EP 5
黄金の豊穣と村人たちの恩返し。夕陽の下で笑い合う、最高の『ホワイト・チーム』
リーザのゲリラライブから一夜明けた、ポポロ村の朝。
天木桜は、村長宅の縁側で魔導端末を開きながら、信じられないほどの右肩上がりを描く『収穫量グラフ』に目を丸くしていた。
「……すごい。一晩で、村の農作物の収穫高が前年比の1500%を突破しています」
人魚姫の『Love & Money』がもたらした黄金のバフ効果は、絶大だった。
広場周辺の畑では、昨日までまだ青かったはずの『ネタキャベツ』や『月見大根』が、はち切れんばかりの巨大な完熟状態へと一気に成長。さらには、荒れ地だった場所にまで、栄養満点の果実がたわわに実っているのだ。
「桜ちゃん! 大変です! 村のおばちゃんたちが、収穫した野菜を大量に村長宅に運んできちゃって……! 庭が野菜の山で埋まりそうです!」
タローマン製の特注安全靴を履いたキャルルが、巨大なダンボール箱を軽々と抱えながら悲鳴を上げて駆け込んできた。
その後ろからは、麦わら帽子を被った農家のおじちゃんやおばちゃんたち、さらには警備にあたっていたギルバートの部下(人狼兵)たちが、次々とやってくる。
彼らの手には、新鮮な野菜、特産のロックバイソンの極上肉、そして高級嗜好品であるポポロシガーが山のように抱えられていた。
「天木事務官! 大佐! キャルル村長! そしてリーザちゃん!」
おばちゃんたちの代表が、満面の笑みで深く頭を下げた。
「昨日のライブ、本当に凄かったよ! 腰の痛みも吹き飛んで、畑の野菜は一晩で大豊作だ! 村がこんなに活気づいたのは、あんたたちが来てくれたおかげさ。……これはほんの気持ちだよ、どうか受け取っておくれ!」
「オレたち前線兵士も、アイドルの歌と極上の補給物資のおかげで、士気は完全にマックスっす! 天木事務官、マジで『兵站の聖女』っす! ありがとうございます!」
次々と足元に積まれていく、村人たちからの心からの『恩返し』の品々。
桜は慌てて立ち上がり、「そんな、私なんてただエクセルで物流の計算をしただけで……」と謙遜しようとした。
だが、そんな桜の横をすり抜けて、猛烈な勢いで前に飛び出していった者がいた。
ピンク色の芋ジャージを着た、人魚姫のリーザだ。
「これ……全部、私たちがもらっていいんですの……?」
リーザは、山積みにされた極上の食材を前に、エメラルドグリーンの瞳を極限まで見開き、ワナワナと震えていた。
いつもなら「アイドルは施しは受けません!」と意地を張る彼女だが、村人たちは笑顔で首を横に振った。
「施しじゃないよ、リーザちゃん。あんたの歌が、アタシたちに元気をくれた『対価』さ。プロのアイドルへの、正当なギャラ(報酬)だと思って受け取っておくれ」
その言葉を聞いた瞬間。
リーザの目から、ブワッと大粒の涙が溢れ出した。
「うぅ……っ、うわぁぁぁん!! ありがとうございますぅぅ! 私の歌が、ちゃんと皆さんの人生を幸せにできたんですねぇぇっ!!」
リーザは芋ジャージの袖で涙を拭いながら、巨大な月見大根に抱き着いて号泣した。
ただの空腹から来る涙ではない。彼女がずっと貫いてきた「自分の足で立ち、ファンを幸せにする」というアイドルの矜持が、初めて『形』となって報われた瞬間だったのだ。
「……よかったですね、リーザちゃん」
桜は優しく微笑み、泣きじゃくる人魚姫の背中をそっと撫でた。
「さて。感傷に浸るのも良いですが、これだけの大量の生鮮食品、このまま放置すれば腐敗してしまいます。……私の腕の見せ所ですね」
桜の事務官としてのスイッチがカチリと入った。
彼女は即座に魔導端末に向かい、『魔導Excel』のキーボードを高速で叩き始める。
「キャルルちゃん! 村の倉庫の空き容量をすべて解放してください! ギルバート大佐、人狼部隊に指示を。この野菜の30%を前線部隊の特別レーションとして即時輸送。残りの50%は『善行通販』の流通網を利用して、帝都や他国へ高値で輸出(転売)します! これで得た利益は、すべてポポロ村のインフラ整備資金に還元します!」
「了解しました、桜ちゃん!」
「直ちに手配しよう。……やはり、あなたの処理能力は芸術的だ」
桜の的確すぎる指示により、一歩間違えれば在庫過多でパニックになるはずだった大豊作が、完璧な物流網に乗って次々と『村の莫大な利益』へと変換されていく。
村人たちは、桜のその神がかった事務手腕を、もはや拝むような目で見つめていた。
◇◇◇
その日の夕暮れ。
村の広場に設営された大きなテーブルには、キャルルが腕を振るった豪華な料理が所狭しと並べられていた。
ロックバイソンの厚切りステーキ、月見大根のホクホク煮、新鮮なネタキャベツの特製サラダ。
村人たちへの対応と物流手配の残務を完璧に定時(17時)で終わらせた桜たち『ホワイト・チーム』の4人は、夕陽に染まる広場で、ささやかな打ち上げの食卓を囲んでいた。
「美味しい……っ! 自分で稼いだギャラで食べるお肉、最高に美味しいですのぉぉ!」
リーザが両頬をリスのように膨らませて、ステーキを猛烈な勢いで咀嚼している。
「こら、リーザちゃん! アイドルなんだから、もう少し上品に食べなさい! ほら、口の周りにソースがついてますよ」
キャルルがおしぼりでリーザの口元をゴシゴシと拭きながら、まるで口うるさい姉(あるいはお母さん)のように世話を焼いている。
「むぐぐっ、やめてくださいキャルルちゃん、私はもう子供じゃありませんのー!」
キャッキャと騒がしい女子二人のやり取りを、桜は温かいお茶を飲みながら、目を細めて見守っていた。
(……前世では、こんな風に誰かと一緒に、心から美味しいって笑い合いながらご飯を食べたこと、あったかな)
ブラック企業で連日深夜まで働き、一人きりの暗い部屋で冷たいコンビニ弁当をかきこむ毎日。それが彼女の『当たり前』だった。
異世界に転生してからも、ボルドー局長を倒すまでは、たった一人で気を張って戦い続けていた。
でも、今は違う。
自分の能力を絶対に信頼し、背中を預けてくれる仲間がいる。
「……桜」
不意に、隣の席から低く落ち着いた声が響いた。
顔を向けると、黒の背広の袖を少し捲り上げたギルバートが、切り分けた一番柔らかい部位のステーキ肉を、桜の皿にそっと乗せてくれていた。
「一日中、物流の管理と端末の操作で頭を酷使したはずだ。良質なタンパク質を摂取しなさい」
「あ……ありがとうございます、ギルバート」
桜が嬉しそうに微笑むと、ギルバートは「うむ」と短く頷き、自分のポポロ・コーヒーのカップを手に取った。
無表情を装っているが、彼の頭頂部にある銀色の人狼の耳は、夕陽に照らされながら微かに赤みを帯びてペタンと寝ており、背中の尻尾はゆったりと、至福の時を刻むように左右に揺れている。
「あなたの構築した物流網のおかげで、我が部隊の補給はかつてないほど盤石になった。村人たちも、あなたを心から救世主だと讃えている」
「大佐やキャルルちゃんが、現場で動いてくれたからです。私一人じゃ、ただのエクセルおたくの事務員ですから」
「謙遜はいらない。……あなたは、私の、そしてこの村の誇りだ」
ギルバートの金色の瞳が、真っ直ぐに桜を捉える。
一切の嘘がない、純度100%の敬愛と独占欲が入り交じったその熱い眼差しに、桜の心臓がドクンと跳ねた。
「あのー。お二人さん、見つめ合ってるところ悪いんですけど」
不意に、向かいの席からキャルルがジト目で口を挟んだ。
「お肉、冷めちゃいますよ? それとも、大佐が桜ちゃんに『あーん』してあげるんですか?」
「なっ……!?」
ギルバートの顔が、ボンッ! と音を立てるほどの勢いで真っ赤に染まった。
「ち、違う! 私はただ、補佐官への適切な栄養補給を促しただけであって、決してそのような不純な……ッ!」
「えー? 耳、すっごい真っ赤ですよ? 尻尾もパニックになってますし」
「貴様、またからかったな!」
狼狽して立ち上がる帝国最強の人狼と、けらけらと笑う月兎族の村長。
そして、「お肉! もう一枚おかわりですの!」と空の皿を突き出す芋ジャージの人魚姫。
「ふふっ……あはははっ!」
桜はたまらず、声を上げて笑い出した。
なんて騒がしくて、温かくて、頼もしい居場所だろう。
理不尽な残業も、無能な上司の怒号もない。互いを尊重し合い、それぞれの長所を最大限に活かし合える、完璧な『ホワイト・チーム』。
夕陽が沈みゆくポポロ村の広場には、四人の絶え間ない笑い声がいつまでも響き渡っていた。
◇◇◇
――だが、光が強ければ強いほど、そこに生じる影もまた濃くなる。
同じ頃。
ルナミス帝国の首都、暗く豪奢な一室。
分厚い葉巻の煙が立ち込める部屋の中で、豪奢な毛皮のコートを着た一人の男が、魔導端末の画面をねっとりとした目で舐め回すように見つめていた。
画面に映っているのは、『ゴッドチューブ』にアーカイブされたリーザのゲリラライブの映像。
そして、異常なまでの速度で跳ね上がっていく、天界からの『加護ポイント(莫大な予算)』の数字だった。
「……素晴らしい。なんというダイヤの原石だ」
男――帝都の裏エンタメ業界を牛耳る悪徳商会『ダーク・プロモーション』の社長、ドルゴは、下卑た笑いを漏らした。
「あの人魚の小娘の魔力と、ポポロ村の豊穣な特産品……。すべて俺の会社にして、骨の髄まで搾取してやろう。無知な田舎者どもから、すべてを奪い尽くしてやる」
ドルゴは、契約書という名の『見えない鎖(奴隷契約)』の束をテーブルに叩きつけた。
神々の配信をバズらせた代償。
現代的な搾取を目論む悪徳プロデューサーの魔の手が、平穏を取り戻したばかりのポポロ村と、リーザの元へと静かに忍び寄ろうとしていた。




