EP 12
気合でデジタルログは消せません。変更履歴が暴く『キャバクラ代経費化』の真実
カチッ。
講堂に響いたのは、天木桜が魔導端末のケーブルを、巨大な魔導プロジェクターに接続した、ごく小さな音だった。
しかし、その直後に正面の巨大スクリーンに映し出された光景は、講堂内の空気を一瞬にして塗り替えた。
スクリーンに展開されたのは、先ほどボルドー局長がドヤ顔で提示したのと同じ『帳簿データ』。
だが、その画面の右側には、異世界の住人たちが見たこともない、詳細な『情報の帯』がズラリと並んでいた。
「さて、皆様。ボルドー局長は先ほど、私が金貨1000枚を横領したと仰りました。確かにこのセル……このマスの数字の送金先は『天木桜』となっていますね」
桜は魔導マイクを片手に、まるで新人研修でエクセルの基本操作を教えるかのような、穏やかで透き通る声で解説を始めた。
「ですが、私が構築したこの『魔導Excel』には、誰が、いつ、どこを書き換えたかを1秒の狂いもなく記録し続ける【変更履歴の自動追跡マクロ】が組み込まれています。では、この『天木桜』という文字が書き込まれた瞬間のログ(記録)を見てみましょう」
桜がマウス(に相当する魔石)をワンクリックする。
スクリーン上の『天木桜』という赤い文字がハイライトされ、その横に、残酷なまでに正確なデジタル記録がポップアップ表示された。
【最終更新者:ボルドー局長】
【更新時刻:昨日 14時22分45秒】
【変更内容:送金先を『帝都キャバクラ・夜の蝶』から『天木桜』へ上書き変更】
「なっ……!?」
講堂の空気が、ピシッと凍りついた。
数百人のエリート官僚たちの視線が、スクリーンと、証言台で滝のような冷や汗を流し始めたボルドー局長の間を往復する。
「な、なんだそれは! 捏造だ! 幻影だ!」
ボルドーは演台をバンバンと叩き、マイク越しに裏返った声で叫んだ。
「私は昨日、両手に闘気を練り上げ、お前の魔導端末に直接アクセスして、その軟弱な魔法の記録を物理的に握り潰したのだぞ! なぜ記録が残っている! 闘気で上書きした数字は、誰にも暴けないはずだ!」
(……自分で『私が書き換えました』って自白しちゃいましたね。本当に、デジタルに疎いおじさんってこれだから……)
桜は内心で呆れ返りながら、完璧な営業スマイルをさらに深めた。
「ボルドー局長。大変申し上げにくいのですが、気合や闘気では、デジタルデータのログ(記録)は消せませんよ。端末を物理的に叩いたところで、パスワードロックをかけ忘れた画面のセルを、手入力で上書きしただけですから」
桜はトドメとばかりに、もう一度クリック音を響かせた。
「さらに申し上げますと。局長が闘気(笑)で上書きする前の『真の帳簿データ』は、一文字入力するごとに天界のクラウド(余剰空間)へと自動でバックアップ保存される仕様になっております。では、局長が改ざんする前の、本来のデータをご覧いただきましょう」
スクリーンが切り替わる。
そこに映し出されたのは、ボルドーが懸命に隠蔽しようとしていた、数年間にわたる腐敗の極みとも言える裏帳簿の全貌だった。
「ひっ……!」
ボルドーの喉から、カエルが潰されたような悲鳴が漏れた。
桜は手元のレーザーポインター(魔導光)で、赤く塗られた項目を次々と指し示していく。
「まず、前線の防寒具として計上されていた金貨300枚。こちらの真の送金先は、ポポロ村の高級嗜好品『ポポロシガー・特級品』の定期購入費ですね。局長室の隠し棚に山積みになっている葉巻です。
続いて、医療用陽薬草の購入費として計上されている金貨500枚。こちらは、帝都の高級キャバクラ『夜の蝶』における、局長の半年分のツケの支払い。
さらに、兵器メンテナンス代の金貨200枚は、局長の愛人であるホステスへのマンションの家賃として流用されています」
淡々と、しかし一切の容赦なく。
桜の声が、ボルドーの罪を一つ一つ白日の下に晒していく。
講堂内はもはや、怒号すら起きないほどのドン引き状態だった。前線で命を懸ける兵士たちのための予算が、ひとりの太った中年の葉巻とキャバクラ代に消えていたのだ。
「き、貴様ぁぁぁ!! 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!! そんな魔法の数字など、誰が信じるものか! 証拠だ! 物理的な証拠がどこにある!!」
完全に追い詰められたボルドーが、口角に泡を飛ばしながら絶叫した。
昭和の根性論で生き抜いてきた彼は、まだ「紙の証拠がなければ逃げ切れる」と本気で信じていたのだ。
だが、桜はその言葉を待っていた。
彼女はふっと視線を横に向け、自身の背後で静かに、そして絶対的な威圧感を放って立ち尽くす最強のパートナーを見上げた。
「大佐。局長が『証拠』をご所望です」
桜の言葉に応え、黒の背広に身を包んだギルバート・ヴォルフ特務大佐が、ゆっくりと桜の隣に並び立った。
彼の手には、分厚い茶封筒が握りしめられている。
「……天木殿。あなたの完璧なロジックを前にしては、私の出番など野蛮な後始末に過ぎませんが」
ギルバートは銀縁眼鏡の奥で冷たく目を細め、封筒の中から大量の『紙の束』を取り出した。
「ここに、ゴルド商会のオロチ会長から直接提出させた、ボルドー局長宛の『ポポロシガー』および『キャバクラのツケの肩代わり』に関する、過去5年分の正規の領収書と納品書がある。すべての紙に、ボルドー、貴様自身の署名と、魔力印が押されているな」
バサッ! と。
ギルバートは数百枚の領収書の束を、講堂の宙に向かって放り投げた。
ヒラヒラと舞い散る紙吹雪のような領収書が、ボルドーの顔面や、最前列の役人たちの足元へと降り注ぐ。
「あ、あ、ああ……っ」
一枚の領収書を拾い上げた最前列の将官が、ワナワナと震える手でそれを握り潰し、ボルドーを殺意の籠もった目で睨みつけた。
「貴様……! 我々が血を流して勝ち取った予算を、キャバクラの女に貢いでいたというのか……ッ!」
「ち、違う! これは陰謀だ! 天木とギルバートが仕組んだ罠だ!」
もはや誰の目にも明らかな自滅。
ボルドーは後ずさり、最後に残された己の『闘気』を両手に練り上げ始めた。
論理で勝てないなら、この場のデータを吹き飛ばし、桜を物理的に排除して逃走するしかないと、彼の狂った脳が判断したのだ。
「ええい、死ねぇぇぇ!! 軟弱な魔法ごと、我が気合で粉砕してくれるわ!!」
ボルドーが肥満体を揺らし、証言台から桜に向かって飛びかかろうとした、その瞬間。
「――無能の分際で、私の補佐官に手を伸ばすな」
絶対零度の死の宣告。
ギルバートが桜の前にスッと立ち塞がり、首元のネクタイに指をかけた。
そして、彼が流儀とする『断罪のネクタイ剣』を抜くよりも早く。
最前列のVIP席から、パン、パン、パンと、優雅な拍手の音が響き渡った。
「見事だ。実に見事な『害虫駆除』のプレゼンテーションだったよ、天木桜くん」
拍手をしたのは、内務省トップのオルウェルだった。
彼は立ち上がり、心底楽しそうな、そしてボルドーに対してはゴミを見るような冷酷な視線を向けた。
「憲兵隊。その見苦しい豚を捕縛しろ。国家反逆罪および横領罪で、内務省特別尋問室へ連行だ。……二度と、太陽の光を拝めると思うなよ」
「はっ!」
オルウェルの命令に、周囲を取り囲んでいた憲兵たちが一斉にボルドーに飛びかかった。
「離せ! 私は局長だぞ! 気合が足りんのだ貴様らはぁぁぁ!!」
断末魔のような根性論を叫びながら、ボルドーは無様に床に押さえつけられ、腕を後ろ手に縛り上げられた。
そのまま、講堂の出口へと引きずられていくブラック上司の姿を、桜は一切の感情を交えない、ただの『処理済みタスク』を見るような目で見送った。
「……現在時刻、16時55分」
桜は再び腕時計に視線を落とし、小さく息を吐いた。
「予定通り。定時退勤まで、残り5分ですね」
完璧なロジックと、デジタルデータの証明。そして最強のパートナーによる物理的証拠の裏付け。
気合や根性といった昭和のブラック体質は、現代の事務スキルを前にして、完膚なきまでに社会的に抹殺されたのだった。
講堂内に残された数百人の官僚たちは、あまりに鮮やかで容赦のないこの『事務監査』の結末に、声を発することすらできず、ただ桜とギルバートの姿を呆然と見つめ続けていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




