EP 8
奴隷契約の完全論破と『貧乏神』の覚醒。お賽銭型掃除機が悪徳プロデューサーの全財産を吸い尽くす!
ポポロ村の中央広場。
悪徳商会『ダーク・プロモーション』の社長ドルゴが突きつけた分厚い奴隷契約書を、天木桜はこともなげにひったくり、ノート型の魔導端末でスキャンした。
「なっ……! 返せ! それは機密文書だぞ!」
ドルゴが血相を変えて手を伸ばすが、桜の足元から展開された淡い魔力の壁に弾き返される。
桜の瞳の奥で、『魔導Excel』の関数が凄まじい速度で展開されていた。彼女は空中にホログラムのように契約書の文面を投影し、問題のある箇所を次々と赤字で染め上げていく。
「さて、ドルゴ社長。随分とまぁ、昭和の悪徳プロダクションも真っ青の、バグ(違法条項)だらけの『紙切れ』をお持ちになったのですね」
桜は、かつてボルドー局長を社会的に抹殺した時と同じ、極上の――そして絶対零度の営業スマイルを浮かべた。
「まず第4条。『乙の配信収益およびグッズ売上の99%は甲の取り分とする』。……これはルナミス帝国労働基準法第12条『優越的地位の濫用による不当搾取の禁止』に完全に抵触しています。無効です」
「ち、チィッ……! 田舎の役人風情が、法律を盾にする気か!」
「さらに第8条。ポポロ村の全特産品の流通権利の無償譲渡。……これはもはや契約ではなく、独占禁止魔導法違反を通り越して『強盗の予告宣言』ですね。そして極めつけは第12条の違約金一括支払い条項ですが――」
桜はキーボードをカチャカチャと叩き、さらに別のデータを空中に並べた。
「この契約書に記載されている貴方の商会の振込先口座。ルナミス帝国ではなく、租税回避地である海皇諸島のダミー口座になっていますね? つまり、貴方はこの契約を通じて、帝国への納税を逃れる気満々だったわけです」
「な、なぜそれを……ッ!?」
ドルゴの顔から、さっと血の気が引いた。
「私を誰だと思っているんですか? 帝国のすべての予算と金の流れ(物流)を管理する、国家財務総局の事務官ですよ。こんな初歩的なマネーロンダリングの偽装、魔導ExcelのVLOOKUP関数を回せば3秒で矛盾を吐き出します」
桜はため息をつき、手元にあった分厚い契約書の束を、ビリビリッ! と容赦なく真っ二つに引き裂いた。
「こ、このアマぁぁっ! 俺の完璧な計画を……!」
「こんなバグだらけの契約書、うちの部署なら即シュレッダー行きです。……リーザちゃんを騙し、この村の利益を不当に吸い上げようとした罪は重いですよ、ドルゴ社長」
完全に論破され、退路を断たれたドルゴ。
だが、彼は帝都の裏社会をのし上がってきた悪党である。論理で勝てないと悟るや否や、今度はその『財力』と『暴力』で場を制圧しようと牙を剥いた。
「……ふざけるな。たかが事務官が、この俺に説教を垂れる気か! 俺の背後には、神界の『炎上神ワイズ』様がついているんだぞ!」
ドルゴは懐から、ジャラジャラと音を立てる大量の金貨が入った袋を取り出し、地面に叩きつけた。
「金だ! 金が欲しいんだろうが! この村ごと買い取ってやる! そしてそこの芋ジャージの小娘! お前もだ!」
ドルゴは顔を真っ赤にして、リーザを指差した。
「泥だらけになって野良犬と飯を奪い合うような貧乏人が、俺の庇護なしでトップアイドルになれるわけがねえ! 施しを受けないだと? 笑わせるな! お前は一生、みかん箱の上でパンの耳をかじって惨めに歌い続ける運命なんだよ!」
その暴言が広場に響き渡った瞬間。
「……パンの耳を、舐めないでいただきたいですの」
それまで桜の後ろで庇われていたリーザが、静かに一歩、前へと歩み出た。
タローマン製の健康サンダルが、コツン、と冷たい音を立てる。
「リーザちゃん……?」
桜が振り返ると、そこには、いつもの天真爛漫な人魚姫の姿はなかった。
エメラルドグリーンの瞳には、底知れぬ怒りと、アイドルとしての――いや、極限のサバイバルを生き抜いてきた『貧乏神』としての、異様な威圧感が宿っていた。
「パンの耳は、少しの砂糖をまぶして揚げれば立派なおやつになりますし、茹で卵と雑草サラダは完全食ですの。それに、私は施しを受けないとは言いましたが、奪い取る(タダで貰う)ことに関してはプロフェッショナルですわ」
リーザは両手を腰に当て、ピンクの芋ジャージの胸を張った。
「私が歌うのは、ファンの皆様の人生(時間とお金)をすべて奪い尽くして、その代わりに宇宙一の幸せをあげるため。……でも、貴方のように、ファンを騙し、村の皆さんの優しさを食い物にしようとする悪党には、幸せな時間なんて一秒たりとも与えませんの!」
リーザの体から、黄金のバフの光とは全く違う、禍々しくも神々しい『どす黒い紫色のオーラ』が立ち上り始めた。
「な、なんだその不気味な魔力は……っ!?」
ドルゴが後ずさりする。
「お見せしましょう。常にギリギリの生活を生き抜く私に宿った、ユニークスキル……『貧乏神』の力を!」
リーザが両手を天に掲げると、彼女のステータス画面が空中に顕現した。
【ユニークスキル:貧乏神】
・悪運耐性:MAX(運は良くならないが、どんな理不尽な悪運にも耐えうる)
・専用武装:『お賽銭箱型掃除機』
「来なさい、私の相棒!」
ポンッ! という間の抜けた音と共に、リーザの手元に奇妙な魔導具が召喚された。
それは、神社に置かれているような木製の立派な『お賽銭箱』に、なぜか車輪と、長い掃除機のホース(吸引管)が取り付けられた、極めてシュールな代物だった。
「な、なんだそのふざけた箱は!」
「ふざけてなんかいませんの。これは、五円(ご縁)のない悪党からすべてを没収する、恐怖の集金マシーンですわ!」
リーザはお賽銭箱型掃除機のホースをドルゴへと向け、取っ手についているスイッチを『強(MAX)』に押し込んだ。
「さあ、貴方の全財産、電子マネー、隠し財産、そしてその小賢しい運気まで! まとめて回収させていただきますの! スイッチ、オォォォンッ!!」
ギュイィィィィィィィンッ!!!!
お賽銭箱の投入口から、ダイ○ンもかくやという凄まじい轟音を立てて、超強力な『吸引トルネード』が発生した!
「ひゃああっ!?」
ドルゴが悲鳴を上げる。
物理的な風ではない。その掃除機が吸い込んでいるのは、対象の『概念としての富と運気』だった。
まず、ドルゴが地面に叩きつけた金貨の袋が、中身ごとズルズルと吸い込まれていく。
「ああっ!? 俺の金貨が!」
「まだまだ吸い込みますわよ! 次は電子マネーと隠し口座ですの!」
チャリン、チャリン、チャリーン!
ドルゴの懐に入っていた魔導カード(ブラックカード)が宙に浮き、お賽銭箱へと吸い込まれる。さらに、空中にデジタル数字の羅列が浮かび上がったかと思うと、それらも次々とホースの中へ消えていく。
「や、やめろぉぉ! それは海皇諸島に隠していた俺の裏金……! アイドルたちから搾取した俺の血と汗の結晶があぁぁっ!」
「悪いお金は、世の中に還元(お焚き上げ)するべきですの!」
リーザの容赦のない吸引は止まらない。
お賽銭箱型掃除機は、ドルゴの身につけている高級な毛皮のコート、仕立ての良いスーツ、さらには手にはめていたダイヤの指輪に至るまで、彼を構成する『富の象徴』を次々とひっぺがし、飲み込んでいく。
「あ、ああ……! 俺のVIPポイントが……マイルが……!」
数秒後。
広場に立ち尽くしていたのは、高級スーツを剥ぎ取られ、みすぼらしい下着姿(しかも穴が空いている)になったドルゴだった。
彼のステータス画面からは、金銭だけでなく『運気』すらも完全に吸い尽くされ、【所持金:0】【運気:大凶】という悲惨な文字が点滅している。
「ふぅ……。お掃除、完了ですの」
リーザがスイッチを切ると、お賽銭箱型掃除機は「チーン」とありがたい音を鳴らして、ポンッと虚空へ消え去った。
「す、すごい……」
桜はポカンと口を開けていた。
「ドルゴ社長の資産が、本当に文字通りゼロ(完全没収)になりました……。ちなみにリーザちゃん、その吸い込んだお金はどこへ行くの?」
「んー? さあ? 私の懐には一円も入りませんわ! どこかの恵まれない人たちのところに飛んでいったんじゃないですか?」
「自分の利益にはならないんだ……」
あまりにも無欲(?)というか、貧乏神らしい能力の仕様に、桜は苦笑するしかなかった。
「あ、あああ……俺の金……俺の地位……! 俺のすべてが……っ!!」
全財産と運気を完全に奪われたドルゴは、下着姿のまま膝から崩れ落ち、頭を抱えて発狂したように叫んだ。
理詰めで退路を断たれ、物理的に全財産を消滅させられる。悪徳商人にとって、これ以上の地獄はないだろう。
「これで、もう悪事は働けませんわね。大人しく帝都に帰って、一からパンの耳でもかじって出直してきなさい!」
リーザが腕を組み、フンッと鼻を鳴らした。
だが。
すべてを失い、どん底まで突き落とされた人間の『絶望』は、時に理性を完全に吹き飛ばす。
「……ふざけるな。ふざけるなァァァァッ!!」
ドルゴは血走った目で立ち上がり、狂ったように叫んだ。
「俺はダーク・プロモーションの社長だぞ! こんな田舎村で、底辺の小娘と小賢しい事務官にコケにされてたまるか! 金がなくなったなら、お前たちを物理的にひき殺して、この村の特産品を力ずくで奪い取ってやる!!」
ドルゴは懐から、真っ黒な禍々しい魔石を取り出し、それを地面に叩きつけた。
「やれ! 傭兵ども! そして俺の最高傑作(違法兵器)、『殺戮魔導ゴーレム』よ! あの生意気な女どもを、跡形もなくすり潰せェェェ!!」
ズゴォォォォンッ!!
広場の地面が爆発し、黒煙の中から、全長4メートルを超える鋼鉄の魔導ゴーレムが出現した。
さらに、ドルゴが連れていた傭兵たちも武器を抜き、殺気を放って桜たちを包囲する。
論理と資産を奪われた悪党の、最後の悪あがき(物理的暴力)。
一般の事務官と地下アイドルにとっては、絶体絶命の危機――に見えた。
だが、天木桜は微動だにせず、ただ小さくため息をついた。
「……本当に、昭和のワンマン社長みたいですね。論理で負けたら、最後は暴力(気合)ですか。……でも、残念でした」
桜が極上の笑みを深めた、その直後。
「――我が軍の兵站拠点(庭)で、安物の玩具を振り回すとは。随分と良い度胸をしているな、下衆が」
広場を包み込むような、絶対零度の殺気。
すべてを凍らせるような低い声と共に、桜とリーザの前に、一人の男が静かに歩み出た。
仕立ての良い黒の背広。銀縁眼鏡。
そして、夕暮れの風に揺れる銀色の獣耳と、怒りでバッサバッサと空を打つ大きな尻尾。
「ギルバート……」
桜が安心したようにその名を呼ぶ。
「天木殿の完璧なロジックによる『書類整理』は終わったようだな。……ここから先、村の平穏を脅かす害虫の『物理的な駆除』は、私の仕事だ」
ルナミス帝国軍最強の特務大佐、ギルバート・ヴォルフ。
彼は首元に手をやり、きっちりと締められていたネクタイの結び目を――スッと、色気を孕んだ仕草で緩めた。
貧乏神の裁きを受け、無一文となった悪徳商人への『トドメの断罪』が、最強の人狼の手によって今、下されようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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