EP 6
深夜のファミレス女子会と無限ドリンクバー。護衛の人狼上官は、恋バナの直撃弾にむせ返る
ポポロ村の大豊作と、リーザのライブ大成功を祝した夜。
すべての残務処理を終えた天木桜たち『ホワイト・チーム』の4人は、ポポロ村の街道沿いにある24時間営業の魔導ファミレス『ルナミスキング』――通称『ルナキン』へと足を運んでいた。
「さ、桜様! キャルルちゃん! この『ドリンクバー』というシステム、まさに神の恩恵(奇跡)ですわ!」
深夜の静かな店内に、ピンクの芋ジャージを着た人魚姫・リーザの歓喜の声が響き渡った。
彼女の両手には、メロンソーダとオレンジジュースが波々まで注がれたグラスが握りしめられている。
「金貨一枚の追加料金もなく、何十種類もの甘い液体が無限に湧き出てくるなんて! これさえあれば、私はもう公園の水道水を飲んで飢えを凌がなくていいんですのね!?」
「リーザちゃん、声が大きいです。あと、それただの甘い水ですから、あんまりガブ飲みするとお腹壊しますよ」
「いいえ、これは私にとって『命の泉』ですわ!」
目を輝かせてドリンクバーの機械と格闘するリーザを見て、ボックス席に座っていた桜は、頬杖をついてくすくすと笑った。
桜の向かいの席では、村長のキャルルが山盛りの『特製ルナキン・パフェ』を幸せそうに頬張っている。
「ん〜、やっぱり深夜のパフェは最高ですね! 桜ちゃんも一口食べます?」
「ありがとう。でも私は、温かいハーブティーで十分です。胃腸は大切にしないと、明日の業務に響きますから」
そんな女子3人がキャッキャと盛り上がっているボックス席の――すぐ隣の席。
そこには、完璧な黒の背広を着こなし、深夜のファミレスにはおよそ似つかわしくない、冷徹な殺し屋のようなオーラを放つ男が一人で座っていた。
特務大佐、ギルバート・ヴォルフである。
彼はテーブルに広げた軍の書類に目を通しながら、片手にブラックコーヒーのカップを持っている。
「女の子だけで盛り上がりたいだろうから、私は隣で警備(財布役)に徹する」と自ら申し出て、完全に保護者ポジションに収まっているのだ。
だが、無表情で書類を睨んでいるように見えるが、彼の頭頂部にある銀色の人狼の耳は、隣の席からの女子トークを逃さぬよう、常にピーンと桜の方角へ向けられていた。
「それにしても、桜ちゃんって本当に仕事ばっかりですよね」
パフェの苺をかじりながら、キャルルが唐突に話題を変えた。
「ボルドー局長を追い出して、村の物流も完璧にして。でも、仕事以外のプライベートって全然聞いたことないです。……ぶっちゃけ、桜ちゃんって『好きな人』とかいないんですか?」
「えっ?」
桜がハーブティーのカップを口に運んだまま、目を丸くした。
と同時に。隣の席のギルバートの肩が、ビクッ! と不自然に跳ねたのを、桜の横目(とキャルルの月兎族の動体視力)はしっかり捉えていた。
「す、好きな人って……急にどうしたのよ」
「女子会の定番じゃないですか! いつも完璧な事務聖女様の、恋愛事情! 聞きたいです!」
「私も聞きたいですわ!」
いつの間にか、ドリンクバーから謎のブレンドジュース(色がヤバい)を持ってきたリーザが、桜の隣にスライディングで着席して目を輝かせた。
「ええ〜……。そうですね……」
桜は困ったように天井を見上げた。
前世ではブラック企業に勤め詰め、恋愛どころか睡眠時間すらろくに確保できなかった。こちらに来てからも、定時退勤を勝ち取るために戦い続けてきたのだ。
「強いて言うなら……私の仕事を理解してくれて、一緒に定時退勤してくれる人、でしょうか。あとは……不器用でも、私のことを一番に考えて、守ってくれるような……」
そこまで言って、桜はふと、無意識のうちに『ある人物』の顔を思い浮かべてしまい、カッと顔を熱くした。
「なるほどぉ〜?」
キャルルがニヤニヤと意地悪く笑う。
隣の席では、ギルバートの背後にある仕切り板が『バンッ、バンッ、バンッ!』と、激しく揺れる尻尾によってリズム良く叩かれていた。彼の人狼の聴覚は、桜の言葉を1ミリの狂いもなく拾い上げているのだ。
「でも、それならもう答えは出てるじゃないですか」
リーザが、グラスのストローをチューチューと吸いながら、極めて純真無垢な、一点の曇りもない笑顔で言った。
「桜様が言っている条件、ぜーんぶ、隣の席のギルバート大佐に当てはまりますわよね?」
「……えっ」
「だって大佐、桜様のことを見る時、いつも私が『金貨の山』を見る時みたいな、すっごく熱くて大事そうな目をしてますもの! 大佐は絶対に、桜様のこと大好きですわ!」
空気を読まない(というか裏表がない)人魚姫の、ド直球すぎる爆撃弾。
その、瞬間だった。
「――ッ!! ぶふぉッ!!?」
隣の席から、信じられないような破裂音が響いた。
ギルバートが、飲んでいた熱いブラックコーヒーを見事に噴き出し、激しくむせ返ったのだ。
「ゴホッ! ゲホッ、ゴホォッ!!」
「た、大佐!? 大丈夫ですか!?」
慌てて桜が席を立ち、隣のボックス席を覗き込む。
ルナミス帝国最強と恐れられる『狂犬』特務大佐が、ファミレスの紙ナプキンで必死に口元を押さえ、涙目になって咳き込んでいた。
そして、彼の頭頂部にある銀色の耳から、首元、さらには手の甲に至るまで、全身が茹でダコのように真っ赤に染まり上がっているではないか。
「あ、天木殿……ッ! こ、これは、誤解だ! 違う、決してあなたの恋愛観を聞いて動揺したわけではなく……ッ!」
ギルバートは咳き込みながら、早口で必死の弁明を始めた。
「こ、このルナキンのコーヒーの温度が、人狼族の舌の最適温度をコンマ5度上回っていたための生理的な反射であり、私の軍人としての冷静さが欠如したわけでは……ッ!」
「大佐、何も聞いてないのに言い訳が長すぎます。あと、尻尾が仕切り板をぶち破りそうな勢いで揺れてますよ」
キャルルが呆れたようにツッコミを入れる。
確かに、ギルバートの背後では、隠しきれない銀色の尻尾が『どうしよう! バレた! いやでも嬉しい!』と言わんばかりに大回転し、ファミレスの座席を激しく振動させていた。
「だ、だいたい、私が天木殿にそのような不純な感情を抱くなど……! 彼女は我が部隊の兵站を担う最重要の戦力であり、私が守護すべき……」
「じゃあ、大佐は桜様のこと、好きじゃないんですの?」
リーザが不思議そうに首を傾げる。
「――愛している!!」
ギルバートは、リーザの問いに条件反射で、軍の点呼のような凄まじい大声(即答)で叫んでしまった。
「「「…………」」」
深夜のファミレスに、数秒の、完全な沈黙が落ちた。
「あっ」
ギルバートは自分の放った言葉の意味を脳内で反芻し、ピタリと動きを止めた。
彼の眼鏡の奥の瞳が、絶望に満ちたように見開かれる。
頭の上の耳が、ヘナァ……と完全に折れ曲がり、尻尾も股の間にシュンと挟み込まれた。
「あ、今の、は……ちが……兵站の要として……っ、部下として……」
顔から火が出るほど赤くなり、両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏してしまう、帝国最強の特務大佐。
そのあまりにも不器用で、素直すぎる姿を見て。
桜の胸の奥で、甘くて、どうしようもなく愛おしい感情が、限界まで膨れ上がった。
「……ふふっ、あははははっ!」
桜はこらえきれず、お腹を抱えて笑い出した。
キャルルも手を叩いて爆笑し、リーザは「やっぱり大佐は桜様のこと大好きなんですわね!」と無邪気にジュースを飲んでいる。
「もー、大佐ったら。不器用すぎますよ」
桜は笑い涙を拭いながら、突っ伏しているギルバートの隣にそっと座り、彼の大きな背中をポンポンと優しく叩いた。
「ありがとうございます、ギルバート。……私も、あなたのこと、世界で一番頼りになる『最高のパートナー』だと思っていますから」
「……桜」
ギルバートが両手の隙間から、赤い顔を少しだけ覗かせて、桜を見つめる。
至近距離で交わる視線。彼の瞳に宿る熱情に、桜の心臓もトクトクと早く脈打ち始める。
「ヒューヒュー! そのままキスしちゃえー!」
「ドリンクバーのお代わり取ってきますわー!」
茶化すキャルルとリーザの声に、二人はハッとして体を離したが、その顔には互いに隠しきれない照れ笑いが浮かんでいた。
(……ああ。本当に、最高のチームです)
気のおけない親友たちと、不器用だけど真っ直ぐに自分を愛してくれる(らしい)上官。
ブラック企業時代には想像もできなかった、温かく、騒がしく、愛に満ちた日常。
桜は、テーブルに置かれた冷めたハーブティーを飲みながら、この尊い時間がいつまでも続くようにと、心から願っていた。
◇◇◇
深夜の楽しい女子会(と保護者の受難)が終わり、4人が星空の下を笑い合いながら帰路についていた、その頃。
ポポロ村の入り口、静まり返った街道の暗がりで。
帝都からやってきた一台の黒塗りの魔導馬車が、音もなく停車していた。
「……ここが、あの小娘が歌っていた村か。田舎臭いが、特産品の匂いと、金の匂いがプンプンしやがる」
馬車の窓から顔を出した、毛皮のコートを着た男――悪徳商会『ダーク・プロモーション』の社長ドルゴが、下卑た笑みを浮かべて葉巻の煙を吐き出した。
「待っていろよ、人魚姫。お前のその奇跡の歌声と、この村の豊穣な富は……すべて俺の契約書(鎖)で縛り上げ、俺のものにしてやる」
平穏で幸せな時間を過ごすホワイト・チームの背後に、神々の配信バズりが引き寄せた『搾取の闇』が、もうすぐそこまで迫りつつあった。




