EP 2
廃棄弁当を巡る死闘。芋ジャージの人魚姫と、大佐の自腹プレミアム弁当
ポポロ村の視察一日目。
天木桜は、村の中心部に位置する『タローソン・ポポロ村店』のバックヤードで、手元の魔導端末と在庫リストを照らし合わせていた。
「なるほど……。国境地帯という立地から、回復薬(陽薬草)と高カロリーな携帯食の回転率が異常に高いですね。逆に、生鮮食品の廃棄ロスが目立ちます。発注数のアルゴリズムを少し調整すれば、物流の無駄をさらに15%削減できますね」
カチャカチャとキーボードを叩きながら、桜は満足げに頷いた。
地球のコンビニエンスストアの概念を異世界に持ち込んだこの店舗は、ルナミス帝国軍の重要な補給ステーションとしての役割も担っている。ここを『魔導Excel』で最適化することが、今回の出張のメインタスクの一つだった。
「相変わらず、あなたのその処理速度には恐れ入る。……だが、あまり根を詰めすぎるな。適度な休憩も兵站維持には必須だ」
背後から、完璧な黒の背広を着こなしたギルバート・ヴォルフ特務大佐が、ホットのポポロ・コーヒーを二つ持って歩み寄ってきた。
彼は桜のボディガードとして同行しつつも、こうして的確なタイミングでカフェイン(と気遣い)を補給してくれる、最高の上司であり相棒である。
「ありがとうございます、ギルバート大佐。ちょうど一区切りついたところです」
桜がコーヒーを受け取り、一口飲んでホッと息をついた、その時だった。
『ウゥゥゥ……ッ! グルルルルッ!』
「負けませんわよ! アイドルは、こんなところで倒れるわけにはいかないんですの!」
店舗の裏手、廃棄物置き場のプレハブの陰から、凶暴な獣の唸り声と、少女の甲高い声が響いてきた。
「なんだ……!? 野盗か、はぐれ魔獣か!」
ギルバートの金色の瞳がスッと細められ、特務大佐としての冷徹なオーラが瞬時に展開される。彼は桜を背中で庇うようにして、即座に現場へと駆け出した。桜も急いでその後を追う。
だが、二人が路地裏に飛び込んで目撃した光景は――『危機的状況』とは少しばかり趣が異なっていた。
「シャァァァァッ!!(意訳:それは私が先に見つけたんですの!)」
「バウッ! ガルルルッ!(意訳:知るか! 人間はすっこんでろ!)」
そこには、大柄で凶暴そうな野良犬(もはや小型の魔獣レベル)と、一人の少女が、一つの『タローソン廃棄弁当(半額シール付き)』を挟んで、本気の威嚇戦を展開している姿があった。
「……えっと。大佐、あれは……?」
「……状況が読めない。だが、あの少女の出立ちは……」
桜とギルバートは、あまりのシュールな光景に足を止めた。
少女の容姿は、息を呑むほどに美しかった。海のように透き通ったエメラルドグリーンの長い髪に、宝石のような瞳。どこからどう見ても、深窓の令嬢か、どこかの国の王族のような気品がある。
しかし、その圧倒的な美貌を包んでいるのは――上下ピンク色の、見るからに安っぽい『芋ジャージ』だった。
足元には、タローマンのワゴンセールで売られているような『健康サンダル(イボイボ付き)』を履いている。
美少女と芋ジャージという絶望的なミスマッチ。
さらに彼女は、野良犬相手に一切怯むことなく、四つん這いに近い低い姿勢で弁当を死守しようとしていた。
「いいですか、野良犬さん! この弁当の賞味期限は昨夜の24時! つまり、今ならまだ胃酸で十分に消化可能なセーフティラインですの! 今日を生き抜き、明日のステージに立つために、私は絶対にこれを譲りません!」
(いや、賞味期限切れてますけど!? ていうか、胃酸で消化可能ってどんなサバイバル基準ですか!?)
桜の事務官としての常識が激しく警鐘を鳴らす。
野良犬は少女の気迫に一瞬たじろいだが、すぐに牙を剥き出しにして、弁当箱に向かって飛びかかろうとした。
「させませんわ! 今こそ、ポイ活で鍛え上げた私の必殺技を見せる時……!」
少女はジャージのポケットから、ピカピカに磨き上げられた真鍮の硬貨――『5同粒(5円玉)』を一枚取り出した。
そしてなんと、その5円玉を、自身のスッと通った美しい鼻の穴にスポッと詰めたのだ。
「……は?」
桜の脳内で、完全に【Error 404:理解不能な動作が検出されました】というポップアップが表示された。
少女は野良犬に向かって顔を向け、大きく息を吸い込むと。
「フンッ!!!」
パァァァンッ!!
鼻息のすさまじい圧(闘気)によって、鼻の穴に詰められていた5円玉が、まるでライフルの弾丸のような初速で射出された!
『5円玉ノーズキャノン』である。
「キャイィィィンッ!?」
黄金の閃光となった5円玉は、見事に野良犬の眉間にクリーンヒット。
殺傷能力はないものの、強烈なデコピンを食らった野良犬は涙目で悲鳴を上げ、尻尾を巻いて路地裏から逃げ出していった。
「ふふん! どんなに泥臭くても、私は生き残るんですの! これぞ、御縁(5円)が導く絶対無敵のサバイバル……!」
少女は鼻をスンスンと鳴らしながら、泥にまみれた廃棄弁当を愛おしそうに拾い上げた。
「……桜ちゃん! 大佐!」
そこへ、ポポロ村の村長であるキャルルが、慌てた様子で走ってきた。
キャルルは路地裏の惨状(芋ジャージの少女が廃棄弁当を掲げている姿)を見るなり、両手で顔を覆って深い絶望の溜め息をついた。
「ああっ、またやってる……! ごめんなさい桜ちゃん、大佐! その子、うちの村長宅の居候なんです!」
「キャルルちゃんの、居候? ……この、鼻から硬貨を発射する美少女が?」
「そうです。一応これでも、海中国家シーランの第一王女、リーザ・シーランちゃんです……」
「「……王女?」」
桜とギルバートの声が、見事にハモった。
人魚の国、シーラン。ルナミス帝国とも同盟を結んでいる由緒正しき国家のプリンセスが、なぜこんな辺境の村で芋ジャージを着て、野良犬と廃棄弁当を奪い合っているのか。桜の魔導Excelの論理的思考が完全にショートしかかっている。
「あっ、キャルルちゃん! 見てください、今日の朝ごはんですの! タローソンの『特盛・炭火焼き鳥弁当』! 奇跡的にご飯の部分は泥を被っていません!」
リーザと呼ばれた人魚姫は、満面の笑みでキャルルに泥だらけの弁当を見せつけた。
そして、健康サンダルをペタペタと鳴らしながら、その場にしゃがみ込んで弁当の蓋を開けようとする。
「こら、リーザちゃん! 待ちなさい、それ賞味期限切れてるし、犬の唾液がついてるかもしれないんですよ!? 朝ごはんなら私がサンドイッチを作ったじゃないですか!」
「ダメですの! アイドルは施しは受けません! 自分の食い扶持は自分で、タダで稼ぐのが私のポリシーですの!」
リーザは謎のプライドを胸に張り、泥だらけの焼き鳥を口に運ぼうと――した、その瞬間。
スッ。
横から伸びてきた黒い背広の腕が、リーザの手から廃棄弁当を静かに、しかし絶対的な力で取り上げた。
「……ああっ!? 私の、私の大切なタダ飯が……っ!」
見上げると、銀縁眼鏡を冷たく光らせたギルバートが、弁当箱を見下ろして眉をひそめていた。
「衛生管理の概念が欠如している。犬との接触があった廃棄物を摂取するなど、自ら感染症という名の敵兵を体内に招き入れるようなものだ」
「な、なんなんですの、あなた! 返してください! それがないと、私は今日のライブ(広場のみかん箱の上)で歌うエネルギーが……っ!」
半泣きで抗議するリーザに対し、ギルバートは廃棄弁当をゴミ箱へ正確に放り投げた。
そして、彼は何も言わずにクルリと踵を返し、すぐ横にあるタローソンの店内へと入っていった。
「ああっ……無情……! 帝国の軍人は血も涙もないんですの……!」
リーザが地面に膝をつき、芋ジャージの膝を汚しながらシクシクと嘘泣きを始める。
だが、数十秒後。
タローソンから出てきたギルバートの手には、先ほどの廃棄弁当とは比べ物にならない、電子レンジ(魔導加熱器)でホカホカに温められた『プレミアム・特選牛カルビ弁当』と、温かい『ポポロ・お茶』のペットボトルが握られていた。
「……食え」
ギルバートは、それをリーザの目の前にドンッ、と置いた。
「え……?」
「未来の戦力……いや、アイドルとやらを目指しているのだろう。ならば、己の肉体(資本)を粗末にするな。粗悪な燃料では、最高のパフォーマンスなど出せないはずだ」
ギルバートは視線を逸らし、眼鏡をクイッと押し上げた。
彼の態度はあくまで冷徹な軍人のそれだったが、わざわざ自腹で、しかも一番高いプレミアム弁当を買ってきてくれたその行動は、どう見ても『お腹を空かせた子供を放っておけなかった保護者』のそれである。
「た、大佐……?」
リーザの瞳に、本物の涙がブワッと溢れた。
「施しは……施しは受けない主義なんですけど……ッ! でも、これは、私のアイドルの才能に対する『投資』ですよね!? ありがたく、頂戴いたしますぅぅぅ!!」
リーザはさっきまでの謎のプライドを秒で投げ捨て、プレミアム弁当に猛烈な勢いで食らいついた。
「お、美味しい……! お肉が温かい……! 涙で味がよくわかりませんの……!」
その光景を見ていたキャルルが、「あーあ、大佐。この子、一回甘やかすと一生すねかじりしてきますよ」と呆れたように肩をすくめる。
だが、桜は違った。
(……大佐って、本当に面倒見がいいというか、優しいですよね)
冷徹で狂犬と恐れられているギルバートだが、その本質は、部下や弱者を決して見捨てない、極めて愛情深い『群れのリーダー』なのだ。
第一章で、冷え性の桜の手を温めてくれた時と同じ、不器用だけど確かな優しさ。
「……ありがとうございます、ギルバート。リーザちゃん、すごく喜んでますね」
桜が隣に立ち、そっと彼の名前を呼んで微笑みかける。
すると、ギルバートの背後で、隠しきれない銀色の尻尾が「バフッ」と嬉しそうに一度だけ大きく揺れた。
「……勘違いするな、桜。あれは軍の作戦行動地域における、衛生リスクを排除するための合理的な処置だ。自腹を切ったのは、単なる経費の立て替えに過ぎない」
「ふふっ。はい、そういうことにしておきますね」
口では厳しいことを言いながらも、猛烈な勢いで弁当をかきこむリーザに「喉に詰まらせるぞ、お茶を飲め」とペットボトルの蓋を開けてやるギルバート。
その完全な『お父さん(あるいは保護者)』ムーブに、桜はたまらなく温かい気持ちになりながら、この狂気と混沌のポポロ村での出張が、思いのほか楽しくなりそうな予感を感じていた。
「さて、お腹がいっぱいになったら、少しお話を聞かせてもらえますか? リーザちゃん」
桜は魔導端末を開き、事務官としての鋭い、けれど優しい目つきで、芋ジャージの人魚姫を見つめた。
彼女の持つ『アイドル』としてのポテンシャルを、魔導Excelでどうプロデュースするか。事務聖女の新たな手腕が、今、発揮されようとしていた。




