第二章 事務聖女の辺境出張。極貧人魚アイドルを『善行通販』でプロデュースして神々の配信をバズらせたら、冷徹な人狼上官の独占欲が限界突破しました
ホワイト事務官の辺境出張。親友の極上ハンバーグと、絶対に彼女を泣かせない獣たちの密約
ボルドー前局長が横領罪で内務省の地下牢へと連行されてから、数日が経過した。
ルナミス帝国・国家財務総局の兵站管理部は、まさに劇的な変化を遂げていた。
桜が構築した『魔導Excel』のフォーマットが全部署に浸透し、無駄な手書きの書類作業や、気合と根性で行われていた非効率な計算業務が完全に消滅。
夕方17時を告げる鐘が鳴ると同時に、職員たちが「お疲れ様でした!」と笑顔で帰宅していく、真のホワイト部署へと生まれ変わったのだ。
「ふぅ……。今日も完璧なスケジュール進行でしたね」
桜は魔導端末の電源を落とし、デスクの上を綺麗に片付けながら、満足げに息を吐いた。
残業ゼロ、休日出勤ゼロ。前世のブラック企業時代からすれば、ここはまさに天国である。
だが、有能な事務官には、当然ながら次の重要タスクが舞い込んでくる。
「天木殿。明日の出張の準備は整っているか」
振り返ると、完璧な黒の背広を着こなしたギルバート・ヴォルフ特務大佐が立っていた。
銀縁眼鏡の奥の金色の瞳が、夕陽を浴びて柔らかく光っている。
「はい、ギルバート大佐。出張用の資料も、着替えの準備も万端です」
明日の朝から、桜はルナミス帝国の辺境――獣人王国や魔皇国との緩衝地帯である『ポポロ村』へと出張することになっていた。
内務省のトップであるオルウェルからの直接の辞令である。
『君の魔導Excelの技術を用いて、帝国最大の物流中継地点であるポポロ村のインフラを最適化してほしい』とのことだった。
「ポポロ村は三国が交わる重要な緩衝地帯。そこでの兵站が円滑になれば、我が軍の生存率はさらに跳ね上がる。……だが、同時に危険も伴う地だ。道中の護衛は、私に任せなさい」
「大佐自ら護衛についてくださるなんて、本当に心強いです。よろしくお願いしますね」
桜が微笑みかけると、ギルバートは「うむ」と短く頷き、眼鏡をクイッと押し上げた。
無表情を装っているが、彼の頭頂部にある銀色の人狼の耳は『任せておけ!』と言わんばかりにピンと立ち上がり、背中の尻尾がバッサバッサとご機嫌なリズムで揺れている。
(ふふっ。相変わらず、耳と尻尾は正直で可愛いです)
桜は内心でくすりと笑いながら、明日からの出張に胸を躍らせていた。
ポポロ村には、彼女の大切な親友がいるのだから。
◇◇◇
翌日の昼下がり。
桜とギルバートを乗せた帝国の魔導装甲車が、のどかな田園風景が広がるポポロ村へと到着した。
「相変わらず、空気が美味しくて……そして、ツッコミどころ満載の村ですね」
車から降り立った桜は、目の前の光景に苦笑した。
村の入り口の畑では、農家のおばちゃんが二本足で爆走する『人参マンドラ』を追いかけ回し、その横では『ネタキャベツ』が「昨日、ルナミス軍の小隊長がキャバクラでぼったくられたらしいよ〜!」と大声でゴシップを叫んでいる。
「チッ。あのキャベツ、機密保持の観点から千切りにしてやりたいな」
「大佐、キャベツに殺気を向けないでください」
ギルバートがネクタイに手をかけようとするのを桜がたしなめていると、村の中心部から、凄まじい地響きが近づいてきた。
ドゴォン! と、土煙を上げて地面が爆発する。
そして、100mを5秒台で駆け抜けるマッハの速度で、一人の美少女が桜の胸に飛び込んできた。
「桜ちゃーーーーん!!」
「わっ!? キャルルちゃん!」
桜を勢いよく抱きしめたのは、頭にピンと立った兎の耳を持つ美少女。
元レオンハート獣人王国の第三姫君にして、現在はこのポポロ村の村長を務める、桜のシェアハウス時代からの大親友、キャルル・ムーンハートである。
パーカーにショートパンツという動きやすい格好の彼女だが、足元にはつま先に鋼板と雷竜石が仕込まれたタローマン製の『特注魔導安全靴』が鈍く光っている。
「いらっしゃい、桜ちゃん! 出張お疲れ様! ずっと待ってたんですよぉ!」
「ただいま、キャルルちゃん。相変わらず元気そうで何よりです。でも、突進の威力が魔導ミサイル並みだから、次はもう少し手前で減速してね?」
桜がキャルルのフワフワの兎耳を撫でると、キャルルは「えへへ」と星の王子様のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「今日は桜ちゃんのために、腕によりをかけて歓迎のランチを作ったんです! 村の特産品のロックバイソンの挽肉と、たまんネギを使った『特製・人参ハンバーグ』ですよ!」
「わぁ、美味しそう! さすがキャルルちゃん」
女子同士でキャッキャと盛り上がっていると、背後から「コホン」と、低い咳払いが聞こえた。
完璧な黒の背広を着こなしたギルバートが、静かに、しかし圧倒的な存在感を放って立っていた。
「……ポポロ村村長。久しぶりだな」
「あら、これはこれは。ルナミス帝国軍・特務大佐様じゃないですか」
キャルルは桜から離れると、ギルバートの方へと向き直った。
先ほどまでの愛らしい笑顔から一転、その瞳の奥に、冷徹な戦闘者としての鋭い光が宿る。
彼女はトンッ、と地面を蹴り、一瞬にしてギルバートの胸元――パーソナルスペースの内側へと潜り込んだ。
そして、ギルバートの分厚い胸板に、自らの兎耳をピタリと押し当てた。
ドックン、ドックン。
ギルバートの力強い心音が、キャルルの聴覚に流れ込んでくる。
「……大佐」
キャルルは、小悪魔のように、いや、夜叉のようにニッコリと微笑みながらギルバートを見上げた。
「心音は嘘をつきませんよ。……桜ちゃんと二人きりの長旅で、ずいぶんと脈が弾んでいたみたいですねぇ?」
「なっ……! こ、これは、魔導装甲車の揺れに対する人狼族の三半規管の反射であって、決して不純な……!」
珍しく狼狽し、眼鏡のブリッジを押し上げて必死に取り繕うギルバート。しかし、背中の銀色の尻尾は『バレた!』とばかりにバタバタと暴風のように揺れ動いている。
キャルルはフッと真顔に戻り、足元の特注安全靴に微かな『闘気』を這わせた。
バチィッ、と紫電が弾ける。
「大佐。桜ちゃんは、この村の大切な恩人であり、私の大親友です」
「…………」
「もし……桜ちゃんに理不尽な残業をさせたり、少しでも無理をさせて泣かせるような真似をしたら。私、容赦なく『月影流・顎砕き』で大佐の顎を粉砕しますからね。……わかってますか?」
それは、ただの脅しではない。
帝国最強の人狼を相手に、本気で命を奪う覚悟を決めた親友としての「殺気」だった。
その圧倒的なプレッシャーを正面から浴びながら。
ギルバートは一切の闘気を出さず、ただ静かに、そして力強く頷いた。
「……望むところだ」
彼の金色の瞳に、一切の迷いはなかった。
「私の補佐官(桜)の健康管理は完璧だ。彼女が定時で帰り、美味しいものを食べて穏やかに眠れるようにするためなら、私はこの命を盾にする覚悟ができている」
「…………」
「あなたがその蹴りを私に放つ日は、永遠に来ない」
村の入り口に、静かな風が吹き抜けた。
互いの譲れない「桜を大切に想う心」がぶつかり合い、そして、静かに同調する。
キャルルは足元の紫電をスッと収めると、再びパァッと満面の笑みを浮かべた。
「……合格です! ふふっ、相変わらず大佐は桜ちゃんのことになると必死で、からかいがいがありますね!」
「き、貴様ッ! 人狼の純情を弄ぶとは、月兎族の姫君ともあろう者が……!」
顔を真っ赤にして怒るギルバートと、けらけらと笑うキャルル。
二人の、殺伐としているようで完全に信頼し合っている『戦友』のようなやり取りを見て、少し離れた場所にいた桜は、ふわりと温かい笑みをこぼした。
(なんだか、すごく平和ですね。……ギルバートとキャルルちゃん、すっかり仲良しになっちゃって)
自分のために本気で怒り、本気で誓いを立ててくれる、最強の相棒と、最強の親友。
この絶対に裏切らない、最高の固定メンバー(チーム)がいれば、今回の出張も間違いなく完璧な成果を出せるだろう。
「さぁさぁ、立ち話もなんですし、早く村長宅へ行きましょう! ハンバーグが冷めちゃいますよ!」
「ああ、行こう。大佐も、一緒に食べましょうね」
桜が手招きすると、ギルバートは「……うむ」と咳払いをして、真っ赤になった耳を隠しながら二人の後を追った。
村人たちの明るい声と、狂気と混沌の農作物たちが騒ぐポポロ村。
ホワイト事務官の新たな戦い(お仕事)は、親友の極上ハンバーグと、過保護な人狼の甘い護衛とともに、賑やかな幕を開けるのだった。




