断される。
他にもマイナス七度以下の気温に三時間以上さらされることで凍傷を発症させるが、メイハオが仙法を暴走させた際の最低気温は優にマイナス三十度に達する。
氷による直接的な攻撃も重なれば、三時間を待たずに凍傷および低体温症を発症してしまうだろう。 以上をかんがみれば、メイハオの氷による攻撃は非常に致死性が高い。
実際、ダレットの治癒を受けている四名のゲマトリア達は深部体温三十度を下回る重症に至っていた。 シェンルゥも例に従い今も体温が低い状態だ。
壁によりかかり立っているのがやっと、顔は青ざめ足取りもおぼつかない。 とてもではないが戦える状況とは言えないほどの深刻的ダメージを負っている。
「メイハオは、もうこんな世界嫌い。 何もかもどうでもいいの。 だから邪魔しないで」
「子どもの戯言じゃのう。 自分の思い通りにならなければすぐ投げ出す。 嘆かわしいことこの上ない」
壁によりかかりながらも、辛そうな顔色で無理やり口角を上げるシェンルゥ。
「童は貴様をどうにか救おうと躍起になっているようじゃな。 ユーティがうまく気流の流れをコントロールして体温をギリギリ正常に保っているようじゃが、それでは後十分と持たないであろう」
シェンルゥは小刻みに震えている腕をメイハオに向け、険しそうな顔のまま落雷法印を起動させる。
「じゃがのう、童が貴様を救うと決めたのならば、妾は全力を持ってそれを補助するしかないではないか」
本来、麒麟は殺生を嫌う幻獣だ。 故にこのマジフロというゲームでは、魔物を倒した数に比例して、シェンルゥは自らのステータスを上昇させるという特殊スキルを持っている。
始めの戦闘において、大量の魔物を倒していたティメルに対して強力な電撃を放てたのはそのスキルによるステータス上昇があったからだ。
メイハオは魔物を仕留めた経験は少ない。 だがメイハオを標的と定めた現在のシェンルゥのステータスは、ティメルとの戦闘時と比べて二倍以上に膨れ上がっている。
それは言外に、メイハオがティメル以上の殺生を行ったという事実に直結する。
「魔物も動物も、ましてや人の命も妾は同列に考える。 故に殺生を行う輩を好くことは断じてありはせん」
落雷法印によってシェンルゥの周囲に紫電が発生し、虚ろな瞳のまま立ち尽くしているメイハオを直視する。
「じゃがのう、童は自らを殺しにかかってくる輩すらも命を奪おうとせず、平和的な解決方法を望み続けておったのじゃ」
紫電はシェンルゥの背後へと伸びていき、そしてシェンルゥの隣に現れた影と連結する。
「そんな童と違い、おぬしは気に入らないものをすべて凍てつかせ、その生を奪おうとしておる。 妾はそんな貴様の極端な思考は、断じて肯定できん!」
シェンルゥが発生させた紫電は、背後から現れた人物へとまとわりつく。 以前ティメルが作成し、失敗作だと言ってすぐに最終階層に保管することになった、シェンルゥの分身体へと。
「妾が貴様に仙法を享受したのは、命を殺めるためではない……命を救うためじゃ。 よって貴様を指導した妾が直々に、その愚行を止めなければならん!」
「偽物の、シェンルゥお姉ちゃん?」
シェンルゥの隣に現れたのは、以前ティメルが作成したシェンルゥの分身体。 その分身体はゲマトリアを作成したときの経験を元に作られたものだが、決定的な欠陥があった。
ティメル好みのシェンルゥの性格にするため、いらない記憶を削除していった結果……この分身体は無駄にプライドが高い上に食べることしか考えないというポンコツになってしまったのだ。
だが、それは分身体を自由に動かせる状態にしている時に限っての話。 戦闘能力に関しては、オリジナルであるシェンルゥと遜色ない性能になっている。
「悔しいことに妾は動くのが精一杯じゃが、コヤツは童が創り出した分身体。 コヤツを妾の意思で操作することが可能ならば、おぬしに鉄槌を食らわせることくらい朝飯前なのじゃよ」
シェンルゥの仙法は、メイハオと同じく放出系の仙法だ。 雷を放出して操ることで攻撃するシェンルゥの落雷法印は、自らの意思で電撃を操作することができる。
「分身体の筋肉を刺激することで、妾はコヤツを遠隔操作しておれば良い!」
本来体は、脳から発生する電気信号によって稼働する。 その微弱な電気信号をシェンルゥ自らが操り、そして分身体をいのままに操作する。
「落雷法印【遠隔操作術】傀儡電雷!」
コントローラーでキャラクターを操るように、相手の挙動や分身体の挙動を視野に収め、最適なタイミングで分身体を操作する。 第三者視点から最適解を導き出し、的確なタイミングで強力な電撃をお見舞いする傀儡電雷。
シェンルゥがこのダンジョンに住み込むようになってから使用するようになった新戦闘スタイル。 分身体の核には魔水晶を搭載しているため、内蔵魔力も申し分なければ仙法を使用できるシェンルゥにとって、地脈の力を巧みに操ることは容易。
「仙法を扱えるのが仙人だけだと思うたか? 妾が伝説と謳われる幻獣であるゆえんは、妾が仙法を操れるからじゃと知れ!」
高位の幻獣は魔術や仙術ではなく、魔導や仙法を使用することができる。
これは魔界に生息する魔族たちの血を受け継いだ証明でもあり、血によって証明された才覚。
「試してやろうではないか、おぬしの極寒法印と、妾の落雷法印。 どちらが真に優れておるのかをな!」
シェンルゥの分身体が紫電をまとい、閃光のような速さでメイハオへと肉薄。
その体表には高圧電流を纏っており、周囲の気温を感じさせないほどの高温を発している。 その上分身体であるがゆえに凍傷や低体温症による被害を受けづらい。
よって今のメイハオにとっては、相性最悪の相手と称しても過言ではない。
「邪魔!」
まさかの肉薄を許し、目を見広げながらもとっさに氷壁を作成して防御態勢に入るメイハオだったが……
「遅い、背中ががら空きじゃ!」
瞬きする間に背後に回り込んでいた分身体は、メイハオの背中に強烈な肘鉄をお見舞いする。
人間と違い反射的に体を動かせる分身体は、生きている人間と比べると初動の差が歴然。 ましてやシェンルゥは第三者視点から戦況を確認できているため、メイハオの次の動きを予測したうえで対応することすら可能。
武術の心得もないメイハオは、この分身体の高速機動についていけるわけもなく、
「痛いっ!」
雷が落ちたような衝撃音とともに、痛みのショックで悲鳴を上げるメイハオ。
「貴様のおごりを力ずくで矯正してくれるわ!」
シェンルゥがピアノを引いてるかのような動きで両指を動かすと、分身体は滑らかな動きで飛んでいったメイハオを追撃する。
苛立たしげに眉をしかめたメイハオが手をかざすと、自らを守るように氷塊が出現し、分身体の突進を遮った。
しかし分身体はその氷塊を迷うことなく殴りつけ、氷塊を木っ端微塵に弾き飛ばした。
「教えてやろう小娘よ。 電気とは本来、あらゆる物質に存在する抵抗力というものに流れを遮られてしまう故、その威力を遺憾なく発揮することができぬものなのだ」
氷塊を破壊した分身体は、容赦なくメイハオに膝蹴りをお見舞いし、またしても落雷が発生したような爆音を響かせる。
とっさに出現させた氷壁によって間一髪防いではいるが、分身体の打撃は氷壁をいとも容易く粉砕している。
打撃の瞬間強力な静電気を発生させることにより、その威力を数倍にも叩き上げているのだ。 まともに喰らえば失神するレベルの電圧と衝撃。
意識を保っていられるのはメイハオが極寒法印によって自身の周囲を冷気で守っているからだろう。
しかしその冷気が、分身体を更なる強化状態へと貶めていることをメイハオは想像もできないだろう。
「実際問題、普通に落雷法印を使用しても、こんなに長時間分身体を操作することなどかなわん。 じゃがのう、ある一定の条件下ではその不可能を可能にすることができるのじゃ」
失敗作だと称されたシェンルゥの分身体は、シェンルゥ本人の希望によりとある改造が施されている。
「妾の分身体は全身の骨素材を金属に変えておってな、その金属には童直々に書き込んだ氷結のカスディム文字が記載されており、心臓部には特殊な創造構成式が記されておる。 その特殊な創造構成式により、妾の分身体は血液の代わりに液体窒素が流れるよう改造されておるのじゃ」
前世の知識により、ティメルは役に立ちそうでたたない一つの豆知識を有していた。
「超伝導、一定温度下にある金属は電気抵抗が0となり、流れた電気を半永続的に維持することが可能になる。 童いわく、科学のロマンという現象が存在するのじゃよ」




