【おしえてクロエ先生 魔法編】
読みづらいとのご指摘をいただきましたので、改行を減らし、台詞の流れがわかりやすくなるよう調整してみました。
※今回は、この世界の魔法・魔道具・魔導具についての補足回です。
読み飛ばしても本編には特に影響ありません。
クロエ先生とオルグレイの実験風景を見たい方は、そのままお進みください。
オルグレイが目を覚ました時、最初に目に入ったのは何の装飾もない灰色の天井だった。
薄暗い。
窓らしい窓もなく、壁も床も殺風景な石造り。妙に広いくせに、生活感というものがまるでない。
「……どこだ、ここ」
身体を起こそうとする。
動かない。
「……あ?」
腕に力が入らない。脚も同じだった。
意識ははっきりしている。首から上にも特に異常はない。それなのに、手足にはまだ強い痺れが残っていた。
「やっと目が覚めたかね」
声のした方へ目だけを向ける。
そこには、黒を基調とした衣装の上から白衣を羽織った少女がいた。
眼鏡越しにこちらを眺めながら、何やら小さな器具を弄っている。
「ここはどこだよ。それと、お前は誰だ?」
「なるほど。まずは自己紹介から。うん、論理的だね」
少女は満足そうに頷いた。
「私はクロエ。このローゼンバーグ王国で魔導具の研究をしている。そして、誇り高き黒薔薇人形の一人さ」
「お、おう。俺はオルグレイ――」
「そして、ここは実験室だよ」
「最後まで名乗らせろよ!」
クロエはまるで聞いていなかった。
「何故か、危険を伴う実験はここ以外でするなと厳命されていてね。困ったものだよ」
「じ、実験……?」
妙に嫌な単語が聞こえた。
オルグレイはもう一度身体を動かそうとするが、やはり動かない。
「安心したまえ。リン君の毒がまだ残っているだけだ。そのうち抜ける」
「それのどこに安心する要素があるんだよ」
「それよりも、私は君の鎧に興味がある」
クロエの視線が、オルグレイの全身を覆う重厚な鎧へ移った。
「リン君の爆発を受け、セリア君の《月光【狂想】》の余波まで直撃した。それでも原型を留めている。非常に興味深い強度だ」
「俺も中にいたんだけどな?」
「もちろん知っているとも」
「本当か?」
「それに、比較するにはちょうどいい物もある」
クロエが部屋の奥を指差した。
薄暗くて気づかなかった。
壁際に、一組の巨大な完全鎧が置かれている。
重厚な造り。
胸部には、何か途轍もない一撃を受けたかのような大きな凹みが残っていた。
北砦での戦いを経て、それでもなお原型を留めた鎧。
オルグレイの表情が変わる。
「……それ」
見間違えるはずがなかった。
「それ、兄貴の鎧じゃねぇか?」
「実に素晴らしいだろう? 最終的には《蒼星穿脚》まで受けているのに、完全には崩壊していない」
「いや、だから兄貴の――」
「そこでだ!」
「聞けよ!」
クロエは完全に自分の世界へ入っていた。
「君の鎧も、どこまで耐えられるのか調べてみたい。そして外側の鎧が耐えた場合、中の人間にはどれだけ衝撃や熱が伝わるのかも興味深い」
「俺、中の人間なんだが?」
「知っているよ?」
「絶対どうでもいいと思ってるだろ!」
クロエは楽しそうに笑うと、どこからともなく両手に収まる程度の球体を取り出した。
表面には細かな文字と線が刻まれている。
「さて、オルグレイ君。魔導具は分かるかね?」
「最近この国で作られてる、なんかすげぇ道具だろ?」
「…………」
クロエが少しだけ黙った。
「まあ、零点ではないね」
「なんで採点されたんだよ」
「では、まず魔法そのものから説明しよう」
「急に話が戻ったな?」
クロエは球体を指先で弄びながら話し始めた。
「この世界の魔法は、簡単に言えば『魔法語に魔力を与えて現象を起こす技術』だ。【火】なら火が生まれる。【水】なら水。【風】なら風。【光】なら光、といった具合だね」
「それくらいなら俺にも分かる」
「そして魔法語は、一つだけで使わなければならないわけではない。複数の言葉を組み合わせることで、より複雑な現象を作ることが出来る」
クロエは人差し指を立てた。
「例えば【火】だけでも火を起こせるし、腕のいい魔道士なら、その火を球状にして相手へ飛ばすくらいは出来る」
「じゃあ、それでいいんじゃねぇのか?」
「出来ることと、効率がいいことは別なのさ」
クロエは笑う。
「【火】しか使っていないなら、火をどんな形にするのか、どこへ動かすのか、どのくらいの速度で飛ばすのか。そのほとんどを術者本人が感覚と技量で制御しなければならない。出来なくはないが、雑になりやすいし、魔力の無駄も多い」
「なるほどな」
「そこへ【操作】という言葉を重ねれば、魔法そのものに『発生した火を操作する』という役割を与えられる。さらに【加速】や【維持】を加えれば、速度や状態の維持まで細かく指定できるわけだ」
オルグレイが少し考える。
「じゃあ、言葉をたくさん使えば使うほどいいのか?」
「そう単純でもない」
クロエはすぐに否定した。
「言葉が増えれば細かい制御が出来る。その一方で、使う魔力も増えるし、魔法式そのものも複雑になる。術者が処理しなければならない情報も多くなるからね」
「……面倒くせぇな、魔法って」
「君はもう少し物事を考えた方がいいと思うけどね」
「喧嘩売ってんのか?」
「事実を述べただけさ」
クロエは気にせず続ける。
「大切なのは、必要な言葉を適切に組み合わせることだ。それに、同じ結果を作る方法が一つとは限らない」
「どういう意味だ?」
「例えば熱い風を作るとしよう。【火】と【風】を組み合わせ、火の熱を風に乗せてもいい。あるいは【発熱】で空気を温めて、そこへ【風】を組み合わせてもいい。どちらも結果は熱風だ」
「ああ。それなら分かる」
「術者の得意分野、知識、発想によって魔法式は変わる。魔法には『絶対にこの組み合わせでなければならない』という正解があるわけではないんだよ」
「じゃあ、火を剣みたいにしたい時は?」
「【火】を発生させて、術者が刃の形に制御すればいい。【操作】を加えれば、より簡単で精密になるね」
「【刃】って魔法を足すんじゃねぇのか?」
「【刃】だけで、何が起こるんだい?」
「……刃が出る?」
「何の刃が?」
「…………」
「鉄なのか、火なのか、水なのか、風なのか。それだけでは現象として意味が定まらないだろう? 魔法語は、何でも好きな単語を並べればいいものではないんだよ」
「なるほど」
オルグレイが素直に頷いた。
「つまり【火】なら火が起こる。【発熱】なら熱が生じる。【操作】なら何かを操作する。単体でも、何を意味する言葉なのか分かる必要があるってことか」
クロエの目が僅かに見開かれた。
「おや」
「なんだよ」
「ちゃんと理解出来るじゃないか」
「馬鹿にしてんだろ」
「褒めているとも」
たぶん。
クロエは一度咳払いをすると、話を続けた。
「そして、今話した複数の魔法語の組み合わせを構造化したものを魔法式と呼ぶ。詠唱や魔法陣というのも、本質的にはこの魔法式を術者が扱いやすい形にしたものだ」
「詠唱が長い魔法は、いっぱい言葉を使ってるってことか?」
「必ずしも言葉の数だけで決まるわけではないけれど、大筋ではそう考えて構わない。複雑な処理をするほど、魔法式も複雑になる。熟練した魔道士なら、一部を自分の感覚や技量で補って省略することも出来るけどね」
「なんとなく分かってきた」
「素晴らしい。それでは、ようやく魔道具の話へ進もう」
「まだ本題じゃなかったのかよ!」
クロエは楽しそうに笑った。
「昔からこの世界にあるのが、魔道具だ。簡単に言えば、今話した魔法の言葉を素材へ直接刻み、そこへ魔力を流すことで決まった現象を起こす道具だね」
「例えば?」
「分かりやすいものなら照明だ。【光】を刻んでおけば、魔力を流した時に光る。【維持】などを組み合わせれば、一定時間光らせることも出来る」
「便利じゃねぇか」
「便利だよ。単純な構造なら頑丈でもある。だから今まで長く使われてきた」
クロエはそこで、人差し指を立てた。
「だが、問題もある。素材そのものへ直接魔法語を刻み、そこへ魔力を流すだけでは、複雑な処理には向かない。複数の魔法式を連動させたり、途中で効果を切り替えたり、出力を細かく調整したりするのが難しいんだ」
「ふむ」
「そこで、エミリア様と私が作ったのが魔導回路だ!」
クロエの声が一段大きくなった。
明らかに。
ここからが本人にとって本題だった。
「魔法語をただ素材へ刻んで終わりにするのではない。回路上にそれぞれを配置し、互いに接続する。どこから魔力を入力し、どの言葉へ導き、どのように変換し、制御し、最後に何として出力するのか。それを回路そのものへ組み込むんだ!」
「お、おう」
「例えば、入力された魔力を一つ目の魔法語へ送り、その結果を二つ目へ渡す。必要なら途中で出力を調整し、条件に応じて別の処理へ切り替える。魔道士が頭の中で行っていた魔法式の構築と制御を、機構として道具の中へ持たせるわけだ!」
「お、おう?」
「これによって、従来とは比べ物にならないほど複雑な魔法を道具で再現出来る。複数術式の連動! 出力調整! 条件分岐! 小型化! しかも完成した回路さえあれば、高度な魔法理論を知らない者でも同じ現象を再現出来る!」
クロエは胸を張った。
「従来の魔道具とは、根本的に思想が違う。だから私は呼び分けることにした」
旧式。
「魔道具」
そして、新式。
「魔導具!」
「…………」
オルグレイは黙っていた。
クロエが少し待つ。
「どうだい?」
「……もう分からん」
「何故だい!?」
「途中から急に何言ってるのか分からなくなったんだよ!」
クロエはしばらく考えた。
「つまり、昔の魔道具は『言葉を刻んだ道具』。私達の魔導具は『言葉を回路で繋いだ道具』ということさ」
「なるほど」
「…………」
「最初からそう言えよ」
「君に魔導工学を理解させようとした私が間違っていたのかな?」
「なんで俺が悪いんだよ!」
「もっとも、魔導回路にも欠点はある」
「まだ続くのか……」
「重要なところだよ」
クロエは手にしている球体を軽く叩いた。
「回路に組み込む魔法語が増えるほど、構造は複雑になる。大きな魔力を流せば、それだけ回路にかかる負荷も増える。そして強力な魔法を出力しようとすれば、当然その負荷はさらに大きくなる」
「壊れるのか?」
「壊れる」
即答だった。
「焼き切れたり、亀裂が入ったり、魔力経路そのものが崩れたりするね。だから高性能な魔導具を作るためには、大量の魔力へ耐えられる強靭な素材が必要になる」
「なるほどな」
「そして、たくさんの魔法語を限られた大きさの中へ組み込むには、非常に繊細な加工技術も必要だ。線を太くしたまま回路を増やし続ければ、魔導具そのものが馬鹿みたいに大きくなってしまうからね」
「つまり、すげぇ回路を考えても作れないことがあるってことか?」
クロエが。
ぴたりと止まった。
「…………」
「なんだよ」
「オルグレイ君」
「おう」
「今日一番、良い質問だ」
「そ、そうか?」
クロエは妙に嬉しそうだった。
「その通り。理論上は成立する。でも、今の素材では出力に耐えられない。あるいは、今の加工技術では回路をその大きさへ収められない。魔導工学には、そういうものが山ほどあるんだよ」
クロエは楽しそうに笑った。
「理論だけなら、もっと先まで行けるのにねぇ」
「……なんか怖ぇ顔してるぞ」
「気のせいさ」
クロエは、先ほどから持っていた球体を掲げた。
「だからこそ、こういう物も必要になる」
「それが?」
「これは、私専用に近い実験用の魔導具だ。この中には、多数の魔法語そのものが登録されている」
「言葉だけ?」
「そう。通常の魔導具は、あらかじめ完成した魔導回路を内部に作っておく。しかし、新しい魔法式を試すたびに実物の回路を作っていたら、時間も素材もいくらあっても足りない」
クロエは球体を持ったまま、自分の胸を指した。
「そこで、この装置から必要な魔法語だけを呼び出し、私自身を回路の一部として、その場で接続する」
「…………」
「言葉の順番。組み合わせ。魔力の流れ。制御。それらを私自身が担当することで、物理的な回路を作る前に、理論上の回路が本当に動くか試験出来るというわけさ!」
「もう分からん」
「三回目だね」
「分からんもんは分からん!」
「要するに」
クロエは少し考える。
「作る前に、私が代わりにやってみるための道具だ」
「なるほど」
「…………」
「だから最初からそう言えよ!」
「説明のしがいがないねぇ」
「説明が長ぇんだよ!」
クロエは気にした様子もなく、球体へ魔力を流し始めた。
「では、せっかくだ。実際に試してみよう」
「嫌な予感しかしねぇ」
「今回使用する魔法語は二つ。【光】と【発熱】だ」
球体の前に、小さな光が生まれた。
「【光】で光を発生させ、そこへ【発熱】を重ねる。これで、セリア君の《月光》が持つ攻撃効果に近い、高熱を伴う光を擬似的に再現する」
「二つだけで出来るのか?」
「良いところに気づいたね」
クロエは嬉しそうに答える。
「本来なら、もっと細かい魔法語を加えた方が効率はいい。だが今回は実験だからね。光を集める。形を維持する。収束させる。向きを定める。最後に一本の光として射出する。そういった制御は、全て私自身が補う」
「さっき言ってた、言葉が少ない分を自分でやるってやつか」
「その通り!」
クロエが満足そうに頷いた。
「だから、とても魔力効率が悪い」
「ダメじゃねぇか!」
「完成品ではないからね。今回は鎧の耐久試験が目的だ。同程度の結果さえ出せれば問題ない」
光球が少しずつ大きくなっていく。
拳大。
人の頭ほど。
さらに膨らむ。
「……待て」
「君の鎧は《月光【狂想】》の余波を受けても原型を留めていた。つまり、もっと大きな出力を直接受けた場合、どこまで耐えられるのかという疑問が生まれる」
「生まれなくていい」
クロエは聞いていない。
「セリア君の神聖魔法をそのまま再現することは出来ない。あれは彼女自身の力だからね。だからこれは、あくまで攻撃の性質と出力を近づけた擬似的な高熱光線だ」
光球はさらに膨らむ。
五十センチ。
七十センチ。
そして。
直径一メートル近く。
薄暗かった実験室が、昼間のように照らし出された。
オルグレイの顔が引きつる。
「ま、待て待て待て! それはヤバいだろ!」
「魔力効率が悪いからねぇ。同じ程度の結果を出そうと思うと、どうしてもこのくらい必要になる」
「それ、効率が悪いって言葉で済ませていい大きさじゃねぇだろ!」
「理論上、目標としている出力には届いたはずだ」
「その『はず』が一番怖ぇんだよ!」
クロエは楽しそうに笑った。
「安心したまえ」
「何を!?」
「ここは、こういう実験をするための部屋だ」
「俺の心配をしろ!!」
さらに魔力が注ぎ込まれる。
巨大な光球が眩いほどの輝きを放つ。
クロエの瞳も。
負けないくらい輝いていた。
「それでは――実験開始!」
「待てぇぇぇぇぇ!!」
クロエが、自身で構築していた魔法式を切り替える。
巨大な光球が一気に収束した。
蓄えられていた光と熱が細く絞られ。
一本の高熱光線となって。
オルグレイへ直撃する。
――ズドォォォォン!!
閃光。
衝撃。
爆音。
実験室を煙が満たした。
しばらくして、ゆっくりと視界が戻っていく。
クロエは煙の向こうを凝視した。
そして。
目を見開いた。
「……素晴らしい!」
そこには、全身から煙を上げながらも、確かに原型を留めた完全鎧があった。
表面は焦げている。
新たな損傷もある。
それでも、鎧そのものは破壊されていない。
クロエは興奮した様子で駆け寄った。
「素晴らしいよ、オルグレイ君! これだけの熱量と衝撃を受けても鎧が原型を留めている! 外装への損傷、内部への熱伝達、衝撃の減衰率――実に有用な資料が取れた!」
返事はない。
「オルグレイ君?」
クロエが鎧の中を覗き込む。
「…………」
オルグレイは。
再び気絶していた。
「おや」
クロエは少し考えた。
そして、手元の記録用紙へ書き込む。
鎧――良好。
装着者――意識喪失。
そこで一度、筆が止まる。
クロエはオルグレイを眺めた。
それから。
小さく笑った。
「……しかし」
この威力を受けて。
気絶だけで済んでいる。
鎧だけではない。
中身も十分。
興味深い。
クロエは記録用紙へ、もう一行書き加えた。
被験者――極めて頑丈。
◇
後日。
クロエはリンの診療所を訪れていた。
「リン君。この前使っていた麻痺毒なんだが、実に素晴らしいね」
「え?」
リンが顔を上げる。
「身体はほとんど動かなくなるのに、頭部への影響が非常に少ない。意識は明瞭で、会話も出来るし、こちらからの問いかけにも反応する」
クロエは眼鏡を押し上げ、満足そうに頷いた。
「実験中の被験者の反応をリアルタイムで確認出来るから、とても研究が捗ったよ。出来れば実験用に少し融通してくれないか?」
「…………」
リンは少し考えた。
「あれ、そんな効果だったんだ」
「知らなかったのかい?」
「手足を痺れさせる毒を作っただけなんだけど……」
リンは首を傾げる。
「なんか変な副効果出たんだなー」
「副効果?」
クロエは嬉しそうに笑った。
「私にとっては主効果だよ」
「用途が怖いよ!」
ご指摘、感想いただけると嬉しいです。




