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芽吹きは爆発と共に①

【第三章 第一話】


 蓮がこの世界へやって来てから、およそ四ヶ月。


 帝国との戦いが終わってからも、既に一ヶ月ほどが過ぎていた。


 ローゼンバーグ王国は平和だった。少なくとも、戦争は終わっている。


 けれど、静かになったかと聞かれれば話は別だった。


「帝国方面からの流入ですが、想定より多い」


 エミリアの執務室で、オルガが手元の資料へ目を落としながら報告を続けていた。


 室内は黒と紫を基調としている。黒檀を思わせる大きな執務机には銀の金具と黒薔薇の意匠が施され、壁には王国全土を描いた地図と部隊ごとの報告板が並ぶ。


 厚い紫のカーテンと、淡い月光石を思わせる照明。女王の執務室としての華やかさはあるが、装飾品よりも書類や地図の方が圧倒的に多い。


 そして壁の端には、王都の広場を描いた一枚の絵が飾られていた。決して上手いとは言えない。けれど、どこか一生懸命さだけは伝わってくるその絵は、妙に立派な額縁へ収められている。


 エミリアは執務机の向こうで頬杖をつきながら、オルガの報告を聞いていた。


「流民だけじゃない。職人、商人、元兵士、それに家族連れも増えてる。帝国内部がまだ落ち着いてないからな。しばらくは増え続けると思った方がいい」


「でしょうね」


 帝国との戦争自体は終わった。しかし、国の混乱まで一緒に終わったわけではない。


 皇帝を中心としていた体制は大きく揺らぎ、各地では後始末が続いている。賠償問題、旧支配地域との関係、地方の反発、生活基盤を失った者達。


 戦場から遠いローゼンバーグでは、そんな帝国の事情など既に過去の話になりつつあったが、向こうでは今も現在進行形なのだ。


「問題は住居だな。増築は進めてるが追いついてない。それと元からいた住民との揉め事も少しずつ増えてる」


「まあ、当然でしょうね。昨日まで違う国の人間だった者達が、急に隣へ住み始めたのだもの」


「大きな問題になる前に手は打ってる。ただ、悪いことばかりじゃない」


 オルガが紙を一枚めくった。


「食料、衣服、建材、日用品。全部、需要が上がってる。それに職人が増えたことで工房も増えてるし、商人も勝手に動き始めた」


「勝手に、ね」


「ああ。前みたいに国が一から十まで指示しなくても、売れる物を作って、必要な場所へ運んで、足りない物を仕入れようとする奴が増えてきた」


 エミリアは僅かに口元を緩めた。


 それは良い変化だった。国がすべてを管理しなければ何も動かなかった頃とは違う。


 人が増えれば食べ物が必要になる。家が必要になる。服も、道具も、仕事も必要になる。誰かが必要とすれば、そこに商売が生まれる。


 職人が物を作り、商人が運び、人が金を使う。その金がまた別の誰かへ渡り、新しい需要を生む。


 まだ小さく、危うい。それでも、この国の経済は少しずつ、自分の足で歩き始めていた。


「随分、賑やかになったものね」


「賑やかなんてもんじゃない。ここ一ヶ月で何年分動いてるんだって感じだぞ」


「良いことじゃない」


「管理する側の身にもなれ」


「嫌よ。私は女王だもの」


「知ってるよ」


 オルガが疲れたように溜息を吐く。


 その直後だった。


 ――ドォォォン!!


 遠くから、腹の底へ響くような爆音が聞こえた。


 窓ガラスが僅かに震える。


 エミリアとオルガが、同時に音のした方角へ顔を向けた。


 しばし沈黙。


「……またあいつか」


「今は何作ってるのかしら……?」


 エミリアが小さく首を傾げる。


 すると頭の中から、すぐに声が返ってきた。


『確か、直前で話をしてたのは料理の依頼だったと思います。鍋とか、熱伝導率とか話してました』


「ああ、そうだったわね」


 答えてから、エミリアはふと気づいた。


 最近は、こういうことが増えている。自分が思い出そうとするより先に、もう一人のエミリアが必要な記憶を拾ってくる。


 以前なら、ただ身体の奥からこちらを見ていることの方が多かった。けれど今は違う。必要な時には口を挟み、記憶を探し、考えを補う。


 そうなったきっかけは、やはりあの時だった。



     ◇ ◇ ◇



 セバスの件が終わった後。


 魂のエミリアは、珍しく強い口調で蓮へ言った。


『もう、私に隠し事はしないでください』


「嫌よ」


『即答ですか!?』


「貴方の思考が入るとノイズが入って集中できないのよ。それに私のやる事、嫌いでしょ?」


『方法や見た目については今でも嫌いです』


「でしょう?」


『……後、その性格も。もっと素直にゴニョゴニョ……』


「思考で言葉を濁すとか器用ね」


『そんな事はどうでもいいです』


 魂のエミリアは一度言葉を止めた。それでも、逃げなかった。


『貴方のことは嫌いです。けど』


「けど?」


『貴方が作る世界は好きです。だから、あなたの手助けをしたい』


 少しだけ、蓮は黙った。


「だったら今までどおりで良いじゃない」


『ダメです。私も、あなたの作る世界を手伝いたい』


「へぇ。泣いていたお姫様が強くなったわね。ついに私の悪に――」


『違います。そこは』


 きっぱり否定された。


『それにデザインは素敵ですが、もっと布面積を増やしてください』


「そう言うから、あなたが見たくないだろうことは隠してるのよ」


『受け止めます。あなたの邪魔はしません』


 今度は、少しも迷わなかった。


『あなたが考えをまとめる時は、貴方の思考のサポートをします。それに、ずっと見ていて気づいたことがあります』


「なに?」


『私の頭が覚えたことを、貴方は全部把握しきれていません』


 それは当然だった。


 この身体には、エミリアが生きてきた記憶がある。読んだ本、見た景色、聞いた話、人の名前、王国の歴史。そして蓮がこの身体へ入ってから得た知識も、同じように残り続けている。


 完全に記憶していることと、必要な時にすぐ取り出せることは別だった。


『思い出す事が必要みたいです。だから、私がそこをサポートします。貴方が思い出そうとしなくても、必要なことを私が探して伝えられるように』


「素敵な提案ね」


 蓮は素直にそこだけは認めた。


「でもいいの? この体を使って悪用してるのよ? 私は」


『悪いこと、して下さい』


「……はい?」


『貴方のする悪いことなら、私は信じます』


 それは随分と思い切った言葉だった。


『そうすることに決めました。私が理解できなくても、信じます』


 蓮は少しだけ考えた。そして。


「じゃぁ、契約ね」


『契約?』


「その条件を満たす限り、貴方には隠し事はしないわ」


 魂のエミリアは、少しだけ間を置いてから。


『はい』


 静かに答えた。



     ◇ ◇ ◇



「……で?」


 オルガの声で意識が現実へ戻る。


「何を作ってたんだ?」


「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしてたわ」


「爆発音の直後に考え込むな。怖いだろ」


「失礼ね」


 エミリアは机の上へ視線を戻した。


「料理関係だったのは覚えてるのだけれど」


『鍋です』


「鍋ね」


「鍋?」


 オルガの眉が寄る。


『それと熱伝導率です』


「熱伝導率」


「なんで俺に復唱してるんだ?」


「気にしないで」


 オルガは納得していない顔をしていたが、諦めたらしい。


「待てよ。研究費の申請があったはずだ」


 手元の書類を何枚かめくっていく。


「あった」


「なんて?」


 オルガは申請書を読み上げた。


「『カレーを短時間で仕上げる調理器具の試作』」


「…………」


 エミリアの動きが止まった。


 カレーを短時間で。


 鍋。


 熱。


 そして。


 爆発。


「……あー」


 嫌な予感しかしない。


「多分、圧力鍋ね」


「アツリョクナベ?」


「密閉した鍋の中へ圧力をかけて、普通より高い温度で短時間に調理する道具よ」


「へぇ」


 オルガは一度頷いた。それから、先ほど爆音がした方角を見る。


「……鍋がなんで爆発するんだよ」


「知らないわよ」


 エミリアも同じ方向を見た。


 うっすらと。本当にうっすらとだが、遠くに煙らしきものが見えている気がする。


「聞きに行きましょう」


『クロエさんですよね?』


「聞くまでもないでしょう?」


 そこだけは。


 二人のエミリアの意見が、完全に一致していた。

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