EP 11
【運命の監査会議】無能上司の罠と、定時退勤まで残り30分の逆転劇
ルナミス帝国・国家財務総局、第一大講堂。
天井には豪華な魔導シャンデリアが輝き、すり鉢状に配置された数百の座席には、帝国の中枢を担うエリート官僚や軍の幹部たちがずらりと顔を揃えていた。
最前列のVIP席には、先ほど桜を直々にスカウトした内務省トップ・オルウェルの姿もある。彼は足を組み、これから始まる「ショー」を心待ちにするように優雅な笑みを浮かべていた。
そして、講堂の最下段に設けられた証言台。
そこに立っているのは、ボルドー局長である。彼は真新しい軍服に身を包み、胸を張り、自分がこの世界の正義の中心であるかのような、自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。
「――以上が、我が兵站管理部における今期の予算消化の概況である」
ボルドーの野太い声が、魔導マイクを通して講堂内に響き渡る。
ここまでは、各部署の定例報告だった。しかし、彼の報告はそれでは終わらなかった。
「さて、諸君。本日の全体監査会議において、私は帝国の未来を揺るがす『重大な不正』を告発しなければならない!」
ボルドーが演台をドンッ! と強く叩き、芝居がかった声で叫んだ。
講堂内がざわめく。重大な不正という言葉に、居眠りしかけていた官僚たちも一斉に顔を上げた。
「近年、我が財務総局には、伝統ある帝国軍人の『闘気』や『気合』を軽視し、効率化などという甘言で『未知の魔法技術』に頼る軟弱な風潮が蔓延している!」
ボルドーの視線が、議席の中段――桜が座っている席へと真っ直ぐに向けられた。
「特に、我が兵站管理部に所属する一介の事務官! 彼女は『魔導Excel』などという得体の知れない魔法の箱を操り、汗水流して手計算で予算を組む真面目な職員たちを愚弄してきた! だが、私は見抜いていたのだ。その小賢しい魔法が、自身の私腹を肥やすための『隠れ蓑』であるということを!」
どよめきが、講堂全体を包み込んだ。
ボルドーは魔導プロジェクターを操作し、巨大なスクリーンに一枚の『帳簿データ』を投影した。
そこには、無数の数字が羅列されていたが、一部の項目――【使途不明金:金貨1000枚】の送金先が、赤々と『天木桜』という名前に書き換えられているのが、誰の目にもはっきりと映し出されていた。
「見よ! これが、奴が魔法で巧妙に隠蔽していた横領の記録だ! 私は昨日、帝国軍人の誇りたる『闘気』を両手に練り上げ、彼女の魔導端末に直接アクセスし、その脆弱な幻影を物理的に打ち破ることで、この真実を引きずり出したのだ!」
(……出た。出ましたよ、昭和の根性論おじさん特有の謎の自信)
議席に座ったまま、桜は内心で深い深いため息をついた。
(パスワードを物理的に打ち破ったって……。私が席を外している間に、ロックをかけ忘れていた端末を勝手に操作して、セルに手入力で上書きしただけですよね。しかも『変更履歴の記録』をオンにしたまま。……ITリテラシーが化石すぎて、逆に清々しいです)
だが、そんなデジタルの常識を知らない異世界の官僚たちは、スクリーンに映し出された『天木桜』という文字を見て、完全にボルドーの言葉を信じ込み始めていた。
「なんということだ……あの大人しそうな事務官が、金貨1000枚を?」
「だから新しい魔法などに頼るべきではないのだ! やはり計算はそろばんが良い!」
周囲からの刺すような視線と、非難のひそひそ声が一斉に桜へと降り注ぐ。
普通に考えれば、これは絶体絶命のピンチである。直属の局長から、数百人のエリートたちの前で大々的に横領犯として告発され、偽造された証拠まで提示されているのだ。精神の弱い者なら、この場で泣き崩れるか、パニックを起こして叫び出しているだろう。
「天木桜! 貴様のような帝国を食い物にする害虫は、今ここで社会的に抹殺し、憲兵隊に引き渡してくれるわ! おい、彼女を取り押さえろ!」
ボルドーが勝ち誇った顔で叫び、講堂の端に待機していた憲兵たちが、ガチャガチャと武装の音を立てて桜の席へと近づいてきた。
その、瞬間だった。
「――一歩でも彼女に近づけば、貴様らの首を『不良在庫』としてこの場で焼却する」
桜の隣の席から、絶対零度の殺気が講堂全体を支配した。
それまで気配を絶って座っていたギルバート・ヴォルフ特務大佐が、静かに立ち上がったのだ。
「ギ、ギルバート大佐……ッ!? なぜ貴官が、そのような犯罪者を庇う!」
ボルドーがたじろぐ。
ギルバートの銀縁眼鏡の奥の瞳は、もはや人間のそれではなく、獲物の喉笛を引き裂く直前の、冷酷な獣の光を放っていた。
「ボルドー。貴様が提示したその紙切れ(データ)が、どれほど杜撰で滑稽な偽造か、私には一目でわかる。彼女の兵站構築の美しさに比べれば、貴様の捏造など、ゴブリンの落書き以下だ」
ギルバートは首元のネクタイにゆっくりと手を伸ばした。
彼がネクタイを緩め、『断罪のネクタイ剣』を抜けば、この講堂は一瞬にして血の海……いや、少なくとも憲兵たちは一撃で気絶させられるだろう。
「大佐。ストップです」
だが、ギルバートが闘気を練り上げようとしたその手に、桜の小さな、しかし温かい手がそっと重ねられた。
「天木殿……?」
「ありがとうございます。大佐が怒ってくださるのは、すごく嬉しいです。でも、ここは私の戦場です。暴力(物理)で解決しては、後片付け(始末書)が面倒になりますから」
桜はギルバートにふわりと微笑みかけると、ゆっくりと立ち上がった。
数百人の非難の視線を一身に浴びながら、彼女の態度は、普段のオフィスでコピー機に用紙を補充する時と何一つ変わらない、完璧なほどにフラットなものだった。
桜は、左手首にはめた腕時計にチラリと視線を落とす。
時刻は、16時30分。
「……ボルドー局長。あなたの気合と闘気に満ちた素晴らしいプレゼンテーションは、それでもう終わりでしょうか?」
よく響く、凛とした桜の声が講堂に響き渡った。
泣き叫ぶことも、取り乱すこともない、そのあまりに堂々とした態度に、ボルドーも、憲兵たちも、思わず動きを止めた。
「な、なんだその態度は! 罪を認めて命乞いをするなら今のうちだぞ!」
「命乞い、ですか。必要ありません」
桜はノート型の魔導端末を小脇に抱え、ヒールを鳴らしながら、証言台のボルドーのすぐ横まで歩み出た。
「現在時刻は16時30分です。私の本日の定時退勤時刻まで、残りちょうど30分となりました。……無駄な残業(やり取り)は私の主義に反します。巻きで終わらせましょう」
「き、貴様ッ! この期に及んでまだ定時などと……!」
「ええ。帰りますよ。あなたのその、穴だらけで滑稽な『データ改ざん』の真実を、皆様の前にすべてお見せしてから」
桜はそう言って、極上の、絶対零度の営業スマイルを浮かべた。
「では皆様。お待たせいたしました。『本当の監査会議』を始めさせていただきます」
カチッ、と。
桜が魔導端末の接続ケーブルを、講堂のメインプロジェクターへと繋ぐ。
ボルドーの顔から、さっと血の気が引いた。
昭和の根性論と闘気至上主義で凝り固まった男が、現代の『デジタルログ』と『完璧な事務スキル』という見えない刃によって、社会的に完全に抹殺されるまでのカウントダウン。
定時退勤まで、残り30分。
ルナミス帝国史上、最も苛烈で、最もスタイリッシュな『ざまぁ』の幕が、今、切って落とされた。
読んでいただきありがとうございます。
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