第18話 周辺の地理を調査し始めた俺は、新たな計画に乗り出す
❖
「ティメル様? 妾はお腹が空いたのじゃ」
「村に着くなり飯にたかるな。 設定ミスってんじゃねーか?」
華ノ国辺境の村に、濃灰色のローブを纏った二人組が現れた。 ローブは全身を覆い尽くすような丈になっており、二人共フードを目深に被っている。
「ティメル様、妾は空腹なのじゃ」
「言い方変えてもだめに決まってんだろ、やっぱり記憶付与はもう少し研究しないとだって忠告しておかねーとな」
ティメルと呼ばれていた少年は、顎を撫でながら困った顔をしている。 そんな二人組へ、村の入口を徘徊していた青年が首を傾げながら歩み寄っていく。
「オメーらここらじゃみねー顔だなぁ。 冒険者かなんかかー?」
「なにを言っておる無礼者、妾が冒険者などという下等種族なわけがぁーっひゃあぁぁぁ!」
「お気になさらず。 僕達はちょっと道に迷っただけの冒険者ですので」
少年は目にも止まらない速さでカスディム文字を形成し、指先から青白い稲妻を射出していた。 しかし一連の動きが早すぎて青年には見えなかったらしい。
青年は突然奇声を上げ始めた娘に驚きながらも、話が通じそうなティメルと呼ばれた少年へ視線を向ける。
「こんななんにもねー場所で迷子になるだなんて、おめーらは相当な方向音痴か物好きなんだべなー」
「いえいえ、えーっとですねー。 あーその、僕たちはこのあたりにある遺跡を調べておりましてね」
「あー、たまにこの辺の調査に来る学者さんってやつか、つーことはおめーさんら、学者さんの護衛でもしてんだべか?」
一人で納得しながらぽんと手を打つ青年を鋭い目つきで観察するティメルという少年。
「まあ、そんなところです。 ちなみに、この村に宿はありますか?」
「宿はねーんだけども、まあ泊まる場所がねーんなら、おれんちの空き部屋に泊まってくといいべさ」
初対面だと言うのに快く旅人を家に招いてしまうあたり、青年の人の良さが全面に出ている。
ティメルという少年は納得したように大きく頷いた。
「それはとても助かります。 では、お邪魔させてもらいましょうか?」
「気にすんでねー。 ところで、おめーさんらが護衛してるっちゅー学者さんはどこにいんだべか?」
質問されたティメルという少年は、ギクッと肩をはねさせた後、しばらくの沈黙を挟んでからキョロキョロと忙しなく周囲の様子を伺い、おずおずと口を開いた。
「学者様は、そう……現在遺跡を探しているため、あっちの山に入ってます」
山っぽい場所を指さしながら、額に薄っすらと汗を浮かべるティメルという少年。
隣で背中をスリスリと擦っていた黄金の髪を伸ばした娘は、明らかに動揺しているティメル少年を見て、何事もなかったかのように口を開いた。
「ティメル様、妾はお腹が空いたのじゃ!」
❖
廃ダンジョンの最奥部、ぼんやりと光を放っているガラスの水晶玉をみながら、俺は盛大なため息を付く。
「シェンルゥの複製体はバグってんな」
「ふはははは、妾のように徳の高い存在は、童の分身魔術程度では再現できなかったようじゃな!」
ユーティが教えてくれた村を調査するために、俺は分身の魔術を改造し、記憶付与の構成式を施すことに成功した。
この分身体は俺の変わりに外を調査するために作ったものだ。 なので自分で思考して行動してくれないと困る。
そこで応用しようと思ったのは、ゲマトリアを作成する際使用した記憶付与の構成式だ。
本来ならこの魔術は自分が見たり感じた記憶を他人に見せるためのもの。 だがこれを魔造人間に付与することで、それぞれが異なる性格や考え方を持つようになった。
そこで、俺が持っている記憶を俺の分身体にそのまま付与すれば、自ら思考して行動する、本物に限りなく近い俺の分身体ができると仮定した。
そうして今、それの実験をしつつモニタリングをしている。
ちなみにシェンルゥに関しては、できるだけこいつのムカつく部分を排除して、できるだけ愛着を持てる分身体にしたかったのだが……
「こいつは失敗だ。 早々にアジトに戻ってもらうとするか」
「妾に混ぜものをしようとするからであろう」
なぜかドヤ顔を向けてくるシェンルゥだが、それはさておき問題が発生している。
「学者役の誰かを向かわせないとな」
「ふむふむ、童の分身体が慌てふためいておったものな」
「さすがは俺だ、あの場面でよくもまああんな違和感のない嘘が思いつくものだ」
「のうおぬし……もしや貴様、バットエンド回避するために奮闘した数年間、今みたいなやり過ごし方をしていたのではないか?」
「あ? あの分身体には俺の記憶を丸ごと付与してるからな。 はたから見ると俺ってこんな感じなのか? めっちゃ賢いじゃないか!」
最高に頭の良い濁し方だと思ったが?
「そ、そうか。 それはまあ、苦労したのであろうな」
なぜか知らないがシェンルゥが可愛そうなものを見るような視線を向けてくる。 なんなんだこいつ。
「そんなことより俺の分身体がせっかく村人たちの情報をかき集めようと奮闘してるんだ、モニタリングしている俺達はこれをサポートしなければ!」
とは言ったものの、このダンジョンに入るメンバーの中に、学者っぽい見た目のゲマトリアはいない。
「衣装に関してはアレフかヴェートあたりがササッと作ってくれそうだが……」
「学者というからには頭が良いニンゲンが多いのであろう? ってことはヴァブしかおるまいて」
シェンルゥは手のひらを返しながら提案してくる。
なるほど、確かにこのダンジョンの開拓計画や今後の方針を決める際、五階層を担当しているヴァブにいろんなことを任せている。
「確かにあいつなら服装をそれっぽくすれば学者っぽくなるかもな」
シェンルゥの割にはいい案だと素直に感心してしまい、早速とばかりに立ち上がる。
「ちょっとシェンルゥ、俺はヴァブ呼んでくるから代わりにモニタリングしててくれ」
「よかろう、ついでにヴェートママに頼んで茶菓子を持ってきてくれんかの」
完全に映画鑑賞モードになっているシェンルゥを横目に、俺は小さくため息を付きながらも五階層へとつながっている転移陣へ乗っかったのだった。
❖
「会長、突然顔を出したので何事かと思えば……随分な無茶振りを指示してくれますね?」
事の成り行きを説明するやいなや、黒縁メガネをクイクイ上げながら嫌味を吐かれてしまった。
このメガネっ子が先程話しに上がったヴァブであり、リクルートスーツを纏ったゲマトリアのインテリ担当だ。
青黒いストレートの髪を腰の辺りまで伸ばし、前髪をセンターパートにしているスタイルのいい美女。
彼女に任せているのはダンジョン内開拓計画の立案や、前半階層防衛時の現場指揮権。 担当する階層が五階層と言う中間地点のため、戦闘特化に作成した一〜四階層の脳筋たちをまとめるための役割を与えている。
俺の前では小言ばかり吐くが、実は俺がいない所では乙女チックな一面を見せるというなかなかにこだわった内面になるよう記憶を書き込んでいる。
そのため、生みの親である俺はこんな風に嫌味ったらしく小言を言われても、笑顔でスルーすることが出来るのだ。
「そう冷たいこと言わずに、頼みますよヴァブさん。 あんたしか頼めるゲマトリアが居ないんですよー」
「そ、そんなこと言われましても、自分は学者ではありませんし……」
「でもヴァブさんは頭もいいし、見た目も凛々しいし、何より頼んだ仕事は完璧にこなしてくれる信頼感がありますからねぇ」
すりすりと、ゴマを擦っていると、徐々に口元をへにょへにょと歪ませていくヴァブさん。
「ま、まぁ? 自分ならユーティのようにヒソヒソ情報を集めるのではなく、村人たちと会話や駆け引きを混じえての情報収集は出来ると思いますが?」
「さっすがはヴァブさん! やっぱり頼む相手はヴァブさんしかいないよ!」
「そ、そこまで言われたなら仕方がないですねぇ。 ユーティの地図を貸していただけますか? 仕方がないのでそれぞれの村とも友好関係を築き上げ、特産品の物々交換などをして交易もできるよう手配致しましょう!」
「そんなことも出来るのか! さすがヴァブさんだ!」
「ふふーん? 別にあからさまに褒められたところで、自分はちっとも嬉しくは無いですが……まぁ、気持ちだけは頂いておきましょうかね?」
体をゆっさゆっさ揺らしながら頬を朱に染めるヴァブさんを見て、こいつくっそちょろいなと思う俺であった。




