【閑話】辺境の宝石箱
私、ムラノー・ムースメといいます。
……へ?
名前が適当?
仕方ないじゃないですか。
多分、今回くらいしか出番のない使い切りのキャラなんですから。
おぉ。
メタイメタイ。
私は、ローゼンバーグ王国とバルディア帝国。
その国境近くにある、小さな村に住んでいます。
正確には。
少し前までは、帝国領でした。
元々はローゼンバーグ王国の土地だったそうなのですが。
前の王様の時代に帝国領になりまして。
それからは。
まあ。
搾取されるだけ搾取されました。
元々、小さな村だったのが。
小さな貧しい村になりました。
修飾語が一つ増えましたね。
めでたくありません。
農地として特別優れているわけでもありません。
大きな川があるわけでもなく。
鉱山もありません。
帝国からしても。
わざわざ大事にするほどの土地ではなかったのでしょう。
そして。
そんな村に、さらに悲劇が起こりました。
村長が。
残っていた村の財産を持って逃げました。
ひどい話ですね。
仕方がないので。
親戚筋を辿って。
辿って。
辿った結果。
何故か。
私が村長代理になりました。
…………。
こんな経歴を持った女の子なんて、本当にいるんですかね。
私なんかに。
作者も設定を盛りすぎだと思います。
普通の村娘で良かったんじゃないでしょうか。
まあ。
そんな私にも。
ようやく朗報が届きました。
帝国とローゼンバーグ王国の間で、何かあったそうです。
詳しいことは知りません。
ここは辺境ですから。
ただ。
この辺り一帯が。
再びローゼンバーグ王国へ戻ることになりました。
それに伴い。
王国からお偉い方が。
返還される国境付近の村々を見て回るそうです。
帝国に何やら請求するために。
道路だとか。
農地だとか。
村の暮らしだとか。
そういったものが、帝国領だった間にどうなっていたのか確認するのだとか。
そして。
私達の村にも。
そのお偉い方が来ることになりました。
やりました。
これで。
村長代理から解放されるかもしれません。
ありがとう、ローゼンバーグ王国。
◇
そして当日。
何か。
すっごい黒くて綺麗な人が来ました。
いえ。
髪が黒いわけではありません。
むしろ。
長い髪は、銀色というか。
白銀というか。
光が当たると、とても綺麗です。
目も、紫色で。
ものすごく目立ちます。
でも。
服が黒い。
とにかく黒い。
なので。
黒い人です。
こんな辺境まで来るなんて。
お偉い方も大変ですね。
王国から来た人達を何人か連れていましたが。
何故か。
一番偉そうなのは。
どう見ても、この黒い人でした。
とりあえず。
私の家。
……と言うか。
逃げた村長の家で話をすることになりました。
「それで」
黒い人が口を開きます。
「この村が帝国領だった間の状況を、聞かせてもらえるかしら」
「はい」
聞かれたので。
私は、一通り話しました。
税が年々重くなったこと。
作物や家畜を持っていかれたこと。
元々豊かではなかった村が。
さらに貧しくなったこと。
そして。
「最後には、村長が村の財産を持って逃げまして」
「…………」
「親戚筋を辿った結果、何故か私が村長代理になりました」
「…………」
あれ?
黒い人が。
何故か遠い目をしています。
「どうしました?」
「いえ……」
黒い人は、小さく息を吐きました。
「国や土地を滅茶苦茶にした責任者が」
「はい」
「最後には、後のことを若い娘に全部押しつけて逃げる」
「はい」
「…………」
また。
妙な間が空きました。
「案外」
黒い人が。
しみじみと言います。
「いるのかもしれないわね。そういう娘」
「え?」
「気にしないで」
いや。
気になりますけど。
何でしょう。
急に。
ものすごく共感された気がします。
まあ。
いいです。
話を続けましょう。
とは言っても。
この村に、大したものはありません。
農地として特別優れているわけでもなく。
鉱物資源もありません。
村の近くで。
昔から独特な香りのする草や実や根が採れるくらいです。
料理に使えば。
独特な匂いと色がつきます。
それくらいでしょうか。
そんな話をしている途中。
黒い人の鼻が。
僅かに動きました。
「……何かしら、この匂い」
「あ」
そういえば。
昨日のご飯。
まだ残っていましたね。
「あー……」
「何?」
「別な場所でお話ししましょうか」
「何故?」
「匂いがついてしまいますので」
「今さら場所を変えたところで、どこも似たような田舎でしょう?」
…………。
結構失礼な人ですね、この人。
「いいですよ」
私は言いました。
「断りましたからね?」
「?」
何で首を傾げているのでしょう。
しばらくして。
「あー、やっぱり匂いますね」
私は窓を開けました。
すると。
黒い人が。
こちらを見ました。
「この匂い」
「はい?」
「何の匂いなの?」
「昨日のご飯ですけど」
「…………」
突然。
目つきが変わりました。
怖い。
いえ。
綺麗なんですけど。
何でしょう。
さっきまでとは明らかに違います。
「それ」
「はい?」
「食べさせて」
「へ?」
「昨日食べていたもの」
「残り物ですよ?」
「構わないわ」
「ちょっと」
近い近い近い。
何でそんなに身を乗り出すんですか。
「分かりました!」
「ですから落ち着いてください!」
仕方ありません。
私は。
昨日の残りを温めることにしました。
◇
村では。
昔から食べられている料理です。
その辺で採れる香辛料をいくつか混ぜて。
肉や。
その時ある野菜と一緒に煮込む。
ただ、それだけ。
村の人は好きなんですけどね。
見た目が悪いんです。
どろっとしていて。
何とも言えない色をしています。
……。
あまり深く考えるのはやめましょう。
匂いも強いです。
帝国の人なんか。
これを食べたことがあると聞くと。
「あれ食ったのか?」
みたいな顔をしていました。
失礼な話です。
美味しいんですよ?
村の人には。
「どうぞ」
私は。
温め直した料理を。
黒い人の前へ置きました。
黒い人は。
皿を見たまま。
止まりました。
「……あの?」
どうしました?
やっぱり見た目が駄目ですかね。
帝国の人も。
大体そんな顔を――
「…………これ」
黒い人の声が。
少し震えました。
「はい?」
「これ……」
ゆっくりと。
顔を上げます。
紫色の瞳が。
ものすごく。
輝いていました。
「カレーじゃない……!」
「かれー?」
何でしょう、それ。
黒い人は。
勢いよく匙を手に取りました。
一口。
「…………!」
二口。
「やっぱり……!」
三口。
「こんなところで……」
何故か。
ものすごく感動しています。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
「カレーよ!」
「ですから、かれーって何ですか!?」
「そうよね! 知らないわよね!」
何故か。
とても嬉しそうです。
どうしたのでしょう。
この人。
「まさか異世界で、向こうから出会えるなんて……」
「何の話ですか?」
「こっちの話よ」
黒い人は。
もう一口。
今度は。
ゆっくりと味を確かめるように食べました。
そして。
さっきまでの感動が嘘のように。
急に冷静な顔になります。
「……でも」
「はい?」
「私の知っているカレーとは、少し違うわね」
「ですから、そのかれーが分かりません」
「カレーと言うより、スープに近いわ」
急に料理の評価が始まりました。
「香辛料をそのまま煮込んでいるのね」
「はい」
「先にスパイスをしっかり炒めたら、もっと香りが立つはず……」
「すぱいす?」
「香辛料よ」
「ああ」
最初からそう言ってください。
「油の使い方も変えれば……」
「肉と野菜も……」
ぶつぶつ。
何か考え始めました。
よく分かりません。
そして。
突然。
黒い人が顔を上げました。
「この香辛料」
「はい?」
「どれだけあるの?」
「どれだけ、と言われましても……」
聞かれたので。
答えました。
「私達が使う分以外は、誰も使いませんので」
「……え?」
「ほとんど放置してます」
「放置?」
「はい」
だって。
これだけ食べても。
お腹いっぱいにはなりません。
「主食にはなりませんし」
村で畑を使うなら。
麦とか。
芋とか。
そういうものの方が大事です。
「なので」
私は窓の外を指差しました。
「その辺にありますよ」
「…………その辺?」
「はい」
道端とか。
山際とか。
村の裏とか。
昔から勝手に生えています。
必要な時に採る。
それだけです。
「…………」
黒い人が。
固まりました。
さっき。
料理を見た時も驚いていましたが。
今度は。
もっとすごい顔をしています。
いえ。
笑っているんですけどね。
ものすごく綺麗に。
「大量にあって」
「はい」
「ほとんど使われていなくて」
「はい」
「放置されているの?」
「そうですけど」
黒い人は。
両手で顔を覆いました。
「宝の山じゃない……」
「?」
何を言っているのでしょう。
その辺の草とか。
実とか。
根っこですよ?
「この土地」
黒い人が。
顔を上げました。
「全然、何もない土地じゃないじゃない!」
「?」
麦もろくに採れません。
鉱山もありません。
何を言っているのでしょう。
やっぱり。
ちょっと変な人なのかもしれません。
「あ」
今度は。
黒い人が。
皿の横に置いていたものを見ました。
「これ」
「はい?」
「何?」
「粉を水で練って焼いたものですけど」
「…………」
また。
止まりました。
「パンなんて作れませんので」
発酵とか。
そんな面倒なことをする余裕もありません。
昔から。
こうやって焼いて。
さっきの煮込みにつけて食べます。
黒い人が。
震えました。
「……ナンまで!?」
「なん?」
「カレーがあって!」
「はい?」
「スパイスがあって!」
「はい?」
「ナンまであるじゃない!」
「落ち着いてください!!」
何なのでしょう。
この人。
◇
その後。
黒い人は。
ものすごい勢いで何かを話し始めました。
香辛料を集める。
乾燥させる。
保存する。
種類ごとに分ける。
王都へ運ぶ。
村で管理する。
料理をもっと食べやすくする。
何か。
色々と。
途中から。
よく分かりませんでした。
でも。
どうやら。
この辺に生えている草や実や根っこが。
とても価値のあるものらしいです。
私達からすれば。
昔からそこら辺にあったものなのですが。
「それじゃあ」
黒い人が立ち上がりました。
「今日確認した内容はこちらでまとめるわ」
「あ、はい」
「帝国の統治による被害も、後で正式に調べさせる」
「はい」
「必要な復旧費用は、向こうに払わせればいいでしょう」
さらっと。
すごいことを言いました。
「それと、香辛料についても人を寄越すわ」
「はい?」
「種類も量も、一度きちんと調べる必要があるもの」
「はぁ……」
何だか。
大事になってきました。
そして。
黒い人は。
その日のうちに帰っていきました。
わざわざ。
こんな辺境まで来て。
村の様子を見て。
私達の食事に大興奮して。
そのまま。
帰っていきました。
本当に。
何をしに来たのでしょう。
……。
村の確認でしたね。
途中から完全に忘れていました。
「あ」
帰ろうとしていた黒い人が。
突然。
足を止めました。
「どうしました?」
黒い人は。
何かを改めて思い出したような顔をしています。
「そういえば……」
「はい?」
「この村の名前」
一瞬。
妙な間が空きました。
「マサラ村だったわね」
「そうですけど?」
「…………」
何でしょう。
また。
遠い目をしています。
「どうしました?」
「いえ……」
黒い人は。
空を見上げました。
「出来すぎていると思っただけよ」
「何がですか?」
「気にしないで」
だから。
気になりますって。
◇
それから。
数日もしないうちに。
王国から。
本当に人が来ました。
役人さん。
職人さん。
商人さん。
そして。
何故か。
帝国兵っぽい人達。
「この人達、帝国の兵士ですよね?」
そう尋ねると。
王国の役人さんが答えました。
「元捕虜です」
「はい?」
「身代金を払えないので、返還領の復旧作業で働いて返すそうです」
「…………」
何でしょう。
それ。
帝国兵っぽい人達は。
少し複雑そうな顔をしながら。
壊れていた道を直し。
水路を直し。
古くなった建物を修理していきました。
そして。
王国から来た人達は。
私達が今まで適当に採っていた香辛料を。
ものすごく大事そうに集め始めました。
倉庫まで作られました。
種類ごとに分けて。
育てる場所まで決めるそうです。
今まで。
その辺に生えていた草の種や。
土から掘り出していた根っこが。
何故か。
ものすごい値段で売れていきます。
「クミン」とか。
「たーめりっく」とか。
何だか。
聞き慣れない名前まで付けられました。
村長なので。
ちゃんと覚えろと言われました。
…………。
面倒ですね。
昔から。
そこら辺にあったものなんですけど。
◇
さらに。
しばらくすると。
この村の香辛料を使った料理が。
王都で流行っているという話まで聞こえてきました。
普通のものと。
もう一つ。
真っ黒で。
ものすごく辛いもの。
名前は。
《カレーの女王様》。
…………。
女王様。
何故でしょう。
ものすごく。
あの黒い人が関わっている気がします。
まあ。
いいです。
あの人が来てから。
道は直りました。
水路も直りました。
村に人が来るようになりました。
今まで誰も欲しがらなかったものを。
お金を出して買ってくれるようになりました。
小さな貧しい村。
だったはずなのですが。
最近。
少しだけ。
「貧しい」が取れそうです。
良いことですね。
それから。
私にも。
変化がありました。
村長代理から。
代理が取れました。
…………。
違います。
そうじゃありません。
私。
王国領に戻れば。
村長代理を辞められると思っていたんです。
何故か。
正式な村長になりました。
あ。
それと。
私の家。
今度、新しくなるらしいです。
村長の家として。
商人や役人を迎えられるように。
きちんと建て直すのだとか。
村は豊かになりました。
人が増えました。
畑も増えました。
倉庫も増えました。
私の家も新しくなります。
そして。
私の仕事も。
増えました。
…………。
使い切りのキャラじゃなかったんですか?
…………。
タスケテ……。
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