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事務聖女は定時で帰ります。『善行通販』と『魔導Excel』でブラック部署を立て直したら、冷徹な人狼上官の極上溺愛が始まりました  作者: 月神世一


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15/25

EP 15

完璧なホワイト部署と至高の珈琲。そして、私たちの定時退勤を阻む新たな『厄介事』

翌朝。

ルナミス帝国・国家財務総局のオフィスビルに、清々しい朝日が差し込んでいた。

「おはようございます」

「あ、天木事務官! おはようございます! 今日の資料、すでにフォーマットに沿って提出済みです!」

「おはようございます、天木さん! いつもありがとうございます!」

桜がタローマン製の防弾ヒールを鳴らして兵站管理部のフロアに入ると、すれ違う職員たちが次々と、明るく、そして深い敬意を込めて挨拶をしてきた。

昨日までの、怒号と怯えた空気に満ちたブラック部署の面影はどこにもない。

絶対的な恐怖政治を敷いていたボルドー元局長が内務省の地下牢へ連行されたことで、フロアの空気は見違えるほどに澄み切っていた。

何より、桜が構築した『魔導Excel』のフォーマットが全部署に共有されたことで、無駄な手書きの書類作業や非効率な計算業務が完全に消滅したのだ。

(素晴らしいです。これぞ、誰もが自分の本来のタスクに集中できる真のホワイト環境……!)

桜は内心でガッツポーズを決めながら、自分のデスクへと向かった。

すると、彼女のデスクの上には、思いがけないものが置かれていた。

美しく磨き上げられた純白の陶器のカップ。

そこから、ふわりと立ち上る、深く芳醇な香り。

ポポロ村の特級品、『ポポロ・コーヒー』だ。

「……おはよう、桜」

その声に顔を上げると、完璧な黒の背広を着こなしたギルバート・ヴォルフ特務大佐が、書類ファイルの束を脇に抱えて立っていた。

銀縁眼鏡の奥の金色の瞳が、朝の光を受けて柔らかく瞬いている。

昨夜、涙を流す桜を優しく抱きしめ、初めて名前を呼んでくれた最強の獣。

その時の甘い記憶が蘇り、桜の頬がカッと熱くなった。

「お、おはようございます、ギルバート大佐。このコーヒーは……?」

「私が淹れた。……あなたの本日の健康状態と、オフィス内の室温、および魔導端末の起動にかかる時間を逆算し、あなたが席に着いた瞬間に最も美味しく飲める温度(82度)に調整してある」

(コーヒー一杯淹れるだけで、どんだけ精密な計算してるんですかこの人!)

「あ、ありがとうございます……。いただきますね」

桜がカップを手に取り、一口含む。

「……美味しい」

思わず感嘆の声が漏れた。深いコクと、すっきりとした苦味。徹夜明けの頭をスッキリとさせるような、完璧な一杯だった。

桜が嬉しそうに目を細めるのを見て、ギルバートは「フッ」と短く得意げに笑った。

だが、彼の顔はクールなままでも、頭頂部にある銀色の人狼の耳は『どうだ! 美味しいだろう!』と言わんばかりにピンと誇らしげに立ち上がり、背中の尻尾はバッサバッサとご機嫌なリズムで揺れまくっている。

周囲の職員たちは、帝国軍で「狂犬」と恐れられる最強の特務大佐が、一介の事務官のデスクにコーヒーを淹れて待ち構え、あまつさえ尻尾を振っているという信じられない光景を、遠巻きに拝むように見つめていた。

(なんか、周りからの視線が昨日とは違う意味で痛いんですけど……。でも、まぁいっか)

桜はコーヒーの温かさに頬を緩めながら、ギルバートを見上げた。

「大佐。おかげさまで、今日の業務はとてもスムーズに進みそうです。今のこの部署なら、大佐の部隊への補給も、一切の遅滞なく完璧に行えますよ」

「頼りにしている。……あなたがいれば、我が軍の兵站は盤石だ」

ギルバートは桜の言葉に深く頷き、ふと、その視線を桜の唇へと向けた。

コーヒーの雫が、ほんの少しだけ桜の唇の端に残っていたのだ。

「……桜」

ギルバートが長い腕を伸ばし、その大きな指先で、桜の唇の端をそっと拭った。

男らしく少し硬い指の感触と、至近距離に迫る彼の整った顔立ち。

ふわりと、彼が纏う上質な背広の香りと、微かな獣の匂いが桜の鼻腔をくすぐる。

「あっ……」

「……失礼。少し、汚れていたので」

指先についたコーヒーの雫を、ギルバートはなんの躊躇いもなく自分の口元へと運び、ペロリと舐め取った。

その、あまりにも自然で、それでいて色気に満ちた人狼の仕草に、桜の心臓が警鐘を鳴らすようにドクン!と跳ね上がった。

「た、た、大佐ッ! い、今の、ここ会社オフィスですよ!?」

「? 問題ない。私はただ、補佐官の顔についた汚れを拭き取っただけだ。これも円滑な業務のための――」

「業務の一環で唇を触らないでくださいーっ!!」

桜が顔を真っ赤にして抗議すると、ギルバートはきょとんとした後、自分のやったことの『意味(間接キス)』にようやく気づいたのか、ボンッ! と音を立てて耳まで真っ赤に染め上げた。

「なっ……! ち、違う! 私は決して、あなたに野蛮な獣の欲望を抱いたわけでは……ッ!」

「もう! 尻尾がすごい勢いでパニックになってますよ!」

互いに顔を真っ赤にして言い合う二人。

甘く、少しだけ不器用な、最高のビジネスパートナーとしての朝の日常。

このまま何事もなく、17時の定時の鐘が鳴るまで、平和で完璧な事務処理の時間が続く――はずだった。

バンッ!!!

突如として、兵站管理部のフロアの扉が乱暴に蹴り開けられた。

そこに立っていたのは、軍の通信部隊のエンブレムをつけた若い伝令兵だった。彼は肩で息をし、顔面を蒼白にしている。

「て、天木事務官はッ! 天木事務官はおられるか!!」

ただ事ではない空気に、フロアの職員たちが一斉に青ざめる。

桜は即座にプロの事務官の顔へと切り替わり、スッと立ち上がった。ギルバートもまた、先ほどの甘い空気を一瞬で消し去り、冷徹な特務大佐のオーラを纏う。

「私です。どうしましたか?」

「き、緊急事態です!! 東部戦線において、勇者ゼロス率いる部隊が、軍の作戦予定と補給線の限界を完全に無視し、魔王軍の拠点に向けて無謀な突撃を開始しました!」

「……は?」

桜の口から、信じられないというような声が漏れた。

伝令兵は悲痛な叫びを上げる。

「現在、勇者部隊は敵陣の奥深くで完全に孤立! それにもかかわらず、彼らは魔導通信石で『俺の華麗な活躍のために、今すぐ最高級のポーションと弾薬、それから見栄えの良い魔導鎧の替えを50着前線に届けろ!』と、無茶苦茶な緊急要請を送ってきています!」

「馬鹿な」

ギルバートが低く、地を這うような声で吐き捨てた。

「補給線を無視した進軍など、ただの自殺行為だ。しかもこの期に及んで、見栄えの良い鎧だと? 奴は戦争を、英雄ごっこの舞台とでも勘違いしているのか」

ギルバートの言う通りだった。

異世界から召喚された勇者ゼロス。彼は【マネー(課金)】というユニークスキルを持ち、聖人君子を気取ってはいるが、その実態は『炎上神ワイズ』と裏で契約を結び、自分の見栄と利益(ゴッドチューブのPV数)のためなら、味方の犠牲すら厭わない自己中心的な男だ。

わざと危険な状況を作り出し、カメラが回っている時だけ華麗に活躍して見せる。今回の無謀な進軍も、間違いなくその『ヤラセ炎上配信』の一環だろう。

「このままでは、勇者部隊を援護に向かった我が軍の別動隊まで、補給物資の枯渇により全滅してしまいます! 天木事務官、どうか、どうか至急の物資手配を……ッ!」

伝令兵がその場に泣き崩れそうになる。

フロアの職員たちは、あまりの絶望的な状況に頭を抱えた。

敵陣の奥深くで孤立した部隊に、しかも即座に大量の物資を届けるなど、魔法を使っても不可能だ。せっかくボルドーが消え、平和なホワイト部署になったというのに、またしても解決不可能な理不尽が襲いかかってきたのだ。

誰もが、終わった、と思った。

だが。

ただ一人。桜だけは、静かに魔導端末の前に座り直し、カチャカチャとキーボードを叩き始めた。

「……天木殿?」

「ギルバート大佐。現在、ゴルド商会の第一倉庫に、魔導ライフル用の特種弾薬の在庫が3万発あります。『善行通販』の天界お急ぎ便を使えば、これらを勇者部隊ではなく、彼らを援護している別動隊の『真上』にピンポイントで即時転送(投下)することが可能です」

桜は、まったく焦る様子もなく、むしろ冷酷なまでの事務処理速度で、次々とタスクをさばき始めた。

「……兵站ロジスティクスを理解していない自己中心的な勇者など、軍にとってはただの『歩く赤字(不良債権)』です。そんな見栄っ張りのために、真面目に戦っている兵士たちを死なせるわけにはいきません」

カチッ、と。

桜がエンターキーを叩く。

「伝令兵さん。前線の別動隊に伝えてください。3分後に、空から要求量の3倍の弾薬と陽薬草が降ってきます。勇者ゼロスのカメラ映えなど無視して構いません。弾薬を惜しみなく使い、安全第一で撤退戦を行え、と」

「さ、3分後!? は、はいッ! 直ちに伝達します!」

伝令兵が涙目で敬礼し、弾かれたように通信室へと駆け出していく。

桜はスッと立ち上がり、隣に立つギルバートを見上げた。

「大佐。前線の兵士たちを安全に撤退させるための補給線は、私が『善行通販』と『魔導Excel』の全権をもって、完璧に構築・維持します。……ですが、あの腐った勇者バグの救出と、彼のおかしな取り巻きたちの対処は、私のようなデスクワーカーの管轄外です」

「……なるほど。前線の物理的な『害虫駆除』は、私の仕事というわけだな」

ギルバートはニヤリと、その端正な顔に好戦的な、そして最高に色気のある人狼の笑みを浮かべた。

彼は首元に手をやり、スッとネクタイの結び目を緩める。

「承知した。あなたの完璧な兵站があれば、いかなる魔王軍の軍勢であろうと、我ら人狼部隊が蹂躙し、味方を生還させてみせよう。……あの愚かな勇者には、たっぷりとお灸を据えてやる必要があるな」

最強の事務官と、最強の特務大佐。

理不尽なトラブル(残業の危機)を前にしても、二人の間に悲壮感は一切なかった。

あるのは、互いの絶対的な能力への信頼と、決して自分たちの平和な日常を脅かさせないという、強固な意志だけだ。

「行きましょうか、ギルバート大佐。ちゃっちゃとこの厄介事を片付けて――」

「ああ。――明日もあなたが、定時で帰るために」

二人は顔を見合わせ、不敵な笑みを浮かべた。

腐敗したブラック上司を打ち倒し、最高の絆で結ばれた『最強のバディ』。

彼らの定時退勤を阻む者には、もはや神であろうと勇者であろうと、絶望的なまでの『完璧なロジック』と『圧倒的な武力』による、容赦のない断罪が待っている。

事務聖女と冷徹な人狼の、痛快無比なお仕事無双と極上の溺愛の物語は、ここからさらなる波乱の幕を開けるのだった。

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