芽生えは爆発と共に②
クロエの実験室は、王城の地下にある。
正確には、蓮がこの国へ来てから新しく作らせたものだった。危険な魔法実験に魔導具の試作、得体の知れない薬品。そんなものを地上で好き勝手に扱わせるほど、エミリアも命知らずではない。
厚い石壁に囲まれ、多少の爆発なら外へ被害が出ないよう補強された特別製の地下施設。
ちなみに、設計と建造にはルミナの力も使われている。
『だから、なんで神に頼むのがそんなものなのよ……』
どこからか声が聞こえた気がしたが、エミリアは気にしなかった。
地下へ続く階段を降り、研究区画へ足を踏み入れる。
「……これはまた、派手にやったわね」
実験室の中には鉄の破片が散乱していた。壁も床も煤で黒く汚れ、中央に置かれていたらしい実験台は半分ほど吹き飛んでいる。
その傍らでは、一人の男が大の字になって倒れていた。
「……なんでだよ……」
煤だらけになったオルグレイが、天井を見上げながら呟く。
「なんで鎧着てる俺より、あんたの方が無事なんだよ……」
少し離れた場所では、クロエがほとんど無傷のまま、爆発した鍋らしき残骸を拾い上げていた。
「なるほど……固定部から飛んだか。圧力自体は想定どおりだったんだけどねぇ」
「聞けよ!」
オルグレイの叫びに、ようやくクロエが振り返った。
「仕方ない。説明してあげよう」
「何をだよ」
クロエは自分の制服を指差す。
「ドールズが着ている制服には、守りと障壁の魔法回路が組み込まれていてね。この程度の爆発なら大した問題にはならないのさ」
オルグレイが勢いよく身体を起こした。
「だったら、それ俺にも使えばいいじゃねぇかよ!」
「構わないよ?」
「お?」
「普通の魔力量なら、一時間くらいで干からびるけどね。オルグレイ君の鎧にも付けてあげようか?」
「なんだよ、その特殊呪物は!」
エミリアは思わず笑った。
「頼もしい助手が出来たみたいね。馴染んでいるようで良かったわ」
「馴染んでもねぇし、助手でもねぇよ!」
オルグレイが反射的に言い返し、そこでようやくエミリアの姿に気づいた。
「……って、誰だ?」
「オルグレイ君」
クロエの声が妙に楽しげになる。
「彼女は我が国の女王、エミリア・ローゼンバーグ様だよ」
「…………は?」
「ちなみにこの間、口答えした帝国の使者が魂を抜かれたような顔をして帰っていったんだが……オルグレイ君」
「は? は? マジか?」
見る見るうちに顔色が変わっていく。
エミリアは、そんな男へ優雅に微笑んだ。
「初めまして。この国の女王、エミリア・ローゼンバーグよ」
「……終わった」
「ふふっ」
あまりにも分かりやすい反応に、エミリアは楽しそうに笑う。
「安心なさい。そういうキャラが欲しかったから、私は気にしないわ。貴方らしくしていなさい」
「……いいのか?」
「ええ。ただし、女王に対して不敬だったこと自体は間違いないわね」
「やっぱ駄目じゃねぇか!」
「だから罰よ。私が満足するまで、クロエのモルモッ――助手として働きなさい」
「今、なんか言いかけなかったか!?」
「素晴らしい!」
クロエが即座に食いついた。
「これで正式に私の専属助手というわけだね。よろしく頼むよ、オルグレイ君」
「だから俺の話を聞け!」
「そんなことより」
エミリアは、爆発した鍋の残骸へ視線を落とす。
「結局、何が起きたの?」
「そんなことより!?」
オルグレイの抗議は、綺麗に無視された。
◇ ◇ ◇
「結論から言えば、圧力を高めるところまでは成功したよ」
クロエは壊れた鍋の一部を実験台へ置いた。
「成功した結果がこれなの?」
「研究というのは失敗を積み重ねるものなのさ」
「爆発を成功扱いするのはやめなさい」
エミリアが呆れながら残骸を見る。
鍋そのものは、まだ原形をある程度残している。問題は蓋だった。固定していた金具が大きく歪み、その一部が吹き飛んでいる。
「密閉して加熱すれば、中の圧力が上がる。そこまでは君から聞いたとおりだった。ただ、その圧力を押さえ込む部分が難しい」
クロエが歪んだ金具を摘まみ上げた。
「特に蓋だね。隙間なく密閉しながら、内側から押し上げてくる力にも耐えなければならない。単純にもっと強い金属を使うか、固定部分をもっと精密に作る必要がある」
「魔科学というより、鍛冶の問題になったわけね」
「そういうことだね。私にも金属加工の知識はあるけれど、これは専門家に聞いた方が早い」
エミリアは少し考え、それから頷いた。
「なら、鍛冶ギルドへ行きましょう」
「賛成だね」
「俺も行くのか?」
オルグレイが嫌そうに聞く。
「助手でしょう?」
「いつ決定したんだよ!」
「さっきよ」
女王の一言で、異議申し立ては却下された。
◇ ◇ ◇
王都の鍛冶ギルドでは、今日も金属を叩く音が絶えず響いていた。
帝国方面から流れてきた職人も増え、以前より明らかに人の出入りが多い。作業場の奥では新しい炉の建造も進んでいた。
従来より高い温度を得るため、ただ炎を金属へ当てるのではなく、炉の壁や丸みを持たせた天井へ熱を当て、それを内部へ戻す。煙の流れや空気の入り方も工夫し、なるべく熱を逃がさない。
エミリアが地球の知識として伝えた考え方を、王国の職人達が自分達の技術で形にしようとしている途中だった。
「陛下、ちょうどお見せしたいものがありまして」
ギルドの職人が、布に包まれた細長い物を持ってくる。
布が外されると、中から現れたのは緩やかに反った一本の刃だった。
「出来たのね」
「はい。まだ試作品ではありますが」
刀。
以前エミリアが、形状や製法について伝えていた地球の武器だった。
折り返し鍛錬を中心に、水減しや造り込み、焼き入れについても、聞いた範囲で試行錯誤を重ねたらしい。見た目だけなら、確かにエミリアの知る刀に近い。
けれど、職人の表情は明るくなかった。
「形にはなりました。ただ、武器として使うにはまだ問題があります」
「鉄?」
「はい。今ある鉄では粘りが足りません。刃を薄くすれば切れ味は出ますが、その分、欠けやすくなります。強い衝撃を受ければ折れる可能性も高い」
エミリアは刀を受け取り、光へ翳すようにして刀身を眺めた。
知識だけならある。作り方も伝えられる。けれど、知っていることと、それを同じように再現できることは別だった。
材料そのものの質、炉の温度、精錬、鍛造、そして熱の扱い。そこまで揃わなければ、地球にあったものをそのまま持ち込むことはできない。
「今作っている炉が完成すれば、もう少し改善できそう?」
「今より高い温度は出せると思います。ただ、それだけで解決するかは何とも……」
「そう」
エミリアはもう一度、刀身へ目を落とした。
実用品として見れば、まだ不満は多い。けれど、細身の刀身が描く緩やかな反りと、独特の形そのものは悪くなかった。
「これは貰っていくわ」
「よろしいのですか? まだ実戦で使える代物ではありませんが」
「ええ。武器としては未完成だけれど、美術品としてなら十分でしょう?」
エミリアは満足そうに刀を眺める。
「飾っておく分には、なかなか美しいわ」
職人は少し意外そうな顔をしたものの、すぐに頭を下げた。
試作刀を受け取ったところで、エミリアは本来の目的へ話を戻す。
「それで、今日はもう一つ相談があるの」
「何でしょう?」
「鍋よ」
「……鍋?」
職人達の視線が一斉にクロエへ向いた。
「何故、私を見るんだい?」
「さっき爆発したからでしょう」
結局、最近王国へ移ってきたドワーフ職人の一人が呼ばれることになった。
クロエが持ってきた歪んだ固定具を手渡すと、ドワーフは太い指で何度か裏返しながら眺める。
「ずいぶん派手に壊したもんじゃな」
「圧力の確認には成功した結果だよ」
「物は言いようじゃな」
ドワーフの返しに、オルグレイが大きく頷いていた。
エミリアは鍋の形を示しながら説明する。
「最近、この王都で流行っている食べ物があるでしょう?」
「ん?」
「カレーよ」
「ああ、あれか」
ドワーフの顔がぱっと明るくなる。
「この前食ったぞ。胃がカーッとして美味かったな」
「……その感想はどうなのかしら」
エミリアは若干引きながらも話を続けた。
「あれを作るのに、この鍋があると便利なのよ。詳しい説明は省くけれど、中の圧力を高くすると普通に煮込むより早く火が通るの」
「ほぉ。あの煮込み料理を早く作れるのか」
「そういうこと。だから何度使っても壊れないようにしたいのだけれど――」
ドワーフは改めて歪んだ金具へ目を落とした。鍋本体、蓋、固定具。クロエから構造を聞きながら、一つずつ確かめていく。
しばらくして、難しい顔で髭を撫でた。
「……理屈は分かる」
「作れそう?」
「鍋を作るだけなら出来る。だが、何度もこの圧力に耐えて、蓋をきっちり押さえ続けるとなると話が違うな。金属そのものをもっと強くするか、ここの噛み合わせを相当細かく作らにゃならん。今のワシには難しい」
「ドワーフでも?」
「ドワーフなら何でも出来ると思うなよ」
「クロエよりは期待しているわ」
「エミリア様?」
横から不満そうな声が聞こえたが、無視する。
刀を作ろうとしても、金属の質が足りない。圧力鍋を作ろうとしても、同じ壁にぶつかる。
どうやら今のローゼンバーグが、次に越えるべき技術の壁は見えてきたらしい。
その時。
「……そういえば」
クロエが、何かを思い出したように呟いた。
「何?」
「以前、妙に強靭な鎧を見たことがあるんだ」
クロエは記憶を探るように、僅かに視線を上げる。
「材質そのものは特別珍しいものじゃなかった。それなのに、同じ金属で作ったとは思えないくらい頑丈だった。確か、製作者の名前が――」
「バランか?」
ドワーフ職人が口を挟んだ。
「知っているの?」
「知っているも何も、ドワーフの間じゃ有名な頑固者じゃよ」
職人は苦笑する。
「今なら、シルヴァニアとの国境近くの町に住んでいるはずだ。腕だけなら間違いなく一流じゃ」
「なら決まりね」
「ただし」
ドワーフが念を押す。
「あいつは金を積めば仕事をするような男じゃない。気に入った相手の仕事しか受けん。王様だろうが貴族だろうが、気に入らなければ平気で追い返すぞ」
「へぇ」
エミリアの口元が楽しそうに持ち上がる。
「それは面白そうね」
「……話を聞いておったか?」
「聞いていたわよ」
だからこそ、会ってみる価値がありそうだった。
◇ ◇ ◇
「クロエ!」
鍛冶ギルドでの話が一段落した、その時だった。
入口からオルガの怒声が響く。
「なんで熱伝導率の研究で、熱で焼き切る斧作ってんだよ!」
「ああ、それかい」
クロエは悪びれる様子もなく振り返った。
「熱が伝わりにくいなら、熱を発すればいいだろう?」
「よくねぇよ!」
「ついでに斧にして、切れ味も試したんだ」
エミリアは僅かに眉を寄せた。
「……なんでヒートトマホークになってんのよ」
「ヒート……?」
「気にしないで」
「あー、あれか」
今度はオルグレイが口を挟んだ。
その横で、クロエがそっと一歩後ろへ下がる。
「結構使い勝手良かったぜ。形を変えながら試してたから、倉庫に三十本くらい転がってるな」
「三十本!?」
オルガの視線が完全にオルグレイへ向いた。
クロエが、さらに一歩下がる。
「俺としては、もうちょいデカいグレートアックス型が一本くらい欲しいな」
「増やすな!」
「まあ、木こりが使うには危ねぇけどな。森まで燃えそうだ」
「当たり前だろ! なんでそんなもん三十本も――クロエ!」
オルガが振り返る。
「…………」
いない。
「逃げやがった!」
「は?」
オルグレイも慌てて周囲を見回した。
「おい! 俺を置いていくなよ!」
追いかけようとしたところで。
「オルグレイ」
「……はい?」
エミリアに呼ばれ、反射的に足が止まった。
エミリアはオルガへ向き直る。
「紹介しておくわ。新しくクロエの助手として働くことになったオルグレイよ。給金に関しては、クロエの研究費から出してちょうだい」
「助手?」
オルガが、オルグレイを頭から足先まで眺める。
「この頭まで筋肉で出来てそうなのが、魔導具を作るのか?」
「初対面で失礼だな……。まあ、確かに作れねぇけどよ」
「魔導具を作る必要はないわ」
エミリアはさらりと言った。
「クロエの実験の手伝いよ。主に耐久試験とか」
オルガの表情が変わった。
「……死ぬんじゃねぇか?」
「死ぬのか!? おい!」
「何回爆発した?」
「爆発なんかより、とんでもねぇ魔法を撃ち込まれたぞ!」
「…………」
オルガはしばらく黙って、オルグレイを見つめた。
「よく生きてるな」
「俺もそう思うよ!」
エミリアは二人を見比べ、楽しそうに笑った。
「被害が一つに集中すれば、外に出る被害も抑えられるかもしれないわね」
「なるほど」
オルガの目つきが変わった。
「確保だ」
「なんで!?」
「給金は弾む。君のような人材を求めていた」
オルガが、オルグレイの肩を力強く掴む。
「主に俺の胃が助かる」
「この国、おかしくねぇか!?」
「話はついたようね」
「ついてねぇよ!」
エミリアは、既に次の予定へ思考を切り替えていた。
「ルミ」
「はい、エミリア様」
「出かける準備を」
目的地は、王国とシルヴァニア豊穣公国の国境近くにある町。
そこに住むという、一人の頑固なドワーフ職人。
バラン。
一つの鍋の爆発から始まった話は、いつの間にか王国の外へと伸び始めていた。
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