第26話 状況把握に難航した俺は、とりあえず部下から過去の出来事を聞く
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それは、ヴァブが宝州に出張に出たばかりの際おきた出来事である。
「失礼いたしますもう一人の会長。 オリジナルの会長より命を受け、この宝州で活動する冒険者たちに廃ダンジョンへ入らないよう根回しし参りました」
宝州は三つの村が合併された都市になっており、ティメルの分身体が滞在しているのは都市の端っこに立てられた一軒家。
目立たないよう街路樹に囲まれている、鬱蒼とした林の中に建つ洋館を彷彿とさせるような一軒家となっている。
その一軒家の二階、ティメルの分身体が私室として使用している部屋の中に、さっそうと入っていくヴァブ。
部屋の奥で窓から差し込んだ灯りに照らされながらも、ゲームングチェアのような椅子にぐったり座っていたティメルの分身体は、不機嫌そうな顔でくるーっとゆっくり椅子を回転させながらヴァブの方へ視線を送った。
「なぁ、そのもう一人の会長って呼び方やめない? 俺はカードゲームで戦ったりしてないんだが?」
「そうですか、手が空き次第もってこいな呼び方を考えておきます」
「それで頼むわ。 んで、ヴァブは宝州の冒険者協会に根回しに来たとか言ったな?」
「ええ。 ここ最近ダンジョン内に貧弱な冒険者たちが訪れているようで、会長は困っておられます」
「オリジナルの俺はなにか言ってたか?」
「いえ、うっとうしいから来なくなるよう根回ししてこいとしか」
「あいつ本当にオリジナルかよ。 たっく使えねーなほんとーに。 引きこもってぐーたらしてっからいつも後手に回るんだろーが」
「なにかあったのでしょうか?」
眉間にシワを寄せながらも質問してくるヴァブに対し、分身体は皮肉めいた笑みを浮かべながら肩をすぼめる。 どうも分身体は、自分があくまで分身体である事実を認めているようで、少々やさぐれている傾向にあるのだ。
「なにかあったのでしょうか? じゃねーよ、ここに来るまでに見なかったのか? この街には指名手配犯が来てるみたいでしてねー、街のそこら中に張り紙が貼ってあったんですけど?」
「張り紙、ですか。 失礼、そのようなものにいちいち気を取られるのは時間の無駄かと思い、一切拝見しておりません」
「ちなみにその張り紙がこれです」
分身体は不機嫌そうに口をすぼめながらも、一枚の紙切れをひらひらさせた。 その紙切れを見た瞬間、ヴァブは血相を変える。
「こ、これは……」
「ウォンテッド……デット・オア・アライブ。 ティメル・シャプール懸賞金六億」
「六億……すごい懸賞金です。 さすがは会長!」
「驚くところそこじゃねーだろ」
瞳をキラキラ輝かせているヴァブを見て、分身体は呆れながら椅子に体重を乗せてしまう。
「失礼、もうひとりの会長。 一体こちらの張り紙はいつ頃から出回っていたので?」
「つい数週間前かな? きっかけは、この新聞を見れば分かるだろ」
ティメルが乱暴に投げた新聞を、あたふたしながらキャッチしたヴァブは、ふむふむと黒縁メガネをくいくい上げながら確認し、硬直する。
「んなっ、これは……」
「主人公様御一行が華ノ国へ入国しました。 名目上は華ノ国の視察らしいですけどねー」
「ああ、そちらでしたか」
「逆に、どちらだと思ってた?」
「いえ、こちらに化粧品の安売り宣伝がありまして。 最近忙しかったからお肌のケアを怠っていたなーと思い……」
分身体は何事もなかったかのように咳払いを挟み。 説明を続行する。
「恐らくこの入国理由は仮初の理由だろう。 本命は暗殺者を何度も差し向けても始末できない俺のオリジナルをぶっ倒すためだ」
「それなら宮廷魔術師たちや国家魔術師たちを編成したほうがいいのでは?」
「バカなのかなー。 そんな軍の戦闘特化部隊を大量に差し向けたら、華ノ国が戦争ふっかけられてると勘違いするだろうし。 密偵はジュムフーリヤ帝国内にも潜伏してる。 軍の魔術師達が動けば密偵がその動きを即座に報告しちまうだろう?」
「確かに、戦争が始まればティメル様に注意を割いている暇すらなくなりますからね」
「となると、軍に属していない、かつ宮廷魔術師や国家魔術師に匹敵する使い手を、違和感のない理由で送り込むしかない」
「それで、テオス・メルレイン達一行が選ばれたと?」
「まあな、オリジナルの父上様が働いていた悪事を暴いたという実績もあれば、危うく国が滅びかけたところを救ったなんて言う伝説みたいな活動記録を残してる連中だ。 実力は下手すれば国家魔術師以上だろう」
「名目上は学園所属で軍にも属していませんし、これ以上の実力者となると……」
いるわけがない。 マジシャンズ・フロンティアの推奨レベルを参照にすれば、ティメルの国外追放が行われた時点で、プレイヤー達の平均レベルは四十以上。
つまり今のテオスはレベル四十以上と考えていい。
宮廷魔術師や国家魔術師の平均レベルが三十前後だと計算すれば、テオスたちの強さはこの世界の常識に当てはめれば異常。
ゲーム時代もストーリー中盤になってくると、近代稀に見ない天才だとかマリヤム再来だとか騒がれる英雄っぷりだった。
レベル三十後半のエリート暗殺者たちで倒せない相手なら、それ以上の戦力をぶつけなければ倒せるわけがないだろう。
「魔術大国相手に分身体の首を差し出して騙せるわけがないんだ。 どうにかするなら国そのものをぶっ飛ばすか、迂闊に始末できない存在になるしか方法がないわけ」
「なるほど、でしたらこの宝州をさらに繁栄させ、国にしてしまいましょう」
ヴァブが真剣な顔でそんな事を言い出すのだが、分身体はキザったらしく指を振りながらチッチッチと舌をならした。
「はい、その考えはかなり上等な手段ですが、すでに手遅れになっています」
「と、言いますと?」
「ジュムフーリヤ帝国に先手を打たれたせいで、この街にはこの手配書が出回っているからです」
ヴァブは事の重大さにようやく気がついたらしい。
「まさか!」
「そのまさかだよ、わとそん君」
「あの、自分の名はヴァブですが?」
マジレス乙。 と言いたいところだが、残念ながらそんな突っ込みをできるものはこの場にいない。
分身体は再度咳払いを挟み、何事もなかったかのように話を再開させた。
「おそらくテオス君たちはすでにこの街に入っていて、俺のオリジナルに関する悪い噂を流している。 同時に冒険者協会に依頼でも出したんだろう。 そうじゃなかったにしても懸賞金六億の男が近くにいるとなれば、一攫千金を狙うバカどもが湧くのは当然のこと」
「冒険者協会を秘密裏に探りましょうか?」
「もう後手に回ってる時点で遅いね。 こうなったらダンジョンの守りをより強固なものにして攻略を諦めさせるしか方法はないでしょう? まあ、あいつなら余裕でできるだろうけどね」
肩をすぼめながらそんな事を言い始める分身体。 ティメルの記憶を書き込まれてはいるものの、この分身体はオリジナルと違って入念に情報収集やら聞き込み調査やらをしている。
分身体は魔術大全を持っていないため、使用できる構成式はティメルが体に書き込んだものしか使用できないが、それでもその戦闘力や魔術の応用力は群を抜いており、なんなら記憶力を頼りにカスディム文字の空中精製だって可能な超弩級のエリート魔術師だ。
むしろオリジナルよりも有能なのかも知れない。
「そんなわけで俺もここに長く滞在するのはマズイわけ。 俺は魔水晶の塊を核にして作られた魔造人間だが、ヴァブは俺のオリジナルがみずから魔力を練って作り出した魔造人間だ。 テオスに見つかったら面倒なことになるから早々にこの街を出て俺が調べたことをオリジナルに知らせてくれる?」
「かしこまりました。 ですが、これからもうひとりの会長は一体どうするおつもりで? 手配書で顔が割れてしまっている以上、この街に長居するのは危険かと存じますが?」
すでにレポートにしてまとめていたらしい。 数枚の紙束をヴァブに渡しながらも、分身体は猫のように大きな背伸びをし始める。
「まあ、俺は気長に放浪旅でもしてよっかな?」
諦めきったような顔で窓の外をジーっと見つめる分身体。 儚げな分身体の横顔を見て、ヴァブはなんと声をかければいいか迷っていたようだが……
少々相手の捜査網を侮っていたようだ。
突然の爆音とともに、一軒家の半分以上が消し飛び巨大な砂煙が発生する。
「あれれ、完全に不意をついたつもりだったけど……さすがはティメル君だ。 防御魔術の展開がものすごく早いし無駄がない」
瓦礫の山の上に立っていた一人の少年が、爽やかな声でそんな事をつぶやく。 とっさにヴァブを抱きかかえ、窒素障壁を展開していた分身体は、障壁に乗っていた瓦礫を吹き飛ばしながらも苛立たしげに顔をしかめた。
「フライングだぞ爽やかイケメンめ。 クラスメイトとの懐かしの再開なんだ、挨拶くらいしたらどうだ?」
「おやおや面白いことを言うね。 君、ティメル君本人じゃないだろ?」
一瞬にして分身体であることがバレている。 分身体は思わず引きつった笑みを浮かべながら手のひらを返した。
「これはこれは、さすがは救国の英雄、テオス・メルレイン様ですこと」
「お褒めに預かり光栄だよ、最悪の極悪貴族、ティメル・シャプール君。 ところでさ、君を尋問すれば……本体がどこにいるか教えてもらえるのかな?」
瓦礫の山に立っていた救国の英雄は、氷色の髪を風になびかせながら、その透き通った銀の瞳で分身体を俯瞰していた。




